第6話 反響しても虚ろ

 当事者にして最後の審判を担う僕は彼女に挟まれる、もしくは彼女らの仲裁として、彩香の言う噂、そして今後の生活について語り始めた。

「取りあえず……氷室さん、着替えてもらっていいですか。お兄ちゃんもソワソワしてるし」

「してないが!?」

 指摘するのが少し遅れただけで、あたかも僕が着させたかのような風潮はやめていただきたい。

 彼女が正座でこの場に挑んでいたのもあって、太ももが少なからず強調されていたのも確かに事実だが、僕はそんな事には一切興味ないですからね!

「いえ、宗太君にはいち早く読書に戻ってもらいたいから、このまま話します」

 さすがはメイド、あるじの一挙手一投足こそ重んじるべき最たるものであって、体裁にこだわり過ぎて、形式的なものへと格が下がっては元も子もない。

「そうだよね?」

 いや、氷室さん、君の好意はありがたいが、だからといって、スカートの端を少しめくるという行為はいただけないよ?それで許せば、主の貫禄なんてあったもんじゃない。

「ま、まぁ、あまり長引くのはお互い望む結果ではないしね……」

 貫禄なんてあったもんじゃない。


「それで、その、単刀直入に聞くけど、というのは事実なのかな?」

「…………確かに高校生の頃、クラスメイトの男の子が自殺したことはあったけど、それは私のせいじゃないよ」

 さっきのニヤニヤした顔とは打って変わって、痛いほどに鋭く、人を撥ね退けるかのような表情に彩香も面食らう。

「彩香はから聞いたというけど、その点はどうなんだ?」

「氷室さんが当時、非常に好意的だった男子が自殺した、ここまでは同じだけど、その原因は氷室さんが追い詰めたからだって言ってたよ」

「追い詰めたって?」

「最初は友達以上恋人未満みたいな関係だった。けれど、氷室さんが告白した次の日、その子は自殺したんだよ」

 因果関係はいざ知らず、それは並々ならぬ事態であり、また彩香やその事を知る人物が推測すうように、『無関係』とは思えなかった。


「氷室、さん?」

 僕は思わず息をのんだ。彩香を、いや、その先―虚空―を一点に見つめ、誘惑の為に幾分か乱れていたスカートの端は、彼女が力いっぱい握ったせいで、ぐしゃぐしゃになっていた。

「お、お兄ちゃん……!」

 高校生の彩香が不安気な声を上げるのも致し方あるまい。

 僕は氷室さんのレースでフリフリになっている方を優しく掴んで、彩香を覆い隠すように正面へと回り込むという極めて冷静な行動を取りつつも、必死に声を掛けていた。


「要らない。アナタ以外には何も、何も要らない!!!」


「深雪!」


 思わず名前を呼び捨てにして肩を揺さぶったが、それが功を奏したのか、彼女はあたかも眠りから目を覚ましたかのように平然と「宗太君?」とだけ言い、至近距離であるのを逆手にとって、僕に抱きついてきた。

「宗太君、ソウタ君、そうた君♡」

 もはやその変わりようは、飼い主をようやく見つけた犬や猫を彷彿とさせるような甘えぶりで、それがより一層、先ほど見せた一瞬の出来事を色濃く露呈しているのだった。



「取りあえず、今日はもう帰った方がいい。心配するなって、お兄ちゃんは大丈夫だから。何かあればすぐ電話する。それに、お兄ちゃんもこの件はうやむやには出来ないしな」

「うん…………さっきはカッコよかった、守ってくれてありがと」

「妹を守るのは兄の務めってよく言うだろ?」

「うん、じゃあね」


 玄関を閉め、リビングへと戻ろうとすると、氷室深雪はもうすぐそこまでに来ていた。

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