20:激突

 認識の阻害。

 自分の部屋で再び目覚めたユウの頭に最初に浮かんだのがそれだ。


(俺は自分が致命傷を食らうまでモンドの存在に気がつけなかった。……それも毎回だ。)


 毎回、どういうわけかモンドに気が付かずに一撃貰って終わっている。

 布一枚だろうが、鎧を着ていようが、問答無用で致命傷を貰っている。


(最低でも二つ。魔法か何かの効果が働いているのはもう間違いない。)


 ユウは考えながら時間を確認した。

 復帰した時間はこれまでと同じ、二十時過ぎだ。


 様々な可能性がユウの頭の中を駆け巡る。


(一つ目はモンドの存在を認識できないようにする魔法だ。窓が開いたことすらわからなかった。俺と違ってラプラスは気が付いていたから、対象は複数取れないのかもしれない。だとしたら今回もあいつは必須か。)


 ユウは考えを纏めながら服に着替え始めた。

 もちろん再びリアの所へ行くためだ。


(二つ目は防具を貫く魔法。もしかするとこっちは武器の効果かもしれない。だとしたら食らった時点でアウトか。何とかして最初の一発目を回避しないと。)


 ユウは鎧を着終えると、そのままリアの部屋に向かった。

 歩きながらもモンド対策を考えていく。


(待てよ? そういえばラプラスだけだとモンドに勝てないぞ?)


 前回、ユウが死ぬ直後にラプラスはモンドに斬られている。

 その結果までは確認できなかったが、おそらくは致命傷だろう。


(ラプラス以外にも戦力は必須か……。候補はあのワルダ-っていうおっさん?)


 そう、戦力はラプラス以外にも必要だ。

 純粋にモンドに対抗できる戦力を確保しないと今日の夜は突破できない。


 ユウはリアの部屋のドアをノックしてから、返事を待たずにドアノブを回した。

 鍵はかかっていなかったのでそのままドアを開けたのだ。


「入るよ?」


「……なんだ、ユウか。誰かと思ったぞ?」


「少し話があるんだ、いい?」


 そう言うとユウは迷うことなくソファに腰掛けた。

 リアは少し戸惑いながらユウの向かい側に座る。


「最初に聞いておきたいんだけど、離れた場所にいる人間を追跡する魔法っていうのは存在するのか?」


「なんだ藪から棒に。その類の魔法はもちろん存在するが、事前にマーキングが必須だな。……まさか、ここに来る前に何かされたのか?」


「わからない。俺は魔法がわからないから判断できないんだ。だから確認する方法があるなら早い方がいいと思って来た。」


 もちろん実際は何もされてはいないのだが、前回のループで勇者の余韻があることは既にわかっている。


(あいつもきっと俺の勇者の余韻を辿ってここまで来たんだ。)


 リアは組んだ足を組み替えると、彼女の綺麗な黒髪が揺れた。


 髪の輝きが仄かにしっとりとしている気がする。

 風呂上がりだろうか?


「それならば魔法鑑定をしよう」


 そう言ってリアがテーブルの上のボタンを押したのを、ユウは黙って見ていた。


(……そうだ。)


 ユウはまた一つ思いついた。


「リア、これって持ち運びできるの?」


「ん? ああ、呼出機か? もちろんできるぞ。魔法が届く範囲内ならどこでも使える。これは執事室に受信側があるから、この屋敷の中ならどこでも大丈夫だ」


「予備はないか? あったらしばらく貸して欲しいんだ。」


 リアはユウの意図を図りかねて眉を寄せた。


「おそらくあるとは思うが……、何に使うつもりだ?」


 その時、ノックがしてラプラスが入って来た。


「お呼びでしょうか?」


 ラプラスはユウがいることに若干驚いたが、それを表情には出さなかった。


「ユウの魔法鑑定をする。すぐにワルダーを呼んでくれ」


「かしこまりました」


 内心でユウがなぜここにいるのかを考えながらも、それを表に出すことなく部屋を出ていくラプラス。

 話を戻そうとリアは再びユウに視線を戻した。


「それで、何に使うんだ?」


「防犯対策さ。あいつらに襲われたときにすぐに人を呼べるようにしておきたいんだ。」


「あいつら?」


「女神教。」


「女神教? ……どういうことだ?」


 女神教の単語を聞いたリアの顔が途端に険しくなった。

 やはり彼女も彼らに対してはいい印象は持っていないようだ。


「理由はわからないけど、俺はあいつらに命を狙われてる。だから俺を追跡できるなら間違いなくここにも来るはずなんだ。」


「ふむ……、そういうことか」


 かなり強引だったが、目の前の少女を納得させるにはこれで十分だった。

 貴族の娘とはいえ、彼女自身の未熟さに助けられたところが大きいか。


 あるいは女神教というのがそれで納得してしまうような組織だということなのかもしれない。

 それはむしろ先行きに対する懸念を増大させる材料だった。


 しばらくするとラプラスがワルダーを連れて入ってきた。

 どうやらリアとユウを二人きりにしておきたくなかったラプラスが急いだようだ。


 ちなみにノックは四回である。

 ラプラスはそうしているのなら、今後は真似しておけば大丈夫だろう。


「お嬢様、私に何か御用でしょうか?」


「ユウを雇うことになった。すぐに魔法鑑定をしたい。特に追跡用の魔法が掛けられていないかどうかを確認してくれ」


 リアが親指でユウを指し示した。


 やることは前回と同じだ。


 ユウは立った状態でワルダーに魔法鑑定を実施してもらった。

 その横ではユウとリアが男女の意味で親しくなったわけではないとわかってワプラスが安堵していた。


「特に魔法は付加されておりませんな。ただ、勇者の余韻が残っておりますのでこれで追跡は可能です」


「そうか……。ユウをすぐにここまで連れてきたのは迂闊だったな」


リアは苦い表情を浮かべた。


「リア。」


「ああ、わかっている。警護の中から一人張り付かせよう。……ラプラス、今日はお前も夜の見張りだったな? 今夜はお前がユウについてくれ」


「かしこまりました」


「それから呼出機をユウに一つ渡しておいてくれ」


「呼出機を……、ですか?」


 ラプラスはそこまでする必要があるのかと首を傾げた。


「ああ、非常時用にな」


 リアにそう言われてしまっては彼はそうするしかなった。

 主従の意味でも、それ以外の意味でもだ。



 ユウの部屋。


 ユウとラプラスは再び暗い部屋の隅に窓からの月明かりを挟んで座っていた。

 前回との違いはユウがいつもの皮鎧を着ていることと、手元に呼出機があることだ。


 どうせ攻撃を防げないのなら、重い鎧を着ていても意味がない。

 それどころか鎧そのものを外しておこうかと迷ったぐらいである。


(今度はラプラスが動いたらすぐに押そう。)


 右手に剣、左手に呼出機、床に鞘を置いた状態でユウはモンドが来るのを待っていた。


「なあラプラス?」


「なんだ?」


「……いや、なんでもない。」


「なんだよそれ」


 前回のようにラプラスがリアを好きなことに関して話そうと思ったユウだったが、途中で思いとどまった。

 ラプラスとした約束はもう存在しないからだ。


 前回の夜を一緒に過ごした記憶を持っているのは自分だけ。

 ユウにはそれが少し寂しかった。


(……。)


(……)


 会話もなく、時間が過ぎていくのをただじっと待つ二人。

 時間の感覚が薄れていくような感覚に身を任せると、遠くでフクロウの鳴く声が聞こえた。


 窓の外の木には金色の蝶が止まり、事態の進展を見守っている。


 ……そして再びその時は来た。

 

 ラプラスが視線を窓に向け、息を殺して剣を抜いたのだ。

 それに気が付いたユウも呼出機のボタンに親指を掛けた。


(来た! ラプラスが仕掛けたら押す!)


 ラプラスは壁の陰に隠れてタイミングを見計らっている。


(まさか本当に来るなんてな……。外の警備の奴らは何やってるんだ!)


 ラプラスは内心で毒づいた。

 ユウがループする前の記憶は引き継がれていないから、彼の視点ではこれが初めての襲撃だ。


 これから戦うのは自分が既に一度敗北している相手だということを、もちろん彼は知らない。


 そして内側にある窓の錠が外された。

 それを認識できているのはラプラスだけだ。


(手も触れずに……?! 魔法使いか!)


 ラプラスも多少は魔法の心得があるものの、リアとの接点を少しでも増やしたいという下心から独学で少しかじった程度だ。

 魔法学校で学んだような本職の魔法使いや、実戦レベルの魔法を使える魔法戦士とは比べるまでもない。


 思ったよりも遥かに厄介な相手が来たことを彼はこの段階で理解した。


(距離を取れば不利だな。不意打ちで仕留めるしかないか……)


 窓が静かに開く。

 ラプラスは息を殺して敵が部屋に入るのを待っていた。


 できればユウが敵の気を引いてくれると助かるのだが、今からではそれを伝えることもできない。

 声はもちろん、風や影だって迂闊に動かすわけにはいかないのだ。


 そしてついに、部屋の中の静けさを確認した敵が窓を超えて静かに部屋に飛び込んできた。

 その動きは間違いなく素人ではなく、濃厚な訓練を受けた者のそれだ。

 

(今だ!)


 ラプラスは相手が着地する瞬間に合わせて上段斬りで力一杯切りかかった。


 狙いは敵の首筋……。

 一撃で首を落としにかかる。


 敵が剣を持っているのは左手だから、相手の右側から斬りかかれば圧倒的に有利だ。


(やれる!)


 ラプラスは一瞬での決着を確信した。

 だが剣が敵の首筋に当たると思った瞬間、敵の目がラプラスの方向を向いた。


「――?!」


 激しく響いた金属音。


 モンドは左手に持った剣で易々とラプラスの攻撃を受け止めると、ニヤリと怪しい笑みを彼に向けた。

 ……互いに隠密行動の必要性が減衰した瞬間だった。


「くそっ!」


 ラプラスは侵入者への猛攻を開始した。


 ここで殺らなければ自分が殺られる。

 それだけは間違いないという確信があった。


 だが自分の呼吸よりも優先して繰り出した攻撃はモンドの剣でことごとく防がれてしまった。


 体格差がかなりある上に、防御技術も高い。

 戦力の違いは明らかだ。


 その時、ラプラスは視界の隅でユウが呼出機を押し込むのを見た。

 ピッ、と動作音がしたのを確認すると呼出機を投げ捨てて床に置いておいた鞘を手に取ろうとしている。


 ラプラスはユウがそのままに援護に入ってくれるものと期待したが、

 彼の予想を裏切ってユウはそのまま部屋のドアに向かって走り出した。


(おいおい! 自分だけ逃げる気かよ?!)


 だがラプラスの予想に反し、ドアを勢いよく開けて廊下に出たユウはその場で立ち止まった。


「敵だ! ラプラスが戦ってる! 早く来てくれ!」


 その声に呼び出されるようにしてちょうど近くを巡回していた兵達がユウの部屋に向けて叫びながら走ってきた。

 それはユウ自身が戦力として通用しそうにない現状では最善手と言って良かった。


「どこだ!?」


「こっちだ!」


 ユウは叫びながらラプラスの方を確認した。

 まだモンドの攻撃を受けていない現状、その目には未だ彼が一人で剣を振り回しているようにしか見えていない。


 だがそれでも既にラプラスの劣勢になっていることはすぐにわかった。

 脳裏に前回のループでモンドに斬られた彼の姿が過ぎる。


 ユウは一瞬考えた。

 このまま部屋の外にいれば自分は助かるかもしれない。


 だが……。


(見捨てるわけにはいかないよな。それに……。)


 ユウは走ってくる兵達の方向を見た。

 その後ろにはピンク色の髪が揺れている。


(ステラの見てる前じゃ逃げるわけにもな!)


 鞘を盾の代わりに構えて再び部屋の中に飛び込むユウ。

 ステラの姿を見るまでは命の危険を犯してラプラスを助けに行くかどうか、ユウの気持ちは半々だった。


 そこに彼女への思いが加わって死への恐怖を完全に上回った。

 ……単純な男である。


「モンド!」


 ユウは敵の名を叫びながら突っ込んだ。

 モンドが一瞬だけユウに気を取られたところにすかさず前蹴りを叩き込むラプラス。


 だがその足に伝わったのはモンドの固い腹筋の感触だった。

 内蔵までダメージが届いていないのは明らかだ。


「ちっ!」


 その様子を見たユウはモンドの位置に見当をつけて斬りかかった。

 部屋はまだ暗く、ユウの視点では窓もカーテンも閉まったままだ。


 振り下ろされた水の剣。

 ……しかし感触はない。


 そして次の瞬間、ガラスが割れるような音と共にユウの剣が刀身の中央あたりから砕け散った。

 ――と同時にモンドがユウの視界に姿を表した。

 

 窓も一瞬で開いた状態へと変化した。

 割れて飛び散った刀身が固体の状態を保てずに水となって地面の小麦粉を濡らしている。


 そこにモンドの足跡が追加されているのを見て、ユウは彼の魔法効果が切れたことを確信した。


「よし! 見えた!」


 ユウは残り半分になった刀身で更に斬りかかろうと振りかぶった。

 しかし碌な戦闘経験もない者がいきなり活躍できるほど甘くはない。


「遅い!」


 逆にモンドの蹴りがユウの腹部に叩き込まれた。


「――!」


 腹筋を固めていなかったユウはその衝撃の殆ど全てを内蔵で受けて後ろに吹き飛ばされた。

 もっとも、鍛えていない腹筋を固めたところで結果は変わらなかったのだろうが。


 モンドの意識がユウに向いた一瞬をついて、今度はラプラスが斬りかかった。

 ちなみにこちらはユウと違って多少は鍛錬を積んでいる。


 その差は相手の警戒度の違いとなって現れた。


 モンドは右手に持った剣で攻撃を防いだが、警戒しているのか無条件にカウンターを放ってはこなかった。

 代わりに左手で腰から取り出したのは二本の小さなナイフだ。


 掴み方を見たラプラスはそれが自分を狙ったものではないと瞬時に理解した。

 つまり狙われているのは――。


「ユウ! 避けろ!」


「――!」

(……来た!)


 モンドの視線がユウへと向けられた。

 ラプラスの声でその時が来たのだとユウも悟る。


(今まではずっと心臓に直撃してきた。今度もきっと心臓狙いのはずだ!!)


 ユウは思い切り右に飛ぼうとした。

 だが腹部のダメージが残っていて思い切り踏み切れない。

 

 そこにモンドの左手から二本のナイフが勢いよく投げられた。

 

 一本はユウの剣に当たった。

 半分だけ残っていた刃のほとんど全てが音を立てて砕け散る。


 同時にナイフの方も勢いを失って宙に弾き返された。

 そしてもう一本は――。


「ぐっ!」


 ナイフはユウの腹部に突き刺さった。

 先程の蹴りによる打撃のダメージに上乗るかのように、鋭い痛みが腹部から駆け上がっていく。


 さらに地面に落ちた衝撃でナイフが腹の奥まで押し込まれた


「うっ!」


 痛みで目を極限まで見開いたユウ。

 ラプラスとモンドの戦いの音が尚も聞こえてくるが、腹部の激痛でそれどころではない。


(くそ! いてぇ!!)


 両手でナイフの刺さった箇所を抑えると、血が脈動に合わせて溢れてくるのがわかった。

 血は温かいと聞くが、どうやら本当らしい。


(今度も……、ダメなのか?)


「ユウ! 大丈夫かっ?!」


 ラプラスの声、そしてそれとは別に複数の足音がようやく到着した。

 当事者のユウには非常に長く感じたが、実際にはそれほど時間は経っていない。


「おい! ラプラスが戦ってるぞ!」


「誰か倒れてる!」


「ユウくん!」


 警備兵達がようやく到着した。

 そしてステラも。


(次は……、もっと早く呼ぼう……。)


 ステラが呼びかけているにも関わらず、ユウの意識は薄れていく。

 そこで安らかな終わり、となればよかったのだが、モンドはユウに確実にトドメを刺そうと突進してきた。


 それに気がついたステラも剣を抜く。


「させない!」


 双方の剣が真正面からぶつかり合い、甲高い金属音と共に火花を散らせた。


 体格差は明らか。

 しかしステラが押し切られると思われた初撃の衝突は、完全に互角だった。

 

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