1:リア充とは何か(哲学)

「どうしよう……。」


 俺は途方に暮れていた。


 そりゃあそうだ。

 だって何の脈絡もなく、いきなり平野と森林の境界にいたんだから。


 咄嗟にラノベ――、もとい小説でよくある異世界転移の話が頭の中に浮かんだ。


(いや、まさかそんなわけは……。)


 ……ないだろうか?


 俺は眠らされたまま、知らない土地に放置されたのだろうか?

 実はこれはドッキリ企画とかで、どこかからカメラで俺の様子を撮影したりしてるんだろうか?


 俺は内心の焦りを抑えきれなかった。

 心臓がバクバクする。


 いや、むしろこれで冷静でいられる方がおかしいだろ?

 主人公が異世界に飛ばされて平然と活躍してるラノベ――、もとい小説とか結構あるけど、どんな鋼鉄の心臓の持ち主だよそれ。


 ……マジでやばい薬でもキメてんじゃねーの?


(無理だ。俺には無理だ。)


 全力で叫びたい衝動に駆られるも、後ろの森から猛獣が出て来る可能性に気がついて間一髪で踏み止まった。


「落ち着け、落ち着くんだ俺。」


 俺は錯乱気味の自分自身に言い聞かせた。

 とにかく、この状況を何とかしないと。


 そうだ、まずは現状の確認だ!


 ここがどこかはわからない。

 手持ちの道具は――。


「あれ?」


 俺は持ち物を確認しようとして、そこで初めて自分が知らない格好をしていることに気が付いた。

 どうやら自覚している以上に混乱しているらしい。

 

「鎧? だよな?」


 俺の疑問に答えてくれる相手はもちろんいない。

 自分の耳にだけ届いた独り言に少し恥ずかしくなりつつ体全体を確認してみることにした。


 所謂レザーアーマーってやつだろうか?

 俺が身に着けていたのはコテコテのファンタジーで名前すら貰えないようなモブさん達が来てそうな、西洋風の大変地味な革鎧だった。


 戦国時代で言えば足軽みたいな位置付けか?

 おまけに足元を見れば剣が一本転がっているじゃないか。


 まさかと思いながら恐る恐る剣を拾い上げてみた。

 派手な装飾がされているわけでもなく、かと言って実用性を追求したというほど洗練された印象も受けない。


 こちらも鎧同様に量産品といった感じだ。

 そして結構重い。


(……本物?)


 本物の剣なんて見たことがないので断言できない。

 だから試しに剣を抜いてみた。


 ……姿を見せた刀身は日光を鋭く反射して輝いている。


 無言で剣を鞘に戻した俺。

 うん、これたぶん本物だ。


「まじでファンタジーかよ……。」


 こんなものがあると言うことは、これはいよいよもってラノベ――、もとい小説風異世界転移説が濃厚になってきた。

 ということはあれか、俺はここから自分で未来を切り開かないといけない感じなのかこれは。


 だってあれだろ?

 どうせ元の世界に戻る手段なんてないパターンだろ?


 パターンっていうかむしろパティーンなんだろ?


 俺は暗澹たる気分になってきた。

 小説で読んでる分にはおもしろくていいが、実際に自分がその立場になるとなれば話は別だ。


 他人事と自分事は別。

 どうすんのコレ?


「仕方ない……。」


 どの道、ずっとここでこうしているわけにもいかない。

 なにせ、周囲には人が生活している痕跡が一切見当たらないのだから。


 本当に異世界に飛ばされたのだとすると、最低でも水と食料だけは急いで確保する必要がある。


 特に水だ。

 人間は水を飲まないと三日で死ぬってヨーチューブのサバイバル動画でやってた。


 というわけで思いついた選択肢は二つ。

 森に入って自分で調達するか、あるいは平野に出て人里を探すかだ。


 当てもなく平野を彷徨うよりは森に入ってサバイバルする方がまだ現実的……、かな?


(剣もあるしな。)


 だがそれでもかなりの危険が予想される。


 あ、そうだ。

 ここが異世界なら未知の病原菌とかもあるかもしれない。


 そういう話をラノ――、小説で読んだことがある。


(どうしよう。……ん?)


 中々決めきれずにどうしようかと迷っていると、地平線の彼方に人影らしきものが見えた。

 こちらに向かって歩いてきているみたいだ。


(数は……一、二、……三人か?)


 距離があるので像がぶれて正確な人数はわからない。


 ……が、人型なのは間違いなさそうだ。

 ファンタジーっぽくエルフみたいな人間以外の種族だったりとかするのだろうか?


 もしかしたら助けてもらえるかもしれない。

 ……うまくいけば。


 そこは俺のコミュニケーション能力、所謂コミュ力次第だ。


(やっぱりダメかも……。)


 俺は自分のコミュ力に少し不安を感じた。


 ……ごめん、嘘付いた。


 少しどころかすごい不安だ。



「遠武優です。」


「モンド=トレイカーだ」


「エルネスト=ローランだよ」


「……モニカ=ブロイル」


 俺達は互いに自己紹介をした。


 平野の向こうからまっすぐこちらに向かって歩いてきた三人は、なんと嬉しいことに人間だった。

 相当気合の入ったコスプレ――コスプレじゃない――をしてはいるが言葉もちゃんと通じる。


 さらにさらに、なんと俺はこの三人に最寄り街までの案内を取り付けることに成功した。

 やはり持つべきものはコミュ力ということか。


 コミュ力低めの俺ですらコレということは、世の中の高コミュ力の連中はいったいどれだけ上手く世間を渡っているのか。

 くっそ、やっぱり陽キャは人生得だな。


「しかしこうもあっさり見つかるとは運がいい! 女神様に感謝しないとな! はっはっは!」


「ですよねー。」


 モンドと名乗ったおっさんが上機嫌で豪快に笑いだしたので俺も適当に合わせた。

 他の二人は白地に青が入った服を着ているが、このおっさんだけはそこにさらに金色が入っていて豪華な感じだ。


 上司的存在かな?

 年齢的にもこの人がきっと一番偉いんだろう。


 話を聞いていくと、この三人はどうやら俺を探しに来たらしい。

 つまり別に俺から頼まなくても街まで案内してくれるつもりだったわけだ。


 これはあれか?

 もしかして異世界転移モノ特有のVIP待遇を期待していい流れなのか?


「正確には異世界からこの辺りに召喚された誰かを、だけどね」


 俺の心を読み取ったかのように黒い長髪の優男、エルネストが補足した。

 なんというか、こいつすごい美形のイケメンだ。


 こんな奴、初めて見た。

 年は俺と同じぐらいか少し上だと思う、たぶん。


 しかも……。


(え、もしかしてまさかして、魔法使い?)


 こいつだけ剣の代わりに杖を腰に差している。

 ついでに服装も少し違う。


 他の二人は鎧を着て前衛っぽい感じなのに対して、一人だけローブで後衛的な感じだ。


 ……こいつが魔法使いだとしたら心を読む魔法とかもあるんだろうか?

 余裕が出来たらこの世界のこともちゃんと調べないとな。


「取りあえず歩きながら話そう。でないと日が暮れちまう」


「え、今日中に街まで行けるんですか?」


 周囲は見渡す限り地平線で街など見当たらない。

 とても今日一日でどこかの街まで行けるとは思えなかった。


「アルトンなら今からでギリギリな」


(本当だろうな?)

 

 一抹どころじゃない不安。

 だがおっさんに促されて、俺も三人の後ろについて歩き始めた。

 

(……そして剣が重い。)


 持てないほどじゃないが歩くのに邪魔になる程度には重い。


「なんだ、剣は慣れてないのか? どれ、俺が持ってやろう」


 そう言っておっさんが俺の手から剣を取った。


「すみません。」


「何、気にすんな」


 おっさんは片手で軽々と俺の剣を持って再び歩き始めた。

 おっさんとエルネストが並んで歩き、それぞれの斜め後ろを俺とモニカが付いていく。


 俺がおっさんの後ろ、モニカがエルネストの後ろだ。


(……。)


 俺は横目でモニカと名乗った子をこっそり見た。

 綺麗な緑髪のセミロング、そして誰がどう見ても美少女だ。


 これが美少女でないと言う奴は脳みそか眼球のどちらかが腐っている。

 そうでなければきっと両方が腐っているに違いない。


 最初に会ったときからモニカはエルネストの斜め後ろに張り付くようにピッタリとくっついていた。


 これはあれか?

 この子はエルネストのあれなのか?


 そういうことなのか?

 美男美女でキャッキャッウフフなのか?


(爆ぜろ、このイケメンリア充め。)


 俺はエルネストに背後から殺意の波動を向けた。


 この世界には爆裂魔法があるだろうか?

 イケメンリア充を爆散させる魔法があるなら是非とも習得したいものだ。


 いや待て。


 もしかしたら俺はそのためにこの世界に来たんじゃないか?

 実はリア充撲滅魔法とか陽キャ破裂魔法とかの才能を神様に与えられていて、世界を『平和』にする使命を背負ってるんじゃないか?


 ……よし、試してみよう。


(爆ぜろリア充!)


 俺はイケメンロンゲの背中に向かって念を込めた。

 仮説が事実ならば、これでこの生まれながらの人生勝ち組を倒せるはずだ。 


「ユウ、そんなに後ろから睨まれても困るんだけど……」


 エルネストが困ったような声と同時に両手を上げて降参のポーズを取った。


 やっぱり心が読む魔法があるんだろうか?

 後ろからは表情が見えないが、この声色から推測するにエルネストは多分苦笑いしていると思う。


「……はてさて、なんのことやら。」


 俺は視線を横にそらして誤魔化すように地平線を見た。


 おのれ、勝ち組の余裕か。

 なんとなく横のモニカにも睨まれた気がするのは、たぶん気のせいじゃない。


 ……俺は少しへこんだ。


 女の子に冷たくされて喜ぶのはそういう業界の人だけだ。


 だが俺は違う。

 だからちゃんとへこんだ。


 はぁ……、俺も美少女に優しくされたい。


 ――なんて、そんな呑気なことを考えてる場合じゃないことにまだ俺は気がついていなかった。


 そう、アルトンの街で俺は自分の置かれている状況を理解したんだ。

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