第二章後半 神のみぞ知る

第十三話 夜明け前が一番暗い 壱

 十二月十三日、朝、晴れ──


 目が覚めたら、知らない場所に居た。

 辺り一面生い茂った草木の匂いに、苔に覆われ尽くされた岩がある。

 特に木が多く、上を見上げなければ空の色が分からない。

 そしてここは少なくとも都会では無さそうだ。

 ⋯⋯っ。

 風を切る葉の音に満ちた森の中で、激しく頭痛に苛まれる。

 それと同時に色々な記憶がゆっくりと呼び起こされていく。

「⋯⋯そうだ、私⋯⋯」

 皧狐と和解を持ちかける為に、仲間の皆と猫カフェを奪還しようとして⋯⋯でも、その時皧狐は終末を呼び込んでて⋯⋯。

「あ、そうだ⋯⋯終末は!?」

 さっきも見た限り空は青い。終末は阻止されたって事だろうか?

 おぼつかない足取りで、森の中を進んでみる。

 ⋯⋯いや、あれ、私、なんで⋯⋯。

「っはは、おかしいな⋯⋯終末じゃなくて、もっと考えることあるじゃん⋯⋯なんで⋯⋯」

 考える内、進む足は自然と止まっていった。

 震える肩を手で抑えながら、自分の意思や記憶に疑いを向ける。

 私は⋯⋯私の目的って、なんだったっけ⋯⋯。

 終末を止める事と、皧狐と仲良くなる事が同時に思い浮かぶのもどうしてなんだろう。

 よくわからない、自分でも、もうよくわからない。

 自分が⋯⋯分からない。

「私は一体⋯⋯誰なの⋯⋯」

 そうやって、森の中で蹲って、自分を疑うだけの時間をどんどん浪費していった。

 まるで自分じゃない自分に、動かされてるみたい⋯⋯。

 疑心暗鬼に堕ちていくしか、今の私に出来ることは無かった。


     ✳︎


 長い時間が経った。

 手頃な場所に、また蹲る。

 もう泣き疲れた。喉も目も痛くてしんどい。

「おなかすいた⋯⋯」

 時間の感覚もよく分からない、スマホ失くしたから連絡も出来ないし。

「さむい⋯⋯」

 もうクリスマス近いし⋯⋯。マフラーくらい付けていけば良かった。

 それでも蹲るしか、元気なんて無い。

 そうしてずっと考えていると、辺りは少しずつ暗くなっていった。

 更に時間が経った後で、向かいの茂みから音が鳴った。

 規則的な音がだんだん大きくなっていく。こっちに近づいて来てるんだ。

 それに聞いた感じからして足音だ。

 この草を踏みつける音、オープンワールドのゲームでよく聴いたな⋯⋯。

 ゲームの事考えたら帰りたくなって来た。

「⋯⋯い、⋯⋯か」

 いか?

 うっすらと声が聞こえた。

 声の方向へ顔を上げると、そこに居たのは──

「返事くらいしろ、無事か」

 巫女服の上にグレーのパーカーを着た、白髪の狐耳の女性。

 見覚えがある⋯⋯あれは、六花さんだ。

 六花さんが、ビニール袋片手に私に話しかけてきていた。

「六花、さん⋯⋯?」

「フッ⋯⋯まるで捨て猫だな」

 六花さんは私の隣に座り、フッと笑った。

 ビニール袋の中からお茶を取り出し、一口飲むと、また一言私に投げかける。

「由里香は優しかっただろう」

 由里香⋯⋯シロちゃんの本当の名前。

 でも何故唐突にシロちゃんの事を?

「⋯⋯どうして、こんな私にそんな話を?」

 私たちは敵対してるはずなのに、どうして気軽に近づいて⋯⋯まるで最初から敵じゃなかったみたいに話しかけて⋯⋯。

「私がやるべき事は、もう殆ど終えたからな」

「やるべき事?」

「⋯⋯時間を置けば、やがてこの世界はあるべき姿を取り戻していく。お前も次期、元のお前に戻るだろう」

「ど、どういう事?」

「妖術だ、お前も見ただろう。あの終末の妖狐の姿を」

 終末の⋯⋯妖狐⋯⋯。

 六花さんの言葉に、悍ましいフラッシュバックが脳内に呼び起こされる。

 悍ましい程の赤い空に浮かぶ、巨大極まる異物⋯⋯。

 それを止めようとして、私は⋯⋯。

「終末の妖狐⋯⋯そういえば、私はあの後どうなって⋯⋯」

 おかしい、だとすると私は今どうして生きている? あの時、私は強烈な一撃を食らって、お腹が千切れるような痛みに耐えきれず、死んだ⋯⋯?

 いや、実際は死ぬような思いをしただけで、一命を取り留めていた? だとしても腹部に痛みは感じない。

 大量に出血した記憶もあるけど今は何も問題は無いように感じる。

「お前がはたき落とされた後も、他の猫巫女が色々動いていたようだな。何が起きたかは私は知らんが」

「そう⋯⋯」

「少しは落ち着いたか?」

「まあ、はい⋯⋯あ、そういえば! ラ、ラオくん、そうだラオくんは!」

 ようやく自分の思考が回り始めた。

 そうだ、私が無事ならまずやるべき事はラオくんの安否じゃないか。

「ん?」

「私の猫、どこかで見てませんか!?」

 勢いよく立ち上がり、周囲を見渡す。

 しかし陽が落ちてきているせいで、視界が悪い。

「天眼⋯⋯は、使えない、よね」

 長い事神衣状態だったせいか、天眼が馴染みすぎてより視界が悪く見える。

 あ、そうだ。ラオくんが居なくてもモノクルがあれば。

 しかしポケットを探るが、モノクルは何処にも無かった。

「な、無い⋯⋯何処にも、無い⋯⋯」

 モノクルすら、私失くしちゃったのか⋯⋯。

「飼い猫が迷子なのか?」

 気を落とす私に、六花さんが声をかける。

「は、はい⋯⋯」

「⋯⋯まあ、いずれは元通りになるんだ」

「え?」

「千里眼──」

 そう唱えた瞬間、六花さんの金色の瞳が輝きを増し、小さな炎のような灯火が宿った。

「千里眼?」

 とても似ている⋯⋯私たちの天眼に。

「⋯⋯見つけた。街の方だな、猫の方もお前を探しているようだ」

「ま、待ってください。どうして助けてくれるんですか? 猫巫女なんですよ? 私⋯⋯敵なんですよ?」

 助けてくれるのはありがたいけど、六花さんは私を助けるような義理は無いはずだ。

「もう、猫巫女も何も無い。この世界は元通りになるんだ」

「それって、どういう?」

「⋯⋯はぁ、お前にはいちから説明が必要だな」

「えっ?」

「要するに、猫巫女の歴史は無くなって、元に戻るんだよ。終末の妖狐をきっかけにな」


「歴史が無くなる⋯⋯?」

「ケットシーは世界の歴史を上書きして猫巫女を創り上げたと、そう言っていたが?」

 威圧感を感じる喋り方だった。

「は、はい⋯⋯元あった狐巫女の歴史を、魔女復活の為の礎として、乗っ取ったんだと思います」

 終末の妖狐には抗えず、しかしどういう訳か私は生き延びた。諦めが付くには十分なタイミングだって、そう思ったらなんだか口が軽くなってしまった。

 でも丁度いい機会だったように思う。

 狐巫女の事は、こうして六花さんが話してもらえる状況でないと聞く機会は無かったはずだ。

「そうだ。乗っ取られたという事実すら隠蔽されて、私は悠々と日々を過ごしていた」

 狐巫女の過去⋯⋯。

 確かに、猫巫女には魔女復活の為に狐巫女を利用したというルーツがあるけど、その後の狐巫女に関する情報は一切知らない。

 というより、知る人間が居ないのかもしれない。 ケットシーからしても乗っ取った相手のその後にはきっと興味を持たないのだろう。

 魔女の復活⋯⋯それだけを求めてブラギとイズンさんは今日まで猫巫女の歴史を創り上げてきたんだから。

「乗っ取られた後⋯⋯六花さんたちはどうしてたんですか?」

「上書きの事実を知った後、復讐に駆られた。そして、狐巫女の主に協力を求めた」

「狐巫女の、主⋯⋯」

「ああ⋯⋯名を、ウカノミタマ様。お前達が歴史を上書きした事で怒りに触れた、豊穣の神様だ」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫巫女こなつちゃんR[emedy] 衣江犬羽 @koromoe_inuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ