19:七転八倒

 ユウは再び意識を取り戻した。

 今度もまた、着ているのは寝巻のローブだった。


「……どうする?」


 思わず独り言が漏れた。


 もしもモンドが本当に時間を止める能力を持っているとしたら、ユウには対抗する手段がない。

 完全にお手上げだ。


(しかもこの鎧じゃあな……。)


 皮の鎧を身に着けていたにも関わらず、モンドは鎧の上から心臓をあっさり貫いてきた。

 つまりこいつでは防御力が足りないということになる。


 ユウが単独であいつに勝てる可能性があるとすれば、それは先手必勝で致命傷を与える以外には無いというのに、この状況で先に仕掛けられるのはむしろ向こう側。

 それどころか、ユウが致命傷を受けるところから戦いがスタートしている。


 王道を行くならばモンドの一撃を凌いだ上で真正面から戦って勝たなければならない。


(厳しいな……。)


 前回の感触だとリア達の協力はあまり期待できない。


(いや、まてよ……。)


 名案、とまではいかないが一つ思いついた。


(自分の命が掛かってるんだ、ダメ元でやってみるか。)


 ユウは着替えてからリアの部屋に向かった。

 本当は今回もステラに案内してもらいたかったが、時間に余裕が欲しかったのでやめた。


 今夜を乗り越えられたらまたステラと話す口実を探そうと自分に言い聞かせて我慢しながら、ユウは階段を昇ってリアの部屋に直行した。


(……ノックって四回だっけ?)


 たしか二回がトイレの時だったはすだとユウは思い出した。

 それ以外は覚えていない。


(……覚えていても既に手遅れだけど。)


 そもそも、この世界でもその辺の作法が同じだという保証もない。

 というわけでユウはノック三回を選択した。


「どうぞ?」


 話し方が男っぽいリアの割には柔らかめの口調で返事がきた。

 まだ相手がユウだとわからないからだろうか?


 いや、きっとユウの服装を確認していないからだろう。


「入るよ。」


「なんだ、ユウか。こんな時間に誰かと思ったぞ」


 前回は別の部屋に移動して話したので、ユウがリアの部屋に入るのはこれが初めてだ。


 部屋の中央にテーブルとソファがある。

 たぶん奥にある扉の向こうが寝室か何かになっているのだろうとユウは思った。


(別の部屋を使ったってことは、前回はやっぱり警戒されてたんだな。)


 少しへこんだ。

 だがそんなことを気にしている場合ではない。


「リア。悪いけど急ぎで頼みがあるんだ。」


「どうした? こんな時間に……」


 リアがこちらの意図を計りかねて首を傾げている。

 ステラには負けるとはいえ、やはり美少女は何をやっても様になる。

 

 ソファに腰掛けるリアに促されて、ユウもテーブルの反対側に座った。


「鎧が欲しいんだ。」


「鎧? それでは駄目なのか? 見たところ質は悪くなさそうだが」


「今回はこれじゃ駄目なんだ。今夜襲ってくる奴を相手にするにはもっと防御力の高いやつがいる。」


 ユウの言葉にリアが眉をしかめた。


「襲ってくる? 誰がだ?」


「女神教。」


 ユウはリアの疑問に間髪入れずに断言した。


「……やつらが?」


 女神教の単語を聞いたリア表情は険しい。


(思った通りだ。)


 ループのことを信じて貰えないなら言わなければいい。


 最初に会ったときのダーザイン達の反応を思い出してみれば、女神教というのが”そういう連中”だとこの世界で広く認識されているのは想像に難くない。

 ループしていることを話す代わりに女神教のことを持ち出してしまえばいいだけの話だ。


 そしてどうやら、その狙いは当たったようだ。


「だが、この国の国教はあくまでも勇者教だ。本拠地のノワルア王国ならともかく、いくらなんでもここで無理はできないはずだぞ? そもそもなぜ今夜来るとわかる?」


「俺がいるからな。」


 ユウはリアの疑問に再び即答した。


(ていうか女神教以外に勇者教なんてのもあるのかよ……。)


 名前からして勇者を信仰している宗教なのは想像に難くない。

 勇者ではないユウにとってはこちらも厄介な存在かもしれなかった。


「理由はわからないけど、連中はとにかく急いで俺を殺そうとしてるんだ。たぶん今も俺を探してる。」


「……」


 リアは黙って話を聞いていた。

 言外に続きを促されていると受け取ったユウはそのまま話を続けることにした。


「ここに来た時点でもう大丈夫かと思っていたけど、考えてみたら多分その判断は間違ってると気が付いたんだ。」


「待て、話が見えない」


「最初に俺がこの世界で目覚めたのは森の入口、人が全然いない場所だった。それなのにあいつらはまっすぐ俺のいる場所に向かって来たんだ。」


 ユウはあのエルネストというイケメンのことを思い出していた。


「どうやっているのかはわからないけど、たぶん俺の居場所を追跡できるじゃないかと思うんだ。だとすると、俺は今でもあいつらに追われたままってことになる。だから……。」


「それで今夜襲ってくるというのか? 別邸とはいえ、いくらなんでもここに仕掛けて来るとは……」


「確証は無いけど、今夜以降は十分その可能性がある。だからすぐに準備をしておきたいんだ。」


 リアは難しい顔をしていた。


 もちろん今の話はユウのでっち上げが多分に含まれている。

 だがそんなことは彼女にわかりはしない。


 だからこそ判断に困っているのだ。


「ふーむ……。確かに奴らならありえない話でもないな」


 そう言いながらリアはテーブルの上にあったボタンを押した。

 どうやら押したのは呼び鈴のようなものだったらしい。


 きっと押されたことが魔法で別の場所に伝わるようになっているのだろう。


(元の世界でもファミレスとかにあったな、こういうの。)


 しばらくするとラプラスが部屋にやって来た。

 部屋にユウがいたことに少し驚いたようだ。


「いかがされました? ……まさかユウが何か失礼を?」


「いや、大丈夫だ。それよりもすぐにユウの魔法鑑定をしたい。ワルダーを呼んでくれ」


「かしこまりました」


 それだけ言ってラプラスは部屋を出て行った。

 一瞬だけユウに視線を向けたのは、『リア様に対して失礼なことはするんじゃないぞ?』という意味で間違ってないはずだ。


 しばらくしてから、ラプラスが如何にも魔法使いな格好をした渋いおっさんを連れて来た。


「急に呼び出してすまんなワルダー。ユウを今日から雇うことになったのですぐに魔法鑑定をしたい。できるか?」


「はっ! 問題ありません」


 親指でユウを指し示す黒髪の美少女の言葉に、ワルダーと呼ばれた初老の男は威勢よく答えた。


「ユウ。A級魔法使いのワルダーだ。祖父がいた頃からうちに仕えてくれている」


「よろしくお願いします。」


 ワルダーが立ったままなので、ユウも立ち上がって頭を下げた。


(A級ってことはもしかしてダーザインと同じランク?)


 ユウの推測は間違っていない。

 冒険者と同様に魔法使いにもギルドによるランク付けが行われており、Aはその最上級だ。


「身分が違うとはいえ、レッドノート家に仕える同僚だ、よろしく頼む。どれ、そのまま動かないで楽にしていてくれ」


 ワルダーは懐から取り出した杖をユウに向けた。

 鈍い音と共にユウの周りを青い光が包んでいく。


 音と光以外には特に何かされているという感じはない。

 ユウの体感で五秒ぐらい継続してから音と光は収まった。


「……終わりました」


「どうだ? 追跡用の魔法は掛けられているか?」


「いえ、特に魔法は付加されておりませんな。ただ、勇者の余韻が残っておりますので、これを使えば追跡は可能かと。……こちらの御仁は新たな勇者で?」


「勇者じゃない異世界人らしいです。余韻ってなんですか?」


 ユウはワルダーの質問に答えるついでに疑問に思ったことを訪ねてみた。

 勇者ではない異世界人というところに少し驚いたようだ。


「うむ。異世界から召喚された者は特有の波動のようなものをしばらく発し続けるのだ。これが勇者の余韻と呼ばれている。勇者の素養がある者ほど波動が強く、発する期間も長い」


「ちなみにユウはどれくらいだ?」


「非常に弱いですな。これならニ、三日ほどで消えるのではないかと」


(つまり俺には勇者としての素質がない、と。)


 ラノベ――、もとい小説でありがちな、正規の勇者じゃないけど実はメチャクチャすごい的な展開はこれで無くなった。


(密かに期待してたんだけどなぁ……。)


 ユウはリア達に気づかれないようにこっそりと肩を落とした。


「迂闊だったな……。二、三日では別の場所に移動して誤魔化すのは無理か。先に調べておくんだった」


 リアが顎に手を当てながら苦い表情を浮かべた。

 

 そりゃそうだ。

 あと数日遅ければ厄介事を屋敷に入れなくて済んだのだから。


「なんていうか……、ごめん。」


「私が早まっただけさ。こちらに来たばかりで何も知らなかったんだ、ユウのせいじゃない」


 黒髪の美少女はドサリとソファに座ってから、考え事をするように腕と脚を組んだ。

 男の視線をまるで警戒していない様子だ。


(正面だったら絶対見えてるだろ……。)


 ユウは何か口実を作ってリアの正面に座れないかと一瞬だけ考えて辞めた。


 今はそんな場合じゃない。

 少なくとも美少女のスカートの中を気にしてる場合じゃない。


「話を戻すけど、とにかくこのままだと俺の命が危ないんだ。なんでもいいから、とにかくこれよりいい鎧を貸してくれ。」


「……仕方ないな。ラプラス、武具庫から適当なものを見繕ってやってくれ。それから、確か今日はお前も夜の当番だったな?今夜はとりあえずお前がユウの護衛にまわってくれ。他の者にも私から言っておく」


「かしこまりました」


 ラプラスが慣れた仕草で礼をした。


「ワルダー、明日の昼間はお前に頼みたいが?」


「承知」


 流石は貴族。

 遥か年上のワルダーに堂々と指示を出している。


「というわけでユウ、お前の勇者の余韻が収まるまでの間は誰か一人を常に護衛につける。それ以降については少し考えさせてくれ。……それでいいか?」


「ああ十分……、いや、一つ聞いていいか?」


「なんだ?」


「時間を止める魔法ってこの世界に存在するのか?」


 ユウのその言葉にリアはワルダーと顔を見合わせた。


「そんなものは聞いたことがないが……。ユウの世界にはあるのか?」


「まあ……、伝説では。」


「……?」


 リア達の腑に落ちない顔を無視してユウはそこで話を切り上げた。


 とりあえず時間を止める魔法は一般的ではないらしい。

 不可能なはずのループをユウが経験してしまっている以上はどこまで信用していいかわからないが、それでも対抗策を考える上での手がかりにはなる。


(俺が死ぬ前に時間が動いたってことは、たぶん時間制限か何かがあるはず。最初の一発を耐えきればなんとかなりそうだな。)


 止めておける時間に制限が無いのであれば、ユウが死ぬ前に解除する理由は見当たらない。


 とにかくとして、ユウはこれで新たな鎧と護衛を一人確保することができた。


(……今度こそ生き残ってやる。)


 リアの部屋を出ながら、ユウは静かに決意を固めた。



 倉庫で金属製の分厚い胸板のついた鎧を借りた後、ユウは自分の部屋で時間を持て余していた。

 護衛には既にラプラスがついていて、二人は部屋の四隅の内、窓のある方の二か所にそれぞれ座っている。


 窓に向かって右がユウ、左がラプラスだ。

 カーテンは閉め、灯りも既に消してある。


 モンドが襲撃してくる時間はもうすぐ。

 そう意識したユウは自分の手が震えていることに気がついた。


「なあ、ユウ」


「なんだ?」


 暇を持て余したのか、ラプラスがユウに話しかけた。

 ユウと違って彼はモンドの襲撃に関しては半信半疑なので緊張感はない。


 既に剣を抜いているユウに対して、ラプラスはまだ鞘に納めた状態で自分の横においていた。


「お前、さっきお嬢様のスカートの中を覗こうとしてただろ?」


「――?!」


 ユウにとってはまさかの不意打ちだ。

 護衛だと思って安心していたら、まさかこいつも刺客だったとは。


(ラプラス、そういえばお前もイケメンだったな。)


 ……つまり敵である。

 魔王かイケメン、どちらか片方しか殺せないならば躊躇いなくイケメンを殺すぐらいの敵である。


「の、覗いてないし……。」


 ユウは視線を逸した。


「でも覗こうとしてただろ?」


「そ、それは……。」


「覗いた場合は俺がお前を殺すからな? マジで殺す」


 ラプラスの目が本気だ。


「わかったから、お前がリアを好きなのはよくわかったから」


「――な!!」


 部屋を照らしているのはカーテンの隙間から差し込む月明りだけ。

 それでもラプラスの顔が一気に赤くなったのがユウにはよくわかった。


 金色の蝶が呆れたように窓の外で羽ばたいている。


「なななな、なにを言ってるんだお前は! そっ、そんなことあるわけないだろ! 俺はあくまでも従者としていいい、言ってるんだ!」


「わかった、わかったってば」


 焦って言い訳するラプラス。

 どう見たってそんなことあるわけあるだろ。


 一瞬の沈黙が流れた。


「……誰にも言うなよ? ばれたらお嬢様の周りの仕事から外されるかもしれないんだ」


「言わないよ。」


「本当だろうな……?」


「疑うなよ……。俺は約束をちゃんと守る男だぜ?」


「なんか胡散臭いな」


「ひでぇ……。」


 それを最後に再び沈黙が訪れた。

 特に話すことも思いつかない。


(……。)


(……)


 状況が動いたのは、しばらくしてラプラスがゆっくりと剣を抜き始めてからだ。


 音を立てないように腰を浮かせて窓の方を伺っている。

 その表情は真剣以外の何物でもない。


(来たか?!)


 ユウも音を立てないようにゆっくりと立ち上がった。

 窓はまだ開いてない。


 ラプラスがいきなり剣を大きく振った。

 ――かと思うと、その剣は途中でピタリと止まってしまった。


「ちっ!」


 舌打ちをして更に剣を振るラプラス。

 剣が鳴らした風切音が部屋に響く。


 ある時は空を切り、ある時は途中でピタリと止まる。

 ……まるで剣舞だ。


「くそっ!」


「おいラプラス、何やってんだお前?」

(……抑えきれない恋心でも発散してるのか?)


 ユウはラプラスが突然踊り出した意図が分からず首を傾げた。


「見ればわかるだろ! 早くお前も戦え!」


 ラプラスが必死の形相で叫んだ。

 それでもユウには意味がわからない。


「わかるだろって言われても……。」


 わからない。


 ラプラスが剣を横にして何かを防ぐように構えた。

 が、直後に後ろに吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「ぐっ!」


 その直後、ユウも衝撃で後ろの壁に叩きつけられた。


 左胸に強烈な痛み。

 目の前にいきなり出現したのは、ユウの胸に剣を突き刺す男の影だった。


「モン……、ド?」


 にやりと笑みを浮かべる男の顔を見て、ユウはようやく全てを悟った。


 ……窓はいつの間にか開いている。

 そう、既に開いていた。


 ラプラスは窓を開けて中に入ってきたこいつと戦っていたわけだ。


 にもかかわらず。


 それにもかかわらず。


 ユウは気が付かなかった。


 窓が開いたことにも。

 ラプラスがモンドと戦っていることにも。


 ユウは自分の愚かさを呪った。


 今回に限ったことじゃない。

 今までだって全部そうだ。


 心臓に致命傷を貰うまで気が付かなかった。


(そう、心臓……、に?)


 ユウは愕然とした。

 今回は金属製の厚い胸当を身に着けているのだ。


 ……それを貫いたというのか?


 意味が分からない。

 モンドがユウの胸に突き立てている細いナイフは、とてもこの鎧で防げないようには見えなかった。


(なにかのマジックアイテムなのか?)


 どんな防具も貫く。

 このナイフにはそんな能力が付加されているのだろうか?


 ユウの視界が急激に光を失い始めた。

 ラプラスが再びモンドに斬りかかろうと走り出すのが見えた。


(また、ダメか……。)


 ユウの意識が途絶えたのは、ラプラスがカウンターで逆に斬られたところまでだった。


 天頂には、いつの間にか二つ目の月がその”白い”姿を表していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る