2 家族
ヘメタル歴1523年は、ペルセポリスには珍しく雪の降る中で明けた。だが上から下まで浮かれきったプレセンティナの人々には、それくらいの寒さでちょうど良かったのかもしれなかった。1年前もローダス島防衛戦の勝利で盛り上がっていたが、所詮は他人事であり危機感も喜びも小さかった。だが今年はペルセポリス自身の防衛戦に勝利したのだ。しかもテオドーラの婚礼が決まって、皇太子まで定まった。乾杯の名目には事欠かなかった。
「プレセンティナ万歳!」(乾杯)
「皇太子殿下に!」(乾杯)
「いや、やっぱり凄いのはイゾルテ様でしょ!」(乾杯)
「俺達の作った暁の姉妹号の威力に!」(乾杯)
「どっちにしろ、ざまーみろドルク!」(乾杯)
「ちくしょー、コルネリオ! テオドーラ様を泣かせたら絶対許さないからな!」(乾杯)
街中が浮かれる中で、皇宮では諸外国からの使者も受け入れて数々の祝賀会が行われることになっていた。加えて1月10日にはスキピア大公の立太子礼も行われることになっていた。
療養中だったルキウスも、元日の祝賀パーティには出席していた。だが簡単な挨拶をしてコルネリオを紹介した後は、自分は端の席に座ったままごく小数の挨拶だけを受けていた。彼の前の列は侍従達が捌いており、なるだけコルネリオとテオドーラの方へと誘導したのだ。挨拶する方にしても、体調を崩している皇帝に無理をさせて不興を買うより、次代の皇帝にして時の人であるコルネリオに挨拶した方が何かと得であった。
イゾルテもさすがに今年は仮病を使っていなかった。もともと自分を擁立しようという動きが起こらないように身を隠していたのだ。すでにコルネリオを皇太子に祀り上げたので、もはやイゾルテを擁立しようとする動きは存在し得なかった。……のだが、元老院総会ですら手玉に取った彼女が重要人物であることは衆目の一致する所で、新年の挨拶にかこつけて彼女の知遇を得ようとする者は返って増えていた。ルキウスを倣って端っこに隠れていたイゾルテだったが、いつの間にか彼女の前には挨拶の順番を待つ者達が列をなしていたのである。
だがルキウスと違って彼女には侍従がいなかった。アントニオは連れてきていたのだが、彼は皇宮のパーティーに出るのも初めてでカチコチになっており、その上同じ年頃の令嬢方に逆ナンされて囲まれていた。せめてムルクスが使い物になれば良かったのだが、彼の顔は彼女が盛大に潰してしまったので、彼はイゾルテ擁立に協力してくれた人物に頭を下げて回っていた。そしてイゾルテの前に(列を無視して)連れてきて、相変わらずムルクスが彼女の腹心であることと、彼女が彼女を擁立しようとした人達に何ら含むところがないことをアピールしていた。それはイゾルテが命じたことではあったのだが、つまりは余計な仕事を増やしているだけで、彼には行列を捌く余裕など全くなかったのだ。そしてさらにまずいことに、できるだけコルネリオを目立たせたい彼女は、頼りがいのある(?)軍服姿ではなくトーガ姿で華奢な淑女を演じていた。つまり肩丸出しのまま寒風が吹き込むテラス脇で、延々と挨拶を受け続けることになったのだ。酔っ払う訳にも行かないのでお酒を飲んで温まることも出来ず、かといって行列が出来ている以上暖かい場所に移動することもままならず、祝賀会が終わる頃には彼女は本当に風邪をひいてしまっていた。
その後彼女は後宮に部屋を借りて寝こむことになった。離宮でも外廷(皇宮の政治を行うエリア)でも内廷(本来皇帝が住んでるはずのエリア。でもルキウスはずっと後宮で生活している)でもなく後宮にしたのは、お見舞いと言う名目での来客を防ぐためである。ここなら男はもとより、よほど親しい人物でなければ女も入ることは出来ない。パーティーの席上でくしゃみを連発してきたので、イゾルテが風邪をひいたことは広く伝わっているはずだから、皇太子との不仲を噂されることもないだろう。彼女は安心してパーティーをサボって安静にしていられる……はずだった。
「イゾルテ、大丈夫なの!?」
「殿下、御加減はいかがですか?」
鉄壁の警備を誇る後宮も、テオドーラとコルネリオは顔パスで通行自由である。イゾルテが用意された寝間着に着替えようとしていたところに、突然二人が飛び込んできた。
「寒いのにトーガを着ていて体を冷やされたと聞きました。軍服を着れば良いではないですか。殿下は軍服姿が一番お似合いです」
「まぁ、コルネリオ! 何を言っているの? イゾルテにはトーガが一番よ! あの白い肩が最高に魅力的なのに!」
彼女の知らないうちに、二人は異常に仲良くなっていた。イゾルテの勝手な事情で勝手に決めた完全な政略結婚だったのだから、二人が仲良くなったのはテオドーラの幸せを願う彼女にはとても喜ばしいことだった。でも、その仲の良くなり方が彼女には微妙に引っかかっていた。
「ドーラ、確かにトーガ姿の殿下が華奢で可愛らしいことは認める。だが、イゾルテ殿下には凛々しい軍服姿こそが一番だ」
「あぁ、あなたはイゾルテの肌に触れたことがないから分からないのね。この白い肩は本当に滑らかなのよ。ああ、ほんと、ずっと触っていたいわ……」
そういってテオドーラはイゾルテの肩を撫で回した。彼女はどこか自慢気ですらあった。
「…………(ごくり)」
コルネリオは、顔を赤らめながらもイゾルテの肩から目を離さなかった。顔が赤いのも、ちょと目つきが怪しいのも、酒のせいだ。イゾルテはそう思いたかった。なんだか今の状況は、以前と変わらないほど危険に思えた。
だがそこに更なる闖入者が現れた。
「殿下、若い女性が体を冷やしてはいけませんわ。ホットワインを作ってきたので飲んで下さい。スキピア家に伝わる(怪しげな)生薬も入ってますから、とっても体が温まりますよ。ああ、でも火照りすぎて独り身にはちょっときついかもしれませんわ、どうしましょう。ああ、テオドーラ様はいかがですか? 大丈夫です、苦しくなったらコルネリオに介抱させますから、安心して火照らせて下さい。さあさあ、どうぞ、ぐいっと!」
叔母のリーヴィアもルキウスの看病で後宮に入り浸っていたので、いつの間にか顔パスになっていた。しかも今や皇太子の姉でもある。言ってることはテオドーラ達以上に怪しかったが、矛先は完全に二人に向いていた。とっさにイゾルテも彼女の話に乗っかることにした。
「叔母上、私は寝ていれば大丈夫です。でも姉上は祝賀会をサボる訳にはいきませんから、姉上に飲んでもらって下さい。姉上こそ体を冷やしてはいけませんからね!」
だがリーヴィアはイゾルテの言葉を深読みしてしまった。
「えっ、ひょっとして、もう!?」
リーヴィアがテオドーラのお腹を見ると、テオドーラは思わず自分のお腹を押さえ、コルネリオが慌てて割って入った。
「そそそ、そんな訳無いじゃないですカ。姉上、ドーラに失礼ですヨ」
「そ、そうよね、一度や二度でそうそう出来たりしないわよね」
なぜかリーヴィアまで自分のお腹を押さえながらそう言うと、コルネリオとテオドーラはあらぬ方向へと視線を逸らした。
「……出来たの?」
「出来てません! ……たぶん。十回や二十回でそうそう出来ませんよ!」
コルネリオのセリフではなぜか桁が増えていた。ちなみに、婚約してからまだ20日も経っていなかった。
「大丈夫よね、そうそう出来るものじゃないから。……そう、きっと大丈夫よ!」
なぜか方向がズレてきた叔母の発言を、イゾルテが修正した。
「いやいや、叔母上。子供が出来たのなら万々歳ではないですか」
「え? でも結婚していないのよ?」
「おや、恋愛結婚した叔母上にしては妙に堅苦しいですね? もう婚約しているのですから、別に良いではないですか。生まれる前にさっさと結婚すれば良いだけです」
「婚約……? あ、ああ、そうネ。婚約しているコルネリオ達に子供が出来ても、何の問題も無いわネ。うっかりしていましたワ。おほほほほホ」
挙動不審なリーヴィアの姿に、イゾルテは一抹の不安を感じていた。それはこれまで全く考えもつかなかった、一つの可能性に繋がっていた。
3人が帰った後、寝間着の上にガウンを纏って密かに皇帝の寝室に向かった。20mほど廊下を歩くだけだから、幸い誰にも見つからなかった。彼女がしようとしていた事は、密議に類するものであった。
ルキウスはイゾルテがすぐそばの部屋で寝込んでいることは聞いていたが、もう寝ているかも知れないと思って見舞いに行くのは見合わせていた。娘とはいえ夜中に年頃の女の子の寝室に行くのはいろいろ問題があるかも知れない。それに二人だけは、血がつながらない可能性があることを知っているのだ。だから突然寝間着姿で偲んできた彼女にルキウスは驚いた。そして自分の言葉を思い出した。
『お前がそう望んでくれる限り、お前は私の娘だよ』
――あれ、イゾルテが望まなければ娘じゃないのか? 娘じゃないなら、違う形で繋がりたいとか望んじゃったのかっ!?
政略結婚問題でも良くわからない暴走をしただけに、今回も彼女は暴走している可能性があった。あの暴走も今となってはそれなりに故あることとは分かっているのだが、イゾルテにはテオドーラとの関係もある。イゾルテは好色でこそないものの、どうも性的なタブーに囚われないタチのようだ。ますます神の血を疑いたくなるところである。
だが、ルキウスの想像(妄想)は外れた。イゾルテは突然頭を下げたのだ。
「父上、私としたことが、とんでもない粗漏がありました」
「なんのことだ?」
「子爵……じゃなくて義兄上のことです」
「何だ?
色っぽいことを考えていたので、ルキウスはついそちらの方向に考えが向いてしまった。だが、それはあながちハズレではなかった。
「いえ、男です」
「男ぉ!?」
意表を突く言葉に、ルキウスは思わず目を剥いた。
――女っ気のなさをリーヴィアが散々愚痴っていたが、あれは女に興味が無いのではなく、男にしか興味が無いってことだったのか!?
だが、彼を真に動揺させたのは次の言葉だった。
「叔母上に男の気配があるのです」
「ゴホッ、ゴホゴホッ!」
「大丈夫ですかっ!?」
「ああ、大丈夫、ちょっと驚いただけだ。あー、ほら、あれだ。心配事が片付いて、心にゆとりが出来たのだろう。恋の1つや2つ良いではないか」
彼はリーヴィアを庇ったが、イゾルテは追求を緩めなかった。
「ですが叔母上はまだ三十二歳、充分に子供を産める年です。義兄上が即位すれば生まれてくる子は甥にあたります。パレオロゴスの血を引かぬ後継者となる可能性があります」
彼は複雑な心中を隠しつつも、彼女の言葉に同意した。
「……そうかもな」
「何か対策を練らねばなりませんが、叔母上に手を出す訳にはいきません。相手を調べて、どこぞ遠国の大使にでも任じましょう」
殺すと言わないだけマシだったが、それは随分と容赦のない意見だった。彼はイゾルテを
「リーヴィアはもう10年もやもめ暮らしをしておるのだ。心配だった弟が片付いて、心にゆとりが出来たのだろう。やもめ同士気が合う者が身近にいれば、心の揺れることもある。温かく見守ってやってはどうだ?」
ルキウスの優しい言葉にもイゾルテは矛先を緩めなかった。というか一層鋭さを増した。その代わりに矛先を変えた。
「なるほど、やもめ同士ですか。そういえば叔母上の近くに、長年やもめ暮らしをしている男がいますね」
「へぇ、そうか」
「しかも、最近心配事だった娘が片付きました」
「……すごい偶然だな」
「しかも病床にあって、叔母上が甲斐甲斐しく世話をしているのです」
「…………」
イゾルテは呆れたようにため息をついた。
「いつからかは知りませんが、きっちり始末は付けて下さい。いっそ結婚しちゃったらどうです? 父上の子なら別に問題ないんですし」
「いや、まだそこまでは……」
「『大丈夫よ、そうそう出来るものじゃないから。そう、きっと大丈夫!』と叔母上はお腹を押さえながら仰っていました。何のことでしょうね?」
「…………」
「余所の男に取られる前にさっさと結婚して下さい。良いこと尽くめじゃないですか。スキャンダルにならなくて済むし、パレオロゴスの血も安泰ですし、ミランダが私の義妹になりますし」
「しかし、イザベラとゲルトルートに浮気はしないと誓ったのだ」
「現にしてるじゃないですか! それにイザベラ様に誓っておきながら、お母様とも結婚したじゃないですか!」
「違うぞ! あれはイザベラの方が先に浮……」
「うわ?」
「……浮ついておったのだよ。ゲルトルートなら大賛成だと」
「そうですか、では娘である私と姉上の許しがあれば宜しいですか?」
「……そうだな」
「じゃあ、姉上の許しは私が得ておきます。父上は叔母上の同意を取り付けておいてください」
「……分かった」
翌日、イゾルテがパーティーをサボって離宮から持って来させた本を読んでいると、再びテオドーラとコルネリオがお見舞いに訪れた。イゾルテはメイドとアントニオを下がらせると、二人に切り出した。
「姉上、義兄上、折り入ってお話があります。実は、お二人とは別に婚礼の話があるのです。それで父上に、姉上のお許しを頂いて来いと言われまして」
彼女の言葉を聞くなり二人は凍りついた。だがテオドーラはすぐに立ち直ると、イゾルテに詰め寄った。
「そんな! 私はちゃんとコルネリオと結婚するし、子供だってきっとすぐに出来るわ。あなたが結婚する必要は無いはずよ!」
テオドーラの見当違いな言葉に首をひねりながらも、イゾルテは一応答えた。
「ええ、ありませんよ?」
「じゃあ、どうしてそんなことを言うの!?」
あまり外聞の良いことでもないので、イゾルテは声をひそめた。
「それが、もうすでに男女の関係になっちゃってるんです」
それを聞いたテオドーラの怒りは怒髪天をついた。美人が怒ると迫力があるものだが、そのあまりの迫力にイゾルテには彼女の髪がメドーサ(髪が蛇の化け物)のようにうねうねと逆立っているのではないかとさえ思えた。
「……許せない。絶対許さないわ! 相手は誰なの!?」
イゾルテはテオドーラの怒りに戸惑いつつも、正直に答えた。
「相手は、その……叔母上です」
だがそれは、火に油を注ぐ結果となった。
「そんな……ずるいわ! 女同士で結婚できるのなら、私だってあなたを諦めたりしなかったのに!!」
よりによってこれから夫となるコルネリオの前でいきなりカミングアウトしたテオドーラに、イゾルテは頬を引き攣らせた。だが彼はテオドーラの言葉に全く動揺しないまま、やたらと親しげな様子で彼女の肩を抱いた。
「ドーラ、落ち着きなさい。男女の関係と仰っただろう? どうやらイゾルテ殿下の事ではないようだぞ」
実は彼らはイゾルテへの想いをぶっちゃけ合うことで仲良くなっていたのだ。彼はテオドーラの気持ちを知っていたし、彼女も彼の気持ちを聞かされていた。共通の秘密を持つ二人の歪んだ同志関係こそが、二人の親密さの基礎となっているのだ。そしてそれは彼が全権を握った後で、二人の望みを同時に叶える共通の野望へと繋がっていた。その野望とはルキウスが心配している通り、イゾルテもコルネリオの妻にしちゃって3人で夫婦になることだった。
もっともルキウスの血を引いていないかもしれないと恐れるイゾルテは、コルネリオとだけは結婚できないのだが。彼女がコルネリオの子を産んだ場合、パレオロゴス家の血を引かない後継者となってしまうかもしれないのだ。それでは何のために帝位を蹴って、継承権まで放棄したのか分からない。帝位はテオドーラの子か、最低でもリーヴィアの子に継いでもらわなければならないのだ。だがそれはイゾルテとルキウス(とムルクス)しか知らないことなので、二人には全く想像の及ばない事である。二人が愕然としたのも、テオドーラが激昂したのも、イゾルテが他の誰かと結婚してその望みが断たれると思ったからだった。だが、イゾルテの言葉を思い返してみれば、確かに彼女の婚姻のことだとは一言も言っていなかった。
「……そうなの?」
テオドーラはようやく落ち着いてくれた。
「父上とリーヴィア叔母様の話です。なにやら看病している間にそんな関係になってしまったようなんです。この際結婚してはどうかと父上にお話したのですが、『イザベラとゲルトルートに浮気はしないと誓った』と言うので、娘である私達が許可したら結婚するということになりました」
テオドーラは即座に答えた。
「父上のことならどうでもいいわ」
その言葉はあまりにも酷かった。イゾルテが結婚するわけではないと知って、安心して虚脱状態にあるのだろう。本当にルキウスなんかどうでも良いと思っている訳ではない。と、イゾルテは思うことにし、ルキウスには快諾したと伝えることにした。
一方コルネリオは死んだグナエウスに対して、あるいは妻であるリーヴィア以上に想いを残していたのかも知れなかった。だがドルク軍へ逆撃を加えて追い返したことで、彼への想いを整理することができていた。
「私も、姉上が良いのなら異存はありません。きっとミランダも喜びます」
すんなりと許しを得られて、イゾルテは我が事のように喜んだ。
「じゃあ、話を進めますね。ミランダには私から話します。ああ、これでミランダに『お姉さま』と呼んでもらえますね!」
実はイゾルテは、それが楽しみで楽しみで仕方がなかったのだ。だがその喜びにテオドーラが水を差した。
「あら? もともと『ルテ姉様』って呼んでなかったかしら?」
「あ……」
イゾルテは衝撃の事実に愕然とした。そしてテオドーラの前では言ってはならないことを口走ってしまった。
「それでも……
テオドーラは嬉々としてイゾルテを抱きしめた。
「そうよね! やっぱり
そして今やイゾルテは、テオドーラだけの
「わ、私にとっても、い、
そう言ったコルネリオだったが、彼が行動に移す前にイゾルテが言葉を挟んだ。
「そうか、義兄上にとってもミランダは義妹になるのですね。姪で義妹か、ややこしいなぁ」
出鼻を挫かれたコルネリオは、その場で指をワキワキさせるだけにとどまった。
「……ややこしいですね」
だがイゾルテはさらに追い打ちをかけた。
「というか、叔母上が姉で叔母で母になるのか。ややこしい上に、一生頭が上がらないですね。きっと叔母上のことだから、姉上との夫婦生活にもいろいろと口を挟んでくるでしょう。昨日も私の風邪にかこつけて、怪しげな薬を飲ませようとしてましたしね」
「……そうですね」
とても楽しそうな未来図がありありと浮かび、彼はがっくりと項垂れた。
「でも、殿下にとっても母親になるのですよ」
イゾルテには幼いころに死んでしまったゲルトルートとイザベラの記憶はなかった。だから母親というのは彼女にとってどこか遠い存在であった。
「母上か……甘えてみてもいいのかな?」
「叔母様のことはしばらく父上に独占させてあげましょう。その代わり私に甘えれば良いじゃない」
「でも、姉上も婚約したばかりですよ?」
「良いの! 妹は特別だから!」
テオドーラはいっそう強くイゾルテを抱きしめた。
「姉上……」
ちょっとしんみりしてしまっていたイゾルテも、テオドーラの背に腕を回した。一人取り残されたコルネリオは、遠慮がちに口を挟んだ。
「父の代わりに、あ、
「父上には充分甘えているから大丈夫です」
「そうですか……」
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