第十一話 変遷の猫巫女 後編

 アーガルミット捕獲に向けて、私とラオシャとイズンさんで神社に向かった。

 天眼でしか視認出来ない、空まで繋がる迷魂の道。その上を滑り、空の上にいる管理者かんりしゃと呼ばれる人物に会いに行く。

 神社まで着いて私はさっそく、くだを見つめるイズンさんに自身の考えを口にした。

「まず、イズンさんは私にくっつきながらこおりを出し続けて欲しいんですよ」

「真剣な面持ちでなにを言ってるんですか」

 真剣な面持ちで私の方を振り向き、冷静に突っ込まれてしまった。

「ワシは賛成ですぞ」と中にいるラオシャがフォローしてくれた。

「あ、相棒⋯⋯! 分かってんね!」

「⋯⋯神衣かむい中に二人で話さないでください。色々とややこしいので」

「ええ〜イズンさん色んな猫巫女さんと会ってきてるんだし慣れてるでしょ〜」

「そうじゃな〜イズンさまともなれば、禊猫守みそぎびょうしゅたちとも頻繁ひんぱんに会っているはずじゃからの〜う」

 私とラオシャでイズンさんのほっぺをむにむにと突っついてウザ絡む。

 多分中でも偉い方のケットシーだと思うが、こんなにイジりやすい人型ひとがたの猫と接していると、自然と関西かんさいの血がたぎってしまう。ラオシャが乗ってきたのは予想してなかったけど。

「帰ったって良いんですからね⋯⋯。他の禊猫守みそぎびょうしゅたちにアーガルミットを任せる事も出来ますから」

 イズンさんはちょっと怒っているのか、ふくれっつらでそっぽを向かれてしまった。

「ご、ごめんごめん、ちゃんとやるよ。神衣かむいが切れちゃう前に空まで行きたいからさ」

 なだめる私を見てイズンさんは一つ、ため息を漏らしてから言葉を続けた。

「はあ⋯⋯猫巫女で貴方あなただけですよ、ワタシをこんなにコケに出来るのは⋯⋯。さ、はやく行きますよ。アーガルミットは魂を食べる存在なのですから、いつまでも放置するわけにはいきません」

「おっと、そうだったそうだった」

いそぐにしたことはないな」

「よし、私と肩を組んで一緒にジャンプしたら、こおり魔術まじゅつすべっていこう。もちろん、てっぺんまで、ね!」

 そらに指を差して、私たちは高く見上げる。

 そら彼方かなたまで、さあいこう!

「小夏、高くジャンプするならワシが動いてやろう」

「滑るのはワタシたちケットシーに任せてください。西野小夏、ワタシの魔力を分けますので、貴方は耐える事のみに集中してください、人間である貴方には空の上はつらいでしょう」

 二人の猫が私をサポートするこの状況に、少し胸が暖かくなった。

「オッケー、了解。ありがとうね、ラオシャ、イズンさん」

「では、ゆくぞ!」

 その言葉に合わせて私の身体をラオシャに預ける。

 イズンさんと肩を組み、勢いよく管の上へ跳躍ちょうやくした。飛び移る手前でイズンさんは手からこおり射出しゃしゅつさせて、次々つぎつぎ足場あしばに氷を展開てんかいしていく。このまま滑って空へとのぼつづける。

 原理げんりなんて今更いまさら考えたって無駄むだだ、これすら魔術まじゅつなんだから。

 

 しかしここまでくると完全なファンタジーだ。ラオシャたちを心の中で見守りながら、どんどん上へと昇っていく。

 その中で、イズンさんのもう片方の手から魔力が送られているのを感じる。ラオシャとは違う感覚だ、包み込むようにあたたかい。

 

 意外いがい速度そくどが出ている事に気付いたのは、雲が目前もくぜんまで来た時だ。もうそんなとこまで昇ってきていたのか。



 酸素さんそうすくなってきた。

 しかし当然とうぜん進み続ける。

 もうすぐ雲を突っ切って、私たちは管理者に会うんだ。

「西野小夏、身体を魔力で包んでください。ここから先は危険です」

「分かった!」

 イズンさんに渡された魔力を使って身体を守る。途端に呼吸が楽になって、風の抵抗ていこうも弱くなった。

 そしてその間に雲にも突入し、昇り続けていた。

「そろそろ転移てんいしますよ」

 ⋯⋯転移? このまま上へ昇るんじゃないのか。

 考えていると、すぐにそれは見えた。

 それは天眼と同じ、夜空への道。管もそこで終わっている。すべてあの空間くうかんつながっているのだろうか、空中をいたように出現しているその空間は、どこか怖さを感じさせた。

「あの空間に飛び込めばいいんじゃな!?」

 ラオシャが疑問を口にしてくれた。

「そうです」とイズンさんは即答してくれる。それに続けて私も「行こう!」と腹をくくった。

 今更怖くなったってもう遅いんだ。勢いそのままその空間へと、その迷魂の辿る先を、生身の私たちはダイブした。


     ✳︎


 空間を進むという感覚は無かった。

 ダイブした瞬間から何処どこかへ着地したからだろう。周囲を確認する前にまずは自分の姿を見た。

 私たちの神衣はかれていない、イズンさんもとなりにいる。

 身体的しんたいてきにも異常いじょうは感じない。なにも起きることなく来れたのだろう。

 無事が確認できたところで辺りを見渡した。

 

 この空間はなんだろう、どこかの室内しつないのような感じだ。照明に照らされた、ちょっとリッチな雰囲気のある、広々ひろびろとしたむらさき色の空間。

 

 後ろを振り向くと、飛び込んだものと同じ、空を裂いて出来た裂け目の空間。

 見てすぐに、ここから来たんだと強く実感させられる。

 ほかに気になる箇所かしょが無いか再度見渡すと、この紫色の空間の中央に堂々とある白いソファと、そこに座ってホログラムのように浮かび上がったなにかを眺めている、姿があった。

 私が凝視ぎょうししているとイズンさんは一歩前いっぽまえに出て、その後ろ姿に向かって話し始めた。

「失礼しますよ、グリム。やらかした貴方の代わりに、こちらの次期じき禊猫守が対処たいしょしますので、アーガルミットの対策たいさくばやく教えてください」

「あの、どうも⋯⋯」と後ろから続けて私。

 グリムと呼ばれたその人はソファから立ち上がると、振り向く事なく言葉を発した。

「ああ、ようやく決心したの? かなりの時間悩んだんだねえ、どう? 長い事迷魂でいると、自分が分からなくなってくるだろう?」

 ⋯⋯誰に向けた言葉だろう、そして声からして男の人だ、ラオシャよりも若い声色をしている。

「ボケたのですか、グリム」

 イズンさんはあきれながら言った。

「ん? あんれ、違った。イズンか」

 イズンさんの二言ふたこと目で男の人はようやく振り向いて、こっちの存在を認識した。

 かきあげられた青白い髪、緑と紫のオッドアイ、つややかな白いスーツ姿。そして髪色と同じ猫耳と尻尾。

 なんというか、一言であらわすならばホストだ。めっちゃ金持ってそう。

「あなたが、管理者ですか?」

「ああ、キミなのか⋯⋯西野小夏だねぇ、なるほど、キミが変な猫巫女か」

「へ、変?」

 初対面でへんな人あつかいされたのははじめてだ。

「小夏の事は、すで猫集会ねこしゅうかいで共有されておる。すまんな、ワシが言いふらしてしまった」

「猫集会? そんな事してたの?」

「ま、まあの⋯⋯お前に関心かんしんを持つ猫が多くての」

 ラオシャにこれ以上あつをかけるのはやめておこう。後でこねくり回してやる。まずは本題ほんだいに入って色々聞かないといけない事がある。

「えっと、グリムさん。アーガルミットについて、色々と教えてくれませんか? そもそも、どうしてこっちにやって来ちゃったのかとか⋯⋯原因も」

「うーん、他の世界のことを他言するのはあんまり良くないんだけど⋯⋯仕方ない。大体オレのせいだし」

「そうです、貴方のせいです。管理者のくせに毎年この時期に浮かれて、いつも何かをやらかすのですから」

 イズンさんの抑揚よくようのない声が、グリムさんに冷たく突きさる。

「別に良いじゃないか、ハロウィンはオレたちにとって⋯⋯いや、そんな話はいいか。まず、アーガルミットのことだね」

「はい、教えてください」

「アーガルミットは、こことは別の世界に生息する神秘獣しんぴじゅう。それがたおされてこっちに来てたんだけど、ちょうどハロウィンの前で浮かれててね。キミたちの世界に間違えて落としちゃったんだ」

「落としちゃったんですか⋯⋯」

 この人にとってそんなにハロウィンは大事だいじなのだろうか。やけに特別視とくべつししているようだ。

「ああ。ただ安心あんしんして欲しい、アーガルミットは人間をおそったりはしない平穏へいおんな獣だ。その証拠しょうこにほら、魂は青かっただろう?」

「確かにそうじゃな。しかし、イズン様が言ったように魂を食べるヤツなのじゃから、あまりチンタラしている暇はないように思うがの」

「そうだね。でも姫浜ひめはま町に迷魂は少ないし、ただちに危険が出ることは無いと思うけどね。ほら、これを見せてあげるよ」

 グリムさんはそう言うと、ホログラムみたいなものをかざし、私たちの方へスライドさせて見せてくれた。薄く白いパネルが、私たちの手元で浮いている。

 パネルの中を見てみると、そこは私たちの住んでいる姫浜町を上から見た図だった。

「これは姫浜じゃのう⋯⋯この青いのがアーガルミットか?」

「そう、ここの雑木林ぞうきばやしの中を歩きまわってるだけで、特になにをするでもない。だから──」

「いえ、ちょうどいま雑木林を抜けて、道路を歩いています。迷魂を追っているんでしょうか。グリム、もっと詳細に映し出せませんか」

「うっそ、そんな都合良く迷魂がいたりするものかな⋯⋯近くを映してみるよ」

 パネル越しの姫浜町のマップが、監視カメラの映像のように切り替わった。そしてそれを見た瞬間、グリムさんの顔色が寒くなる。

「おいおい、生身の人間を追いかけまわしてるじゃないか! どうなってるんだ!」

「おや、彼女は⋯⋯西野小夏」

 その女性は、私のよく知る友達だった。つむぎ先輩せんぱい間違まちがいない。アーガルミットから必死に逃げているのが映像からも分かる。

「紬先輩⋯⋯! なるほどね⋯⋯花子に反応したのかも⋯⋯!」

 紬先輩は迷魂を感知できないが、迷魂同士なら分かるのだろう、花子がいま紬先輩を動かして、必死に離れようと全力疾走ぜんりょくしっそうしている。

「友達かい!? 彼女は人間だぞ、なんで追われてる?」

「先輩は色々ワケあって、迷魂と共存している状態なんです。だからアーガルミットは、先輩の中の迷魂に反応して追いかけてるんだと思います」

「はやく助けにいかなくてはな、小夏」

「うん⋯⋯グリムさん、はやく弱点でもなんでも教えてください! なにかありませんか?」

 平静へいせいを保って、グリムさんを問いただしてみる。

「弱点っていうと違うと思うけど⋯⋯人間に弱い。アレは神秘獣、ゆえに人間に近づくこともしてこなかった。人間という存在にとても敏感なんだ。今は迷魂だから正しい判断が出来てないみたいだけど⋯⋯キミと対峙し続けることで、もしかしたら弱くなっていくかもね」

「持久戦ですか⋯⋯」と横からイズンさん。

「逆に、追っかけまわしてやれば良いのかものう」

「それが最善、かな⋯⋯」

「じゃあ、オレがここから西野小夏に指示を出してあげよう。キミはすぐに地上に降りて、まずは牽制けんせいでアーガルミットの注意を引くんだ」

「降りるサポートはワタシがしましょう。アーガルミットは、貴方でなんとかしてみせるのです、西野小夏」

 固まっていく方針に息を呑む。でも不安はない。だって。

「任せて。ラオシャとならきっと出来るから。ねっ?」

「当然じゃな」と予想よそう通りの返事をくれた。


 もう心は決まった。

 私たちで、アーガルミットをおくかえすんだ。

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