姉と兄

 サヤさんと別れてから、おれは街をぶらついていた。

ここは、おれの住んでいた街よりも活気があるようで、行き交う人もそこそこ多かった。

 今の目当ては適当にランチを食べられる場所を探している。というのも、結局、朝ごはんを食べずに出てきたので、空腹が限界を迎えているのである。


「ここも混んでるな……」


 しかし、昼時、しかも平日ということもあって、どこの店もビジネスマン達で列ができ始めていた。

こっちとしては、さほど時間をかけず、すぐにでも食べたいところなのだが……

 仕方ない。味気ないが、こうなったら、コンビニのイートインで適当に何か済ませるか……

 そう思っていると。


「あれ、ここ、空いてるな……」


 少し通りから離れたところにある店に目が止まった。見た目からして洋風の店かな。

 先程見た店などとは打って変わって、店内はかなり静かに見えた。


「……」


 混み合うこの時間帯に、こんなにガラガラなのってなんか怪しい感じもするけど……まぁ物は試しだ。入ってみよう。

 おれは少しだけ緊張しながら、店に入った。

 店に入ると、案の定、店内に人はほとんどいなく、目で数えられるくらいの人の多さだった。


「いらっしゃいま……」


 客が来たことを知り、慌てた様子でレジの奥から店員さんが出てきた。

 しかし、おれは顔を見た瞬間に思わず、目を見開いてしまった。そして、それは向こうもまた同じだった。


「海斗?!」


「千鶴?!」


「「なんでこんなところに!?」」


 お互いびっくりしながら、それぞれ相手を指差す。全く持って信じられなかった。

 まさか、こんなところで会うなんて思ってもみなかった……


 彼女の名前は椎名しいな 千鶴ちづる

 おれと同い年の18歳で……おれの元カノだ。


「久しぶりだな……」


「だね、三年ぶり?かな……」


 千鶴は、はははと乾いた笑いを浮かべる。

 そしてお互い、気まずい空気のまま、黙り込んでしまう。

 中学の卒業の時、以来か。

卒業式にフラれたんだよな、おれ。

おかげで一生忘れない卒業式になったよ。


「って、今日はあれだよね。お客として来てくれたんだから、案内しなきゃね……」


「あ、ああ、そうだな……」


 先程の空腹は何処へやら。

 おれはぎこちない手つきの千鶴に案内され、テーブル席へと座った。


「それじゃあ、決まったら呼んでね……」


 そう言って、千鶴はコップに注いだ水をおれの前に置くと、そそくさと店の奥へと引っ込んでいってしまった。


「なんで、こんなところで再会するんだよ……」


 メニュー表を開きながら、おれは思わず、そう言わざるを得なかった。

 千鶴との別れ方は決して、円満な別れ方ではなかった。というか、突然過ぎたからだ。












♦︎











「はぁ……」


 溜息を吐きながら、再び街の散策を開始する。

 今は午後の1時を少し回ったところ。

 本当はもっと早く店を出るつもりだったけど、色々と考えていたら、長居してしまった。腹は膨れたけど、正直、美味ったのか、不味かったのか、全く覚えていない。


 まさか、こんなところで千鶴と会うとはな……

 想定外過ぎて、本当にびっくりした。

 しかし、この街に住む限り、また会う可能性はあるんだよな……

 はぁ、本当にやりづらい……

 とりあえず、あの店には、なるべく行かないようにしよう。


 それにしても、これからどうするかな。

 おれは適当に街の風景を眺めながら、考える。

 家にいると暇な時もこれからあるだろうから、暇を潰せる物でも買いに行くかな。

 ゲーム関係は特に興味ないから、となると本屋にでも行くか。

 おれは携帯で付近の地図を出し、品揃えの良さそうな本屋を探し、そこに向かうのだった。


 そして携帯の地図に従い、歩くこと15分ほどで本屋に到着。

 中に入り、興味のある本を片っ端から探していく。

 うん、でかい本屋だけあって品揃えがすごいな。海外のコミックもあるみたいだし。

 おれは店内を回りながら、カゴに気に入った本を次々と入れていく。

 そして会計に進むも、結局、10冊も本を買ってしまった。

 おかげで1万円近くもお金がなくなってしまった……

 財布の中身が一気に軽くなったな……

 今度下ろしに行こう……

 まぁでも、じいちゃんには無駄遣いするなって言われてたけど、こういうのもたまにはいいよな。













♦︎









「すっかり、遅くなってしまった……」


 おれは本がどっさりと入った袋を持ちながら、家へと向かっていた。

 今は夕方の6時少し前。

本屋を出た後、近くのカフェに入り、少しだけど思いながら、ページをめくっていき、気づけば本を読むのに夢中になってしまっていた。おかげでこんな時間になってしまった。


「いてっ……!」


 おれが本を抱えながら、歩みを早めていると後ろから誰かにドンと勢いよく押され、その勢いで前のめりになりながら、前方に数歩進んでしまう。


「あ、ごめんごめん。ちょっと強かったみたい」


 誰だと思い、後ろを振り向くとそこには制服姿の弓月ちゃんがニヤッとした笑顔で立っていた。


「あれ、弓月ちゃん、今帰り?」


「そうそう。部活やってるからね、私」


「あ、そういえば昨日、そんなこと言ってたね。何の部活?」


「バスケットボールだよ」


「バスケか……」


 比較的小柄なのに、バスケやってるとは意外だった。実は運動神経良かったりするのかも。なんとなく、姉妹の中でも一番活発そうなイメージだし。


「あれ、もしかして私のユニフォーム姿を見たいと思ってる?」


「いや、思ってないけど……」


 なんでそういう話になるんだ……


「んなー?私に魅力がないというのか?」


 言いながら、弓月ちゃんは顔をぐっとおれの顔の前に寄せてくる。そのかわいらしい顔が目の前に……ちょ、近い近い……


「あ、海斗、顔赤くしてんのー。全く、ウブだなぁ」


 弓月ちゃんは意地悪そうな笑みを浮かべる。


「あんまりからかわないでよ……」


「ごめんごめん。それより早く帰ろ。お腹すいたもん」


 そう言って、弓月ちゃんはおれの隣に並び、先に道を歩いていく。

 おれも慌てて、その横に並ぶように歩き出した。


「……」


「……」


 しかし、歩き始めてからお互い口を閉ざしたままだった。

 な、なんか喋った方がいいかな……

 でも、何を話す?

 まだ知り合って二日目だし、あんまり馴れ馴れしいのはよくないよな……


「ねぇ、海斗はさ、私達と暮らすってなった時、どう思った?」


「へっ……?」


 おれが何を話そうか悩んでいると、弓月ちゃんはそんなことを聞いてきたので、おれは変な声を出してしまった。


「私はさ、少し嬉しかったんだ。私、一番下だからさ、上はお姉ちゃんばっかで。お姉ちゃんばっかなのも、嬉しいけど、一人くらいお兄ちゃんもほしいって、昔から思ってたんだよね」


 弓月ちゃんは照れたように笑みを浮かべて、そう言葉を続けた。


「だから、海斗が来るって聞いた時、少し嬉しかった。お兄ちゃんになってくれるかな……なんて子供みたいに思ったりしてさ。まぁ、今も子供なんだけど……」


「弓月ちゃん……」


 おれのことを一人きりにさせたくないと言ってくれる女性がいた。そして、ここにはおれが来ることを嬉しいと思ったと言ってくれる女の子がいた。

 その言葉だけで、おれの胸はじんわりと温かくなっていった。


「まぁ、まだ探り探りの部分が多いけど、こんなおれでよければよろしくね」


 そう言って、おれは弓月ちゃんに向かって精一杯の笑顔を作ってみた。

 それを見た弓月ちゃんは同じように思いっきりの笑顔を作ってくれて、おれに返してくれた。


 少しずつだけど、こうして仲良くなっていければいいな。

 おれは心の中でそう思うのだった。

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