第57話 ヤンデレ美少女は

 目覚めた場所はあの世でも、ましてや燃えた我が家でもなく、病院だった。

 燃やしたのが、かえって発見を早めたようで、僕らは皆、救出されたのだった。僕の右目を除いて。

 とは言え、助けてくれた事自体に憤りを抱いている訳でもないし、もう一度死のうと思う事もない。

 既にあの鬱々とした感情は殺されたのだ。


 僕への事の説明は、出来るだけ客観的でありつつ、事情を把握しているという微妙な立場にいる人物として京子さんが病院に呼び出され、親切に、ゆっくりと話してくれた。

 智花さんへの暴行として、もはや事件にはならないようだが、一応、話を聞くとして深雪さんは警察へ。彩香の方は、当初、ニュースでも言われていたように、重要参考人の一人ではあったものの、智花さんの件が起こった際、その場には居なかった事から、事実関係の確認程度で話は終わり、現在、警察が保護、ということになっているらしい。

 こうなるのだったら、家は燃やさない方が良かったなという、楽観的な、どこか他人事のような思いが浮かぶ。


 京子さんも、手紙を読んだらしく、苦渋の決断を強いられ、今後、お互いのためを思って、会わないでおこうという事になった。

 彼女にだって、自分の人生がある。

 劇的な事が連鎖し、結果、集団自殺未遂となったような人間とは、支えが必要ではあるものの、支えきれずにまた共倒れという事は往々にして起きるものだ。


「宗太君、短い間だったけど、君と一緒に居られて楽しかった。 力になってあげられなくてごめんね」

「こちらこそ……せっかく自暴自棄になった僕を救ってくださったのに、それを踏みにじるような事をしてすみませんでした」

「お腹の傷は、傷跡も綺麗に治るらしいけど、その目は治らないんだって。こんな事言っても仕方がないけど、私は君の目が好きだった。

 …………嫌なヤツとしてお別れしよっか。サヨナラ」

「さようなら」


 嫌なヤツは僕の方だ。あれしか彼女にとって僕の印象に残る術は無いのだし、それ以外にイラ立ちを紛らわせる方法も無いのだ。

 僕は疲弊し、片目を失って病室にいる。

 たとえ正論であったとしても、いや、正論だからこそ、僕を責める事は出来なくなってしまう。

 希死念慮のみならず、多くのものが切り裂かれ、血となり放出され、燃やされた。清々しさも、後悔もない。何もかもが以前と区切られたのだった。


「宗太君」

 今、こうして僕の名を呼べる人は減った。警察と医療という大きな力によって、接近禁止命令とまでは言わずとも、自粛・恭順きょうじゅんが余儀なくされたなか、智花さんだけは、こうして僕の元へ、変わらず来てくれるのだった。


「一緒、だね」

「これで罪滅ぼしになるとは思ってません。でも、いざ死ぬとなったら、どうしてもこうすべきだと思って」

「宗太君の罪はゆるされました」

「…………」

「地獄のような体験をして、宗太君は生まれ変わったのです。

 今日この時この場所から、人生の大きな一歩が始まるのです。宗太君と私とで、欠けた瞳を補うように生きていこうよ」

「僕と居るとまた傷つきますよ」

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。

 病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、私との日々を愛し、敬い、慈しむことを誓えるなら、もう、宗太君はに悩む必要はないのです」


「まるで神父か牧師さんのようですね」

「ううん、私は、宗太君の神様だよ」

「神様?」

「あの子のように、司書でもなく、メイドでもなく、もちろん、彼女でもない。

 そのいずれも宗太君を救う使命には耐えられなかったから。宗太君を救えるのは、それらすべての要素を束ねる、神様だけなんだよ」


 ―誓います―


 ―宗太君の罪は赦されました―

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