第四話

 月読つきよみめいは困り果てていた。クライアントである、愛莉鈴ありすを気絶させたときよりも…………。

 正しくは言えば、命に責任はない。愛莉鈴がキレて、うり、うり、うり坊、体当たりで、自爆しただけの話なのだから。

 非は全て、愛莉鈴・ハートにある。

 とはいえ、ボディーガードがクライアントを気絶させたことは、真実である。

 とりあえず、命は愛莉鈴を保健室に運んで、養護教諭に任せた。

 気絶しているのにベットに寝かせた途端に、愛莉鈴が、「ドロップアイテムがー、でなぃー」と、かわゆい顔を歪ませていたので。

 かわゆい顔の両頬を引っ張いっておいた。


 で、お昼休みのタイミングで校内放送による。生徒会室に、COME HERE

 心当たりは二つある。一つは、クライアントである愛莉鈴を気絶させた、こと。もう一つは、今朝の愛莉鈴を襲撃した男たちの、こと。

 十中八九どころか百発百中で、両方の件についてだろう。

 しかし。

 現在進行形で、今、困っているのは、気絶と襲撃の件ではなく。

 周囲の注目が、また、自分に向いており。周りの人間の視線で、集中線が描けた。

 良くも悪くも月読命という人物は知名度がある。

 天才、鬼才きさい、秀才、奇才きさい、オンパレードの逢魔時学園おうまがときがくえんのなかでも。

 ――一目置かれる存在の一人。


「ぁー。視線って銃弾より、貫通力あるわぁー」


 遠い目をしながら命は呟き。昼食セット一式を両手にしっかりと持って、教室をそそくさと逃げ出た。

 が――そうは問屋とんやおろさなかった。

 生徒会室は一階にあり辿り着くまでには、絶対に廊下を歩く必要がある。


「校内放送で呼び出しって、もう嫌がらせよね。これは……」


 クラスメイトたちからの射抜く視線から退散したのに、お昼休みということもあり、生徒たちが廊下に溢れ出ている状況。

 ということは、再度、ちらっ、ちらっ、と人の目が。


「ぁー。視線がいたぃ」


 視線から逃れるために窓から飛び降りてやろう、かと、思ったが。さすがに、地上四階から飛び降りて無事だったとしても。女子高生が颯爽と四階の窓から飛び降りた時点で、廊下に居る生徒たちの口からは、阿鼻叫喚しか出てこないだろう。

 できるだけ気配を消しながら、生徒たち紛れ込もうとしたが。一度、ロックオンされたら、回避するのは至難の業。

 かと言って。目の前で、パッと一瞬で姿を消したら消したで、問題が……。

 この状態から開放されるには、自分より目立つ存在が登場し、興味を惹きつけてくれれば、そのスキに姿を消し、のんびりと生徒会室に行けるのだが。

 と、命が頭のなかで模索しているうちに、事態は急変した。


「め~いぃ~ちゃ~ん~。い~っしょ~にぃ~、せぇ~い~と~かい、しつに~、いこぉ~う~ぅ~」


 自分よりも確かに目立つ人物が登場してくれたが、悪目立ちする人物だった。さらに、視線をどんどんと集めなが、こっちに近づいてくる。

 金髪碧眼の美少女が、日本古来からくすんだイメージの紫を指す、古代紫色の風呂敷に包み込まれた三段重のお弁当箱を大事そうに両手で抱きしめ。アニメキャラクターがデカデカとプリントされた水筒のストラップを握りしめ、今から遠足に行きますてきな、小学生の笑顔。

 否応なしに――目立つ!


「ゎ、わすれてた」

 

 校内放送で呼ばれたとき、自分の名前と『愛莉鈴』の名前が呼ばれたいたことをすっかり忘れていた。

 教室に設置されているスピーカーから呼び出し専用のチャイムが聞こえた途端に、『来い! 月読命、生徒会室』と、放送された瞬間に教室の空気が変わって、どっと視線を受けて逃げ出したのはよかったが、廊下に出たら出たで晒し者だったために、テンパって愛莉鈴と遭遇することを失念していた。

 ボーっとした遠い瞳で満面の笑みを浮かべながら、効果音が聞こえてくるような独特の歩き方で、近づいてる愛莉鈴を見つめる命だった。



 教育現場に似つかわしくない物々しいほどの立派な扉が、二人の目の前に。その扉には巧緻こうちな細工が施され、選ばれた者のみしか、開くことを許さないと物語っていた。

 しかし。

 このありえない場違い感が、絶対の信頼と恐 怖でもって、逢魔時学園おうまがときがくえんが、表と裏に君臨する組織の一つの証明だった。


 命は扉の上部の壁に、チラッと見ると生徒会室とプレートが掲げられていた。


「…………ぃゃ、だなぁ」

「命ちゃん、入らないの?」


 扉の前に立ちプレートを見上げ眺めながら心のなかを吐き出している命に愛莉鈴は、天使の微笑みで、尋ねた。

 命は愛莉鈴の紫色の風呂敷に包まれている三段重の上に、無言で自分の持ってきていた、お弁当と水筒を乗せると。

 保健室に運んで寝言ならぬ気絶言きぜつごとを言ったときよりも、強く、ぷにぷにの愛莉鈴の両頬を左右に引っ張るのだった。


「――! ぃ~い~た~ひぃ~よぉ~、めぃ~ちゃ~ん」

「はぁー。朝一から教室で一騒動を起こしたというのに、本当に反省という言葉を知らないみたいですね。月読つきよみめい、さん」

 

 命と愛莉鈴のお粗末なやりとりの間に、毒気が混入した。


「えー! なんで、私だけなのよ、種子島たねがしま


 問題を起こしているのは、二人。叱られているのは、一人。


「当たり前じゃないですか。雇われている側の人間が、雇い主の悪口を言うが、どこに居るんですか? ねぇ、、さん」

「たぁ~すぅ~けぇ~てぇ~。はぁ~じゅん~、く~ん~」


 生徒会室の扉の前で漫才をしている、命と愛莉鈴に話しかけて来た人物は、今朝教室で愛莉鈴が命に体当たりしたときに、登場した人物であり。命が黒服の男たちに襲われそうになったときに、スマホに電話をしてきた人物。

 淡白な口調と表情をし、男子というよりも男の子という表現が似合う幼い顔立ちに、それに合わせるようにあつらえた体躯。

 年上の女性に可愛がられるマスコット的な雰囲気を秘めているが、一癖も秘めおり。

 月読つきよみめい愛莉鈴ありす・ハート。

 天才、鬼才きさい、秀才、奇才きさい、オンパレードの逢魔時学園おうまがときがくえんのなかでも。

 ――一目置かれる存在の一人。

 それが――種子島たねがしま波旬はじゅん

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