紫煙の行方

煙道 紫

Peace(10)

「ふぅー」


とある喫茶店のテーブル席で1人の女がため息と共に煙を吐き出した。右手には珈琲、左手には両切りのタバコ。


長く艶のある黒髪と薄く健康的に焼けた肌。


水色に近いジーパンにややシワのある白いYシャツと服装に気を遣っていない様だが軟派な男なら直ぐに声をかけそうな美しい見た目。


だが、ややキツ目な目付きとその気怠げな風貌と相待あいまってチラチラと声をかけるタイミングを伺うに留めている。


女は再度口から煙を吐き出す。


「はあー」


タバコは強目に吸われたのかそのモクモクとした濃厚な煙が天井に向かってゆっくりと上って行く。女は溜息と共に吐かれた煙をボーッとしながら見つめて居た。


ーーチリンチリン。


不意に喫茶店のドアが開く。可愛らしい店員が入って来た男の方へ向かって行った。


「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」


「いえ、待たせている人が居ますので」


男がそう言って店内を見回すと目的の人を見つけたのであろう。直ぐにテーブル席に一人で座る女の元へ歩いて行った。


「待たせてゴメン」


男が穏やかな声で謝りながら女に対面する席に腰掛けた。


「なに、そんなに待っていないよ。それに今は約束の30分前だしね」


対する女は気にしてはいない様である。


「それでもさ」


男はメニューを手に取り、店員にブレンドを頼みながコロコロと笑う。


「今日は何を吸ってたの?」


「ん、ショートピースだよ」


女は紺色の箱をポケットから取り出した。


箱は掌に隠れる程の大きさで中央にオリーブを咥えた黄金の鳩のマーク。普及率の高い一般的なタバコの箱と比べると、1回り2回り程小さかった。


「随分小さい箱だね」


「このタイプはタバコが10本しか入っていない。その分値段も半分だけどね」


女は中のタバコを1本取り出し、テーブルの上に転がした。タバコはコロコロと転がり、ショートピースの箱にぶつかって止まった。


「それに、長さも短い」


「両切りだからね、フィルターが無いんだよ。その分短い」


男が箱を手に取り眺めていると店員が珈琲を持って来た。


男は礼を言うと珈琲を啜る。


「うわ、あちっ。」


出された珈琲が熱過ぎたのか珈琲にフーフーと息を吹きかけながら男はまた珈琲を啜る。女はそれを見て苦笑した。


「くくく、相変わらずだね」


「そう言うなよ。それ、ショートピースだっけ。吸ってる所初めて見たけど、味はどうなの?」


「一言で言うと芸術的、かな。バージニアブレンドのタバコ本来の味に微量のヴァニラ着香が甘く仄かに香る。これは口腔喫煙が良いね。強く吸うとただ辛い煙になる。屋内でゆっくりと吸うタバコだ」


「ただ、随分と重い見たいだよ。名前と違って身体の平和には程遠そうだ」


男がタバコの箱の側面をトントンと叩く。そこにはタール28mg、ニコチン2,8mgと書かれていた。


「だからこその口腔喫煙だよ。肺に入れるよりニコチン吸収量が穏やかで少ない。ピースは第二次世界大戦後に発売されている平和を願ったタバコなんだ」


さて、と言いながら女は席を立つ。


「時間だ。お互い平和でいるために約束通り遊びに行こうじゃないか」


上手いことを言ったつもりで居るのか女は満面のドヤ顔である。


男はクツクツと笑うと右手に持った珈琲カップを掲げ水面を揺らす。


「少し、そうだね、珈琲を飲む時間をくれないかな。お互い平和でいるためにさ。」


女は頬を膨らませて赤面した。


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紫煙の行方 煙道 紫 @endouyukari

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