第十二話 二人で猫巫女 前編

り方は⋯⋯そうなるかあ〜」

「そうなっちゃいます。滑ってきたツケがまわったと思ってください」

 氷で滑って昇ってきたんだから、帰りは当然、滑って降りる。スカイダイビングの方が絶対楽しいんだろうな⋯⋯。

「ではいきますよ」

「決心するかあ〜!」

 助走をつけて、裂け目に向かってダイブする。


 その空間を抜けて、また空中へと戻ってきた。助走をつけたおかげか管の上へうまいこと乗れて、そのまま地上へと降り進める。

 今度は私が意識を前にして滑り続ける。イズンさんの魔力のおかげでスムーズだが、いかんせん速すぎるし怖い。

『ねぇ、聞こえてるかい?』

 グリムさんだ。作戦通り、私に声を飛ばしてくれている。

「聞こえてます! このまま降りていけば良いですか!」

『いいや、途中でアーガルミットめがけて飛び込むんだ』

「はぁ!? 死にますよ! 何言ってるんですか!」

『怖いだろうけど心配しなくていい! イズンがうまいことやってくれるだろ! 多分!』

「多分じゃ困ります! イズンさん、ここでポンコツとか要らないからね! ね!?」

 隣で滑るイズンさんに必死に泣きつく。私と違って少しも動揺を見せることなく、イズンさんは言葉を返した。

「大丈夫です。信じてください」

『キミは飛び込んだ勢いを利用して、得意の捕縛ほばく技でアーガルミットをぶん投げるんだ! 迷魂ちの彼女から距離を離せたら、そのまま長期戦に持ち込ませれば良い!』

 ホント、どうにでもなれってやつだな⋯⋯。やれるやれる、私ならきっと。

 私たちなら、きっとやれる。


 足に踏み込む力を入れて、一気に飛び降りる。

 真下にはアーガルミットがいる。

 着地の準備に入ったのかイズンさんの魔力の感覚が無くなり、風の抵抗を一身に受ける。

 落ち続ける中でなんとか手だけを動かして、浄化の枷ピュリカフスを作りだし、投げる為の鎖も作る。後は狙いを定めるだけというところまで準備する。

 そのまましばらく落ち続けて、ハッキリと全力疾走している紬先輩もとい花子も確認出来た。


 仕掛けるときだ。その数メートル先で追いかけるアーガルミットに向けて、浄化の枷ピュリカフスを投げる。

 枷から伸びる鎖だけが、私とアーガルミットを紡ぐ。

 手錠は手足に繋がれた。その感覚を感じてすぐ、鎖を掴み引っ張った。神衣で補強された身体能力を信じて、身体を回転させた勢いに全力を込めて、アーガルミットをぶん投げた。

「うおらぁっ!!」

 幾つもの障害物をすり抜けて、アーガルミットは飛んでいった。

 そしてイズンさんのおかげで傷一つなく、そのまま着地も無事に出来た。

「よし⋯⋯一時凌いちじしのぎだけど、なんとか離せた⋯⋯!」

「こ、こなつ⋯⋯」

「え? ああ、花子、怪我してない? どこか──」

「ぬわぁぁああああんこなつうううう! やべえヤツに追われてて怖かったんだよおおおおお!」

 着地した私に気付いた花子はすぐに駆け寄ってきて、物凄い勢いで抱きついてきた。ひどく泣きじゃくった顔を私のてっぱんうずめてわめいている。引き剥がそうにも力が強すぎてピクリとも動かせない。

「だあああ〜分かった分かった、私がなんとかするから離れてよもおお〜⋯⋯無事で良かったけど⋯⋯」

 紬先輩の姿で抱きつかれるといつかの夜を思い出してしまうのでそろそろ勘弁して欲しいけど、こんな時くらいは良いかな。

「西野小夏、アーガルミットが来ます。彼女を逃してください」

 騒がしい私たちには気にせずイズンさんが口を挟む。すぐに私も気持ちを切り替えた。花子には悪いけどイチャついてる時間は無いのだ。

「ほら花子、また来るから、はやく逃げて」

 なんとか花子を振りほどいて説得をしようとした矢先。

「うぇぇ⋯⋯ひっぐ⋯⋯嫌だ⋯⋯」


 は?


「離れたくないぃ! 絶対また襲われるよぅ!」

「めんどくせぇなあホンマに!」

 泣き喚く花子に対して心の底から声を張り上げてしまった。

 そうこうしてる暇ないってのにこの子はホントに⋯⋯。紬先輩の事を考えると本当に複雑な気持ちになる。

「来ますよ!」

 いつも冷静なイズンさんが、珍しく声を荒げて合図を出した。私もその声にハッとなり、アーガルミットのいる先を見つめる。

 結局花子は振り解けないまま、アーガルミットと対峙することになってしまった。

『おい、迷魂はなんでキミを好いてるんだ?』

 そんな中でグリムさんの声が頭の中に響く。そんな事聞かんといてと言いそうになるがそんな余裕はない。すぐに返事をした。

「はい。またワケあって迷魂がメンヘラでして⋯⋯!」

『だったらもう、ソイツをこっちに送ってアーガルミットに集中するか、おとりにして消耗させてくれ』

「囮って⋯⋯囮、なるほど」

『まもなく接敵する。選択はキミに任せるよ』

「小夏よ、その考えでいくぞ」

 話を聞いていたラオシャが内から話しかけてくる。

「え、なになになんなの!? こなつぅ!」

「花子! 手握って!」

「ええ! そんな尊いヤツ今するの!? なんで!」

「ああもう⋯⋯これでいくか!」

 腕を身体に回し、紬先輩の身体を持ち上げる。神衣でなんとかなることを信じて、このままイズンさんと逃げまわろう。

「イズンさん、行こう!」

「あ、はい」

「ぱっ」という言葉を最後に花子の反応が無くなった気がする。それが本当の最後の言葉になっても私は知らないぞ。

 今はとにかく花子をエサに、アーガルミットを反対側の駅の方まで誘導させる。


     ✳︎

 

 目的は反対側の駅まで。お姫様抱っこのまま坂を全力で降りる。

 後ろを振り向く余裕もないが、アーガルミットの気配だけは感じとれる。

 ところで並走へいそうしていたはずのイズンさんはどこへ行ったのだろうか、いつの間にかいなくなっている。

 まっすぐ走っていたはずなのにどこで道を間違ったのか、私の周りにまともな人いない説が頭を過ぎってしまう。

 いや、それにしても⋯⋯。


「ねえあの子、コスプレ? 巫女さん?」

「人担いでなんで走ってんねやろな?」

「なんかの撮影ちゃうか? 俺こっそり撮っとこかな」

 

 私が全力疾走している場所、そこは姫浜の人なら誰だって知っている大通り。

 大勢の人がいる中で私だけ走っているのだから、こうなってしかるべきだろう。

「なにあの子、猫耳付けてるやん、かわい〜」

「ママ〜、あのひとめっちゃあしはやいよ〜?」

「シッ そんなこと言わないの」


 正直、めちゃくちゃ恥ずかしい。

 でも、思えばこの姿を他の人に見せたことって無かったっけ。

 私としてはずっとこの町で活動してきたから、そんなの考えたこと無かったな⋯⋯。


 さあ、駅までもう目の鼻の先だ。大通りをひたすら駆け抜けて、逃げ始めた場所から反対側まで来れた。

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯神衣の力ってすごい⋯⋯!」

 息切れだけで済んでいるのは奇跡みたいな物。そして駅の前までアーガルミットを誘導は成功した。飛び降りる以外は逃げ道は一箇所のみ。しかしここからはノープランだ、とにかく長期戦を仕掛けなくてはならない。

 隅っこに花子を寝かせて、臨戦態勢を取った。残る力を振り絞って、チャクラムクラスの浄化の枷ピュリカフスを両手に発現させる。

「花子は食べさせないよ⋯⋯!」

 アーガルミットも体力を消耗しているのか、最初に相対した時ほどの機敏きびんさは無さそうだ。

 これならいけそうだと思い切って前に出る。

 でも、その瞬間に、私の身体が光をまといだして──

「あ、あれ?」

 アーガルミットを目の前に、慌てて光りだした自分の身体を見る。

「すまん、小夏っ⋯⋯!」

「ラオシャ?」

 ラオシャの言葉の後に光は放射線状に広がって、まもなく霧散した。そして消えていく光と共に、身体から力が失ったのを感じた。

「時間切れ⋯⋯」

 広げた両手を見つめながら、少し絶望した。なんで、こんな時に⋯⋯。



 裸眼じゃアーガルミットの姿も見えない。でも結末は見える。未来も見える。私は、この後吹き飛ばされて死ぬか、喰われて死ぬ。

 出来ることといえば、顔と目を伏せることだけ。

 ごめんね花子、ラオシャ。みんな⋯⋯私無理だった⋯⋯。


「小夏⋯⋯!」

 遠くで声がしたけど、確認する余裕なんてない。だってもうすぐ私は⋯⋯。

「諦めてはダメです!」

 直後に打撃音が鳴った。数秒待ったが、私に異変は無い。恐る恐る目を開けてみると、眼前には必死な顔をしたイズンさんが立っているのが見えた。

「あ、あれ、イズンさん⋯⋯」

 迷子になってたんじゃ⋯⋯。と言いかけてすぐ、イズンさんの後ろから数人追いかけるように近づいてきた。

「いたいた! こなっちゃ〜ん!」

「待って沙莉⋯⋯、こ、小夏ちゃん⋯⋯」

「沙莉⋯⋯綾乃⋯⋯」

 走る二人の姿を見て、途端に身体が熱くなった。少し折れかけた私の心が治っていくのを感じる。

「大通りで囲まれて泣いとったイズンさんを見つけてな、色々聞いてたら後ろでこなっちゃんが凄い速さで駆けていったからさ」

「イズンさんに駅の場所を教えて、近くまで転移してもらったの⋯⋯小夏ちゃん⋯⋯ラオシャくんも、大丈夫?」

 思わず顔の頬が緩む。涙も溢れそうだった。イズンさんはやっぱり迷子やったんかい。

「うん、二人とも、ありがとう⋯⋯。イズンさん、アーガルミットは?」

「氷の槍で抑えつけていますが、そんなに猶予はありません」

「そっか⋯⋯。でも、私もラオシャも魔力切れで、ごめん⋯⋯送り迎えは、出来ないかも⋯⋯」

 と、諦めかけていた私をすぐに立ち上がらせるように、イズンさんは否定した。

「いいえ。他のすべを、貴方たちがやっていないだけです。猫巫女の力とは、すなわち。魔力だけで動く猫ではないように、猫巫女もまた、魔力だけで動く依代ではないのです」

「それって⋯⋯」

「パートナーの真名しんめいを貴方が告げて、貴方から神衣を発現させなさい。今まで神衣の瞬間に意識は落ちていても、猫と意識を共にする中で、貴方はもう心のどこかでその名を記憶しているはずです」

「真名⋯⋯」

「小夏⋯⋯ワシはまだやれるぞ」

「ラオシャ⋯⋯」

「ああ、ワシと小夏、二人で猫巫女じゃ。なんだって出来る、なんだって叶えられる。そうじゃろ? じゃから、紡がれるうちは⋯⋯!」

 ああ、そうだった。私はそれも忘れかけていた。

 二人でずっと、並んで歩いてきたじゃないか。いつもの日常は書き変わって新しい日常を、二人で過ごしてきたじゃないか。

 こんなところで終われない。こんなところで私だけ折れるわけにはいかない。

「ごめん⋯⋯! ちょっと、感動してた」

 涙を我慢して、笑顔を返す。もう覚悟はできた。

「⋯⋯! さあゆくぞ、小夏が刻むのじゃ!」

 頭の上に乗ったのを確認してから、ラオシャの言っていた口上を、今度は私が言い放つ。



「依代司るは神の衣、我、真名の開示により、力を解き放つ──」

「やったれこなっちゃん!」

「頑張って、小夏ちゃん⋯⋯」

 足元から展開された魔法陣に、幾つものルーン文字が刻まれていく。熱を帯びた私の手を添えて、今こそろう。


「全権限をもって、全てのルーンを私に刻む⋯⋯猫の名は、!」

「「神 衣キャット猫魂インクルージョン!」」

 魔法陣は収束し、私の元へ全て集結される。その力はやがて羽織りに形を変え、私たちを包み込む。


 しかし魔力だけで動いてきた私たちじゃない。その代わりと原動力となる物は一つだけ。


「「絆」」


 紡がれる縁を全て繋げて今、私たちはここに立っている。

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