第31話 死が二人を別つまで

「もう誰にも、妹ちゃんにもお姉ちゃんにも一生、宗太君には会わせない!」


 リンゴをおとなしく頬張るとなりで、深雪さんはとんでもない決心を口にする。

 智花さんは別にして、彩香と会わせないなどという暴挙を見逃すわけにはいくまい。


 しかしながら、見逃すことは無いにせよ、目の前でただ遂行されるその計画をいかにして阻止するかは不明瞭。

 前回のケースを思い返しても、結局は彩香のおかげで解放されたのであり、非暴力服従という極めて受動的な態度しか取れない今、楽観的希望にすがる他ないのであった。


 これは本当にまずいのでは。

 少なからず、奇妙な日々を過ごしてきた気になっていたものの、いざとなれば何も浮かばないのが僕の情けないところ。

 サバイバル関連の書籍や犯罪者が脱獄した伝説もろくに読んでいないので、知恵を頼りにするのもまた容易ではない。


「もう誰一人として、他人に宗太君は見せないよ♥」

 主人公が『指一本触れさせない!』と宣言するシーンは多少なりとも見聞きしてきたが、これほど純粋な監禁宣言があっただろうか。

 刑務所入りであっても、もう少し粛々となされているはずだ。


 そういったような反駁はんばくをしようかと思ってはいるのだが、いかんせん、今の彼女を刺激するのは得策ではない。

 だからこそ、臥薪嘗胆がしんしょうたんの心で、幼児のように、彼女からスプーンですりつぶしたリンゴを差し出されるのを黙って喉へと押し込んでいるのだ。


 支配・被支配の構図が明確にされ、手足の融通が封じられた僕の精神はいつまで正常でいられるのだろうか。

 幼児退行、リンゴ恐怖症、その他様々な後遺症が予想される。

 名称は忘れたが、『被害者が犯罪者を好きになる』心理状態も学術的に認められており、いずれにせよ、気づかぬ内に狂気が伝播でんぱしている可能性は十二分に存在しているのだ。


 智花さんの優れた勘と言えども、ホテル名まで当てることはほぼ不可能。

 彩香の優れた行動力と言えども、僕らの足取りを明らかにするのはほぼ不可能。


 司書、メイド、そんな深雪さんになんだかんだと言いつつも、信頼ーそれは僕にとって片手で数えることができるー関係を結んでいた。

 だから、今も僕個人の精神錯乱に懸念しつつも、彼女が暴行などの実害にでるとは考えてはいなかった。


 それは限りなく楽観的で性善説的だけれども、彼女の狂気的な微笑みは、『智花さんや彩香に僕が取られるかも』という淋しさを、なんとか払拭せんとした不器用な愛の現れでもあったのだ。


「僕はどこへも行かないよ」


「私も」


 これで不安が少しでも和らぐなら、僕はこの監禁に少しくらい付き合ってもいいかなと思ったのだった。



 ***

 やっと二人っきりの世界が始まる!

 最初は宗太君も戸惑ってたけど、おくすりが効いたようで一安心かな。

 薬と言えば、おばあちゃんが、私が飲みやすいようにって、一緒にリンゴをすりつぶしてくれたなぁ。

 宗太君も普通に飲めてたし、やっぱりおばあちゃんの知恵袋ってスゴい!

 これからもよろしくね、宗太君♥

 ***

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