第3話 神父

教会についたときに真月が思ったのは、こんなにも教会は汚れていただろうかという疑問だった。そんな真月をよそに桜賀と日向は教会に現れた時同様、乱暴に扉を開いた。中には神父や真月の両親がいたが、ジッとこちらを見つめ身動ぎ一つしない。その異様な光景に息を呑み、真月はあることに気がつく。

異様な匂いが立ち込めている。思わず足が止まり真月は鼻を抑えながら顔をしかめた。

「どないしたん?」

真月の様子がおかしい事に気が付いた日向は振り向き、声をかけてくる。

「匂いが…」

「匂い?」

くん…と日向は周囲の匂いを嗅いでみるが特に異臭などは感じない。

「なんも匂えへんで?」

真月は思わず鼻を抑えてしまうほどの匂いなのに、日向も先に中に入った桜賀も平気そうだった。

「おいてくぞ!」

桜賀は二人が付いてきていないことに気が付き急かす様に声をかけて来た。

「すぐ行く!…真月君その匂いが何かはともかく一緒に来てくれるか?」

返事をした日向は真月に教会の中に入るように促す。少し慣れて来たので耐えられないほどでもなく、真月は日向に促されるまま教会に足を踏み入れた。

「やはり、愚かな羊は戻ってきたか…」

中で三人が入ってくるのを微動打にせず待ち構えていた神父の口から発せられたのはいつもの優しい声ではなく、おどろおどろしい声だった。嘲笑をうかべ、あざ笑うかのように真月たちを見つめてくる。教会から逃亡した時とは全く違うその様子に真月たちは困惑する。

「はっ!低級悪魔でも逃げ場のないところで襲われて何かあったらまずいからな。安全マージンってやつを取っただけだ」

桜賀が悪魔の襲撃について言及しても神父も礼拝堂の人々も何の反応も示さない。その様子に可笑しいという感情が三人の中で益々募った。

「ふむ……。その割には何の考えもなく戻ってきたと見える」

「はぁ?」

「もう、その贄は不要だ。もろとも始末させてもらうとしよう「「くっくっくっくっ」」」

神父が笑い出すと周りにいた人々も笑いだす。異様な光景だった。笑いながら一人の男性が桜賀にふらりと近づき、襲い掛かってきた。

「うわ!」

それを皮切りに真月と日向にも教会にいた人たちが襲い掛かってくる。

「なんや?操られとんのか?」

攻撃は単調で躱せないほどでもない。しかし、操られてると思しき一般人に二人は手を出すことが出来ずにいた。先ほどの神父が口にした贄とは真月のことだろう。何故だかはわからないが不要になったから三人まとめて殺そうという算段らしい。

反撃もできないまま彼らの攻撃から逃げ回っている間に、三人はいつの間にか引き離されていた。

真月も襲い掛かってくる人たちから懸命に逃げる。捕まえようとする女の脇をすり抜け、殴りかかってくる男の拳を躱す。

(違う…)

そうしているうちに、そんな感覚が真月を襲った。何が違うのか分からない。でも真月はそう感じていた。

(…違う。違う。違う。この人たち…この人た…人?)

不意に真月の脳裏にひらめくのは可能性。その直感に従って、日向に念のためと渡されていた聖水を襲い掛かる男にかける。

「があああああああああああ!!!」

男はのたうち回る。やがてピタリと動きを止めた男の口から黒い靄が立ち上がる。それは段々人の様な形をとり始めた。

「あ…あ…あああ!!!!」

叫ぶような、唸るような声をあげながら、黒い人型は真月を睨み、襲い掛かってくる。そこにもう一度聖水をかけるとその黒い人型は溶けて消えた。それは、日向が悪魔に聖水をかけた時と同じだった。

「日向!桜賀!」

「おう!」

「わかってるで!」

その様子は、二人も見ていたらしい。真月が言うまでもなく、二人は周囲の人々に聖水をかけていく。体から次々出てくる悪魔。桜賀はすぐさま影を操り切り裂いていく。日向は聖水をかけながら、するすると人々の隙間を縫って駆け回る。問題なく対処する二人に頼もしさを覚えながら、真月も残りの聖水をかけようと近くの人に向き直った。

「え…」

驚きに目を見開いた真月の手が止まる。そこにいたのは真月の両親だった。虚ろな瞳で真月を見つめ今にも襲い掛かろうとしている。きっと二人もほかの人と同じだ。

「とうさ…かあさ…」

考えなくても分かることだった。この教会に入ってきた時、確かに真月の両親は教会の中にいたのだ。

「「がああああああ!!」」

襲い掛かってきた両親に思わす手に持っていた聖水をかけた。パシャリと聖水がかかった二人は倒れ、床をのたうち回る。慣れたはずの異臭が鼻を衝いて、真月に襲い掛かる。のたうち回る二人の体から発せられる匂い。それは腐臭だった。そこから導き出される答えは一つ。真月の両親はすでに死んでいたのだ。

悪魔が体から這い出てきて、両親の体はピクリとも動かなくなる。

「…そんな」

真月の体から力が抜け、その場にへたり込む。真月の顔に一筋の涙が流れた。両親がいつから死んでいたのかは分からないが、その事実が真月を打ちのめした。

「真月!」

「真月君!」

離れた場所で戦っていた桜賀と日向が真月を呼ぶ声。真月に襲い掛かろうとする悪魔たち。真月にはすべてが遠く感じられた。不意に、真月の視界の端に神父の姿があることに気が付いた。にんまりと笑いながら真月の行く末を、悪魔に殺される未来を待ち望んでいる。

目の前に悪魔が迫る。

(ゆるさない…ゆるせない、ゆるせない!!)

途端にそんな感情が、真月の胸の内からあふれ出した。それは怒り。悪魔に、神父に、そして何より、何もできない弱い自分自身に向けた強い怒りだった。

「――――――――――!!!」

それは真月の感情の爆発だった。体中の血が沸騰し、声にならない叫びをあげる。

そして、それは起こった。

真月の頭にはピンと三角の形をした二つの獣耳。耳の付け根から先端に向かって髪と同じ紅色から黒に近い濃い紅色へグラデーションカラーになっている。腰のあたりにはフサフサとした立派な尾が生え、獣耳と同じグラデーションの毛並みが美しい。手足にも毛が生え、鋭く尖った爪が見える。

それは正に変身メタモルフォーゼだった。人と狼を混ぜ合わせた獣人のような姿。

「獣化……」

日向と桜賀には覚えがあった。人をはるかに超えるパワーとスピードを誇る姿へと転じる変身能力。


今、両親の死という現実と共に真月は覚醒した。

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