第五話

「少々、待ってくだい。いま、開けますから」


 種子島たねがしま波旬はじゅんは、制服の胸ポケットからストラップによく付属している小さな鈴を取り出し、数回振る。

 が。

 鈴から音が鳴ることはなかった。

 代わりに、

 

 ――カチャ、カチャ、カチャ、カチャ、カチャ、

 

 と、扉のロックを解除する音が。


「開きました、入りましょう」



 生徒会室は上級階級の人間が来賓したときに、接遇する貴賓席そのもの。

 部屋の全体の広さは、ちょっとした運動ができるほど。一応、生徒会室なので、部屋の壁に備え付けられている本棚には、学生たちが豊かな学園生活を送るために必要な議題がラベリングされたファイル一式に、様々な本や資料などが所狭しと並んでいた。

 が。

 それとはべつに、完全に趣味丸出しの物も、備え付けられていた。

 大画面の液晶テレビ、多数の電気製品、それに音楽室を彷彿させる巨大なスピーカー。そして、誰が持ち込んだのか大体想像できる、アニメキャラクターの描かれたパッケージや主要キャラクターが表紙にイラストされた書籍群。それにゲーム機とソフトなどの数々が置いてあった。ついでに、巨大な特注のガラスディスプレイのなかに収納されている精巧に作成されたフィギュアたち。

 どこぞの超大金持ちのお嬢様が部屋に、せっせと運び込んだ代物。

 いま、注目すべきはそこではなく。

 無駄にデカい机と上等な革張り椅子の後方にある壁掛けの液晶モニター。

 

 その液晶モニターには、


『ごめん。呼び出したけど、急用発生! 話は、波旬はじゅん君から聞いて。追伸ピー・エスめいくん、怒って液晶モニター破壊しないでくださいね、破壊したらお給料から天引きします。あ、追追伸ピー・エス・エス愛莉鈴ありすくん、新作フィギュア追加しておきました。生徒会長』、

 

 と、表示されいた。


「種子島、知ってた?」


 命は全身を覆い尽くす倦怠感けんたいかんに脱力しながら、尋ねた。


「ええ、だから、僕が居るんです」


 悪びれる様子もなく、事務作業のように淡々と答え返す、種子島。


「……、……」


 座り心地のよさそうな高級ソファの背もたれの一部分が高圧縮され、約五◯キロ近い重量を細腕で一本で軽々と持ち上げ、いまにも、文字が映し出されているモニターに投げようとしていた。


「あの液晶モニター最新式ですから、お高いですよ」

「……、……」


 ギィ、という奥歯が擦れた音がしたあと。ソファーは定位置に戻された……命が投げるために握って高圧縮した一部分、以外。

 

 一触即発など無縁な人物が一人、手にナニか? を持って命に話しかけてきた。

 

「みて、みて、命ちゃん! このキャラクターのフィギュア、凄くない!」


 モニターに表示されていた。新作フィギュアのスカートを捲くり挙げながら、下着を見せつけてきた。

 愛莉鈴が持ってきたフィギュアのキャラクターは、主人公に下着をよく見られるヒロイン。その下着には、ヒロインのお気に入りのキャラクターが、しっかりとえがかれていた。

 その再現度に、愛莉鈴は感動し、興奮しているのだろう……。

 フィギュアのスカートを全力で捲くり挙げている手に命は優しく触れ、スカートを下ろさせ。


「めぇ!」


 と、子どもありすに注意した。



 現在、三人は。

 部屋一面に敷かれた上質なふかふかの絨毯の上に置かれたアンティークの正方形のテーブルを挟むように配置してあるソファーに座っていた。

 それは、生徒会のメンバーが執務中に一時的に休憩するための場所だった。

 ソファーの背もたれが一部、高圧縮された痕が残っているほうに、めい愛莉鈴ありすが陣取り。向かい側のソファーに、波旬はじゅんが陣取る。


「では、今朝の状況説明を開始します」



 愛莉鈴は、あ! 栗鼠リスになっていた。動物に姿を変える魔法を魔女に掛けられたのではなく。もく、もく、とテーブルに広げた三段重のお弁当を食べている姿が、小動物、ぽ、かったからだった。

 もく、モク、黙々と食事をしている、愛莉鈴を尻目に二人の人物は食事会と報告会を始めた。


「今朝の愛莉鈴さんを襲った連中の件ですけど。身代金、目当て、だった、そうです」

「短絡的な」

「実際、超が付くお金持ちのお嬢様が、護衛なしで、出歩いていたら簡単に誘拐できると思ったのでしょ」


 その波旬の言葉に、納得した表情を浮かべながら命が頭を縦に振ったあと。目尻を下げ。


「しっかし……逢魔時学園おうまがときがくえんの名も、地に落ちたものよねぇー」


 その口調には落胆が入り混じっていた。

 無表情ながらも波旬は、肩をすくめ、珍しく感情を動作にしながら。


「時代が時代ですから」

「だいたい、とき、で、察しないのかしら」


 落ちつた深みのある声で、意味深い、返答を命はした。


「今の時代背景では。逢魔時学園というのは、有名なお金持ちご用達ようたしの学校というのが、周知の事実になってますから。あくまでも、ですけど」


 抑揚のない説明口調で命の話した内容に回答を述べる、波旬。

 その回答に腑に落ちないと、整った眉毛が眉間の中央に寄り。命が、再度、


「でも、じゃの道はへびじゃない」、


 と、問いかける。

 命の質問は的を射ていた。

 が、

 的は二つ存在しており、貫いた的は片側の一つだけだった。

 

 すっと、波旬は自分の瞳を命の瞳に合わせ。


「彼らはへびであっても、人外じゃではありません」

「あ~、なるほど」

 

 波旬の言説に命は同意するのだった。



「……ぅッ」


 人が苦しいときに出す声だった。か細いということを除いて。

  

「…………」

「…………」


 二人は顔を見合わせ、緊張が走る。

 ご飯を黙々と食べているにしても、愛莉鈴が、ことに。

 慌てて二人は愛莉鈴を見ると!

 顔色が真っ青になった、愛莉鈴が、死にそうになっていた。


「あ! ありすー!」「あ! ありすーさーん!」

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