氷上の約束

松殿

リード 新たなる道へ

ローカルな電車に揺られながら虚ろな目で見る青い海。こくり、こくりと顔を動かす。

その目は海を見ながらゆっくりと閉じ……。

(オリンピックカーリング女子三位決定戦日本対フランス。オリンピック初めてのベスト4に進出した日本。今夜はこのオリンピックの締めくくりです。勝った方がこの輝く銅メダルを、手にします。

やはり先行の時、相手に点を持ち込ませないようにしたいですね。はい、……。)

歓声とどよめき、そして光輝く白いリンクの上には花凛の母とその仲間達が戦っている。

「ねえ、ぱぱ、ママはどこ?」

「ほらあそこだよ。」と指を指す。

「うぁーママかっこいい。」

そして、試合は熾烈を増して、一進一退で進んでいく。

中盤の第五エンドでフランスが一点リード。

2-3となった。

終盤戦の第八エンドで3-3の同点に追い付く。

続いての第九エンドで司令塔の鈴木の第一投は、ガードストーンの裏側に回り込む完璧なショットが決まる。

スコアは4-3に。このショットで日本はリードを初めて奪い、流れを掴んだ瞬間だった。

そして最終エンドの10エンド日本は正確なショットとスイープでフランスを翻弄した。

フランスは最後の一投で日本のストーンを押し出すミスショット。これが日本の勝利を決めた。

試合後メダルを首に掛け、称賛される母の姿をみた花凛は目を輝かせ(私もママみたいになる。)と意識を固めていた。

インタビューや諸々の事を終えた母は打ち上げには行かずまっすぐ私の所に来た。

そして、「花凛、ママの事みてた?」

「うん、かっこよかったー。」

「ねえ、私もママみたいにカーリングやる。

そして、ママみたいになる。」

「お、さすがママの血筋を引いてるね。」

「ねえ、パパやってもいいでしょー。」

「いいともさ、いつかママと一緒に出られたらいいね。」

この後も円満な会話をして……。

ママ、う・・・、夢か。

懐かしい夢をみたな。

(次はきたみりつきょう、きたみりつきょう駅でございます。)

(降りないと)、茶色いトランクを持ち電車の出入り口に立つ。

ローカルな電車を降り、切符を箱に入れ駅を出る。

すると、ぷっぷーとクラクション音が鳴る。

「花凛ちゃんこっちこっち」

「ありがとうございます。」

「何の、これから一緒に、住むのにため口で良いのよ。」

「あ、はい。」

「でも、大変だったでしょ。ここまで来るの。」

「いいえ、結構楽しめましたし。」

「えー、何々?」

「風景とか?」

「えー、ここはどこ行ってもこんな感じだよ。」

「そうですね。」

「でも良かったなー、姉さんが亡くなったときよりも元気になったじゃない。あの時の花凛ちゃんはまるで木原の姥のようで誰とも話さないし、負のオーラを放っていて誰も近付けれなかったんだからね。」

「あはははは。」


「もうすぐ家に着くけど、何か買いたい物とかある?」

「うんうん無いよ。」

「分かった。この先コンビニとか無いからね。不便なんだよね。」

「え、そうなの?」

「そうそう、あるのは簡易郵便局と神社位だよ。」

「へー、あはははは。」

(確かにここから周りは畑しか見当たらない。)

「花凛ちゃん、あそこあの黄色い屋根あそこが家だよ。」

ひ、広い家。

「大っきくてびっくりしたー?」

「はい。」

「でもこの辺じゃ普通なんだけどね。牛とかもいるし。」

(モー。)

「うぁ、初めて近間でみました。」

「荷物運んでおくよ!」

「あ、私やります。」

「これ位いいって。」

「ありがとうございます!」

「おけおけ、何だったら近く散歩してきたら?

何にもないけどね。」

「うん。」

「でも、余り遠くに行ってはダメだよー」

「はーい」

(ちょっとは元気になったみたいだよ姉さん。)

空を見上げ語る。

(こんなに気分が良いのは久々だ。)

心が弾む。

澄んだ青空、まだ少し冷たい風が吹く。

微かに残る雪。

てにさわると冷たい。

これがまた新鮮に感じる。

あの時みたいに。ドクン。

う、胸が締め付けられる。なに、これ、目の前が急に暗くなり倒れ、脳裏にあの思い出が甦る。

私は中学3年生の春、母の大会を見に行っていた。母が所属するチームは序盤からリードをして勝ちは確実かと思われた。

最終ランドに差し掛かり、母がストーンを投げる出番がやって来た。

私は観客席から応援し、こっちを見て目ばくせをしてくれた。

狙いを定めいざデリバリーをしたとたん会場がどよめいた。

私は母を見ていたが何が起こったのかが分からなかった。

横向きに倒れている母を、ただ呆然と見ているだけだった。

会場は騒然とし、すぐに救護班が駆けつけ母を、運んで行く。

私は母を、追いかけ会場を出る。

会場のすぐ横に救急車が到着し赤いランプをギラギラと光らせていた。

暫く呆然としていた時に、電話がなり、父が迎えにきた。

必死に私にママは大丈夫だからと声をかけてくれていた。病院に着き、すぐさま救急治療室前に行く。まだ処置が行われている最中であった。一時間、二時間と時間が過ぎて行く。

親戚の方々も集まり私を抱擁し、ママは大丈夫だからと声をかけている。

そして治療室の扉が空き、…………花凛ちゃん、花凛ちゃんと声がする。

マ、マ。

(あ、あれここは?夢だったのか。)

「母さん気がついたみたい。」

「よかったー、一様病院に行った方が良いわよね。」

「私が連れていくから、勝さんには母さんから連絡しておいて。」

「え、ええ」

「あれ、私、はぁ、はぁ」

「熱が有るんだったらちゃんと言いなさいよ。」

「気をつけてねー」

「はーい」

「はぁ、はぁ、ごめんなさい。」

「倒れたって聞いた時はびっくりしたんだからね。たまたま通りかかった雪音ちゃんが教えてくれたのよ。元気になったらお礼行こうね。」

「はぁ、はぁ、マ…マ」

「ん?」

病院に着き点滴を受ける。

(はぁ、はぁ、はぁ)

「だいぶ収まって来ましたね。この調子だと明日位には退院出来るでしょう。」

「ありがとうございます。」

「んー、でもこれは風邪ではなく、ストレスによる発熱だと思うんですよ。心因性発熱。」

扉が空き、急いで入ってくる父、「花凛、花凛は大丈夫かー」

「こら、こんな大声出したら他の人に迷惑になりますよ。」

「あ、すいません。」

「娘さんなら暫く安静なさっていれば大丈夫だと思いますよ。丁度よかったので娘さんのことを聞きたいのですが、過去に強い衝撃やショック体験等なさいましたか?」

「はい、実は去年妻を亡くして、、、、。」

「なるほど、これが原因かも知れませんね。恐らく娘さんはPTSDである可能性があります。」

「それは、命に関わるのですか?もし、娘まで失ったら私は、、、。」

「命には関わりはありませんがそれによって引き起こされる病が出てくるかも知れません。」

「それって直せるのですか?」

「それは人によります。数ヶ月かかる人もいれば数十年かかる人も今すがPTSDは治る病気です。」

「一般的な治療法としては対人関係療法、薬物療法が有効とされています。

もちろん中にはご自身で回復された方も居ますが珍しいでしょう。」

その後医者と話をしたあと、勝さんは病室に残り私はかえった。

次の日、(んー、ここはどこ?)

もそもそ、ん?

んんー??

手を握り私のお腹のを枕にして寝ている父がいた。

(道理で思いと思ったら。)

(スーツ、仕事帰り、そしてこの場所は病室。)

こんこん、と扉が叩かれる

「入るよー。起きてるー?」

「起きてるけど、起き上がれない。」

カーテンを開けるとそこには、ムカ、近くにあった新聞でハリセンを作り父の頭をポスと叩く。

すると、「んーにゃ、ここは~」っと寝ぼけた父の顔が面白くて思わず二人で笑う。

すると、「どうやら良くなったみたいだね。」

と言いながら医者が入ってきた。

血圧と聴診を調べ、「退院だね。」と言って去って行った。

手続きをして病院を出た私達は家に帰った。

玄関に入ると中から祖母が心配そうな顔で私の手を握り、大丈夫、大丈夫と問いかけてきた。私が「はい大丈夫だよ。」と答えても中々手をはなしてくれなかった。

後ろから呆れ顔で、「母さんこの子闇上がり何だよ。」っと叔母が、祖母に注意を促すとようやく手を放してくれた。

「花凛ちゃんの部屋は二階だよ。

こっち来て。」

「はーい」

「思ったより古くで驚いた?」

「うんうん、こんな感じが好きなんだよなー。落ち着くって言うか。」

「分かる、分かる私も同じ。」

二階に上がる。

「んーじゃ説明するね。部屋が5個あるけど、一番奥の大きな部屋は私の妹の部屋で夫婦で住んでるのよ。」

(一つの家に3世帯!!)

「そして、廊下の奥から二番目のの左右のへやは私と母さんの部屋で私は右側、で母は左側

そして、物置の横部屋は伽凛ちゃんの部屋、その向かいはお父さんの部屋という区分になっているのよ。」

「さあ、説明はこれ位にして入ってみなよ自分の部屋。」

なんだか緊張する。遠慮がちに扉を開ける。

「うぁ、私の好きな桜模様の部屋!嬉しい。」

「それだけじゃないよ、実はこの部屋は花凛のお母さんの部屋だったんだよ」

「え、ママの?」

「そう、ほらほら、ここ落書きの跡これ私と姉さんが書いて母さんに怒られたんだよな。」

暫く部屋を歩く。

この部屋は姉さんが出て行ってから何もいじって無いからそのままなんだよな。」

(微かにははの匂いがする。)安心と不安、そして今まで我慢してきた孤独感、それらが私を襲う。

すると自然と涙が溢れてくる、私はその場にしゃがみ嗚咽を出しながら泣く。

叔母はそんな私を見て抱擁し、「もう、我慢しなくて良いんだよ、泣きたいだけなきな。」

と言うと、私の涙腺は体中の水分を出し切るまで止まる素振りを見せなかった。

叔母は私が泣き止むまでずっと側に居てくれた。自身も辛いはずなのに、私の居る時は泣かないでくれた。

暫くすると祖母が訪ねてたらしい。

その時には私は泣き止み二人ともベッドに寄りかかり寝ていたという。

私がおきた時にはすっかり暗くなっていた。ベッドで横になり、布団が掛かっていた。どうやら叔母が掛けてくれたのだろう。

下から話し声が聞こえる。

美味しそうな匂いもする。

朝から何も食べていなかった私はお腹が鳴る。

部屋を出ようとすると、何に当たった感触があった。そっと開けると、小さな子供が座っていた。

(この子は叔母さんの子供。)

「あう、うぁう」

(え、何をいってるの!!)

「うぁうう、あう。」

え、えー

「ばあ」

と適当にいってみた。

すると、びぇぇぇぇと泣き出した。

(えっえー)

と困惑していると。

「お、こんな所に居たのか。」

「よしよし、よしよし」

「初めまして、私堀川花凛と言います。これから宜しくお願いします。」

お、君が花凛ちゃんか、おれは里見守これから宜しく!」

誰かが階段から上がってくる「あなたー夕飯出来たわよーって何してるのー!」

「寄りによってか、花凛ちゃんの部屋の前で。」

「あ、あのこれは」

「貴方は黙ってて、こいつは根っからのロリコン野郎だから気おつけてね。」

(あ、ははははは。)

嫁さんに引っ張られながら

「花凛ちゃんまたねー」と言いながらまた逆鱗にふれ、説教を受ける旦那であった。

そして、下に降りると長いテーブル、その上には、美味しそうな料理の数々。思わず口元が緩む。

「あら、おはよう。美味しそうでしょ。」

「うまそう。」

(あ、思わず本音がでてしまった。)

「ここに座って待ってて、後もう少しで味噌汁出来るから。」

(そういえば、誰かに作ってもらった料理食べるの久しぶりだなー。)

目の前に広がる料理、私は見た事が無いものが盛ってある中、一つだけ見覚えがある料理があった。

(ホタテグラタン、小さい頃から母が作ってくれた私の好物。)

「お、もしかしてホタテグラタン好きなの?

やっぱり姉さんの子だね。姉さんも好きだったんだよ。」

(そうだったんだ。だから……。)

「あ、そうだ二階に居る守さん達呼んで来てくれないかな?ご飯出来たから。」

「あ、うん。」

(あーでも、さっき修羅場的なの見ちゃったから行きづらいなー。)

そう思いながら二階に上がり扉をノックする。

「どうぞー」

「あ、あの夕飯出来たので……。」

(ってあれれ……し、縛られてるー!!)

「分かったわ、今行くね。」

子供を抱き抱え、夫を睨みつけ扉を閉める。

「あ、あの守さんは?」

「良いのよ、後で食べさせるから。

今はね……。」笑顔で答える裏腹にとてつもなく恐ろしい何かを感じた花凛なのであった。


「皆揃ったわね。」祖母。

「あれ、守君は?」父。

「あいつは、いいので、さあ食べましょ。」叔母妹。

「あはははは。」守と私以外全員。

(また、何か怒らせたのか)私と叔母妹以外全員。

「頂きまーす。」

食べ始める。

(こんなに賑やかで夕飯を食べるのは久々だな。)

(そして、ホタテのグラタン。いつぶりだろう。)

楽しい会話と食事の時間はあっという間に過ぎて行き、夜になる。

風呂に入り上がる。少し熱かったのでベランダに、出る。

ヒュー。

春なのにまだ冷たい夜風が吹く。

(うー、寒ーやっぱり中に入ろう。)

すると、「さ、寒いよね。」

「うあ、こんな所で何してるのですか?」

「えー、嫁さんに摘まみ出されちゃった。」

「また、何かしたのですかー?」

「いや、仲直りしたんだけどさ、食後にデザート食べたくなるじゃん。それで冷蔵庫にあったプリンを食べたらそれが嫁さんのだったんだよね。そしたらこうなったんだよね。はははは。」

(この人自業自得だー。)

「星、綺麗ですね。星になったお母さんは見ているのかな。……そんなわけ無いですよね。」

…………。

(ぐーすー、ぐーすー)

「は、早、寝るの早。」

「ちょっとここで寝ると風邪引き増すよ。」

「うーんんんん。」

体をゆさっても一向に起きる気配がなかった。

この後ちゃんと部屋に入れて貰いました。

その後も暫く外で風に辺りながら空を見ていた私は流石に寒くなり部屋に戻る。

そしてベッドに横になり……目を……とじ……

(白い布、白い空間。白く爽やかな光。

よく見ると誰かがベッドに横たわってる。

周りからすすり泣く声、そして唇を強く噛み締めている私がいる。

母は死んだ。

死ぬ前日、母と私は約束した。

「明日ママの試合見に行くから。

絶対勝ってよ。」

「わかったわ、任せて。」

「後、ママに約束したい事があるの。

そ…それは…ママと一緒にオリンピックに出る。」

ドクン、ドクン。(はぁ、はぁ、はぁ、はぁ)

ガバッ。

私は布団から飛び起きる。

(はぁ、はぁ、はぁ)

(夢、しかもまだこんな時間。)

時計の針は深夜二時を指していた。

胸の鼓動はまだ激しく動き、何故か締め付けられる気がした。

私はひとまず誰にも気づけられないように静かに階段を降りる。そして台所に行きコップを取り水道の蛇口を上に上げようとした時、何か柔らかいものに触った気がした。

私は驚き思わず電気を付けるとそこには寝ぼけた顔の父がいた。

(な、なんだ。てっきり幽霊だとおもった。)

「あれ、花凛、こんな時間まで何してるの?」

「あ、うん、ちょっとね。」

「んー、何かあったら父さんに言いなさい。」

「だ、大丈夫だから、だから。」

顔をうつむせる。

「父さんには分かるぞ、顔をうつむせている時は必ず何か悩んでいる事があることを。」

「うん、実はさっき母さんの夢を見たの。

それは、いつもの事で、でも時折すごく胸がドキドキしたり、苦しくなったり、そんなこと今まで無かったのに。急に……う、う、何で……

こんな事が起こるのか、分からなくて、怖くて……。」

「そう……か。ちょっとソファーに座りながら話そうか。」

「うん…。」

「昨日倒れた事は知っているよな。」

「うん。」

「実はお父さんと叔母さんは先生からこんな事を言われたんだ。PTSD。」

「え、」

「これを言おうか悩んでいたけど、PTSDの精神障害が原因らしいんだ。」

「わ、私がPTSD?」

「どうやら、PTSDは治せる病気なんだけと、人によって何ヵ月、数年かかる人も要るらいいんだ。」

「そう、なんだ。私、PTSDになってたんだ。」

「で、でもちゃんと治療すれば治る病気だから。ね。」

「うん、話してくれてありがと。でも、私今日は寝るね。」

「あ、ごめんな、お父さんが悪いんだ。しっかりお母さんの容態を見ていなかったから。」

「うんうん、私の方こそ、私が一…番……ちか…く…にいたのに、気がつく…事が出来なかった。」

「ごめんね、……ごめんね。……。」歯を食いしばみ、涙をこらえ、私は二階へ上がり、ベッドの枕に顔を、つけ静かに涙を流す。

泣き疲れたのか私は眠っていた。

目が覚めると、窓から朝日が差し込む。

下に降り朝食を、食べる。向かいの、席に座っている父は、何もなかったように普通に食べ、仕事に、出かけた。

その後暫く、そのような発作は起こらず日々を過ごせた。

そして

春、本州では桜が咲く頃私は高校生徒になる。

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氷上の約束 松殿 @DAIFKU

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