第2話 悪魔

三人は近くの自販機で購入した飲み物を飲みながら一息つくことにした。その合間に日向と桜賀は真月にこの町にやってきた理由を話してくれた。

二人は仕事アルバイトの関係で悪魔の噂についての事実を確認にやってきたらしい。聞き込みを行い教会を訪れたが、そこにいたのは悪魔ではなく真月だった。しかし、教会では奇しくも低位悪魔たちによる高位悪魔の召喚の儀式が行われていた。

「あの時、俺らの介入で儀式が中断されてしもた。あの周辺に集まってた低位悪魔は俺らを排除しようとして襲ってきたんや。まあ、すぐに気づいて逃げたけど」

日向はあっけらかんとした様子で缶コーヒーを一口飲んだ。

あの時、日向が言った敵とは悪魔のことだったのだ。教会には悪魔への信仰心が集まっていたため周囲に低位の悪魔が生み出されており、悪魔たちはより強い庇護者として教会に集まる信仰心から高位の悪魔を降臨させようとしていたらしい。しかし、腑に落ちない点もいくつかあるらしく状況の把握とこちらの体制を整えるため二人は即座に逃亡を選択した。二人が真月を連れて逃げたのは悪魔信仰の核となっていことも一因ではあるようだ。

「まあ、悪魔に限らず信仰心とか信じる心は時に化けもんを生み出す。俺らはそれらをひっくるめて怪異なんて呼んどるけど、その怪異を倒したり何とかしたりするのが俺らの仕事なんや」

自慢げに胸を張る日向の話を今一理解できず、真月は「へー」と相槌を打つ。

「まあ、悪魔がどうとか細かいことは取り敢えず気にせんでええわ。俺らは真月君にいくつか聞きたいことがあるんや」

「聞きたい事?」

真月はコテンと首を傾げた。真月には日向たちが聞きたいことの検討が付かなかった。

「そうや。なんか変わったこととか、気になったこととか、なんでもええ。なんか知らんか?」

急にそんなことを聞かれも、真月は困ってしまう。真月にとって家でもあの場所での出来事もいつも変わらない。しばらく考え込んでいたが、真月には全く心当たりが思い浮かばなかった。

「ああ、聞き方が漠然としすぎたか?」

黙っていた桜賀なにやら気が付いたようにつぶやいた。

「そうやな。聞き方変えよか。真月君。あのミサに行きだした切っ掛けとか覚えてる?」

「…。父さんも母さんもクリスチャンで結婚前からあそこのミサには通ってて、いつの間にか……」

物心ついたころから両親と通っているので、切っ掛けと呼べるものはない。真月は二人の望む答えを返せそうはないと、落ち込んだ表情でうつむいてしまう。

「あ、でも何年か前に神父様が変わった…」

不意に顔を上げた真月はそうつぶやいた。すっかり忘れてしまっていたが、その問いかけがカギとなり真月は神父の代替わりがあったことを思い出した。前任の神父は随分と高齢の方で、数年前に今の神父に代替わりしたのだ。

「そうか。神父様が変わってなんか変わったことはあったか?」

日向は何か気になることでもあったのか一瞬目を細めた。

「…悪魔祓いの儀式を始めたのは今の神父様だったとおもう。あの儀式が始まってから父さんも母さんも俺に厳しくなったかも…」

言われるがままに思い出してみると、そういえばと思うことがなくは無い。

「ほかに、思い出せることはあるか?」

桜賀の問いに真月は記憶を探る。順番に記憶をなぞりながら、唐突に何故彼らに協力してるのだろうと疑問がわく。しかし、今は考えるべきではない。雑念を振り払うように頭を一度振り、そう思いなおして記憶を再び探り始める。

「…におい?が……した?変な匂いが…」

とりとめもない言葉となって真月の口から零れ落ちたのは最近、両親から匂う嫌な臭いについて。真月は唐突に思い出した記憶と匂いに顔をしかめた。

「匂い?それは……っと」

真月のその言葉について詳しく聞こうとしたとき、日向は何かに気が付いたのか急にベンチから立ち上がった。「もう敵に見つかってしもた」と零す日向の言葉に桜賀も舌打ちをして周囲を警戒する。

「敵…?悪魔?」

真月も辺りを見回すが周囲には人影すらない。それなのに日向には何故、悪魔が来ると分かったのか真月には理解できなかった。

「ああ、そうや。俺はそういうのが分かる能力があってな、さっき教会から見つからんと逃げられたのもこの能力のおかげや」

簡単に説明しながら、日向が腰に付けた小ぶりのカバンから取りだしたのは水鉄砲。

そんな日向の行動にますます理解が追い付かずにいると、桜賀の鋭い声が真月の意識を引き戻した。

「きたぞ!真月は日向から離れるなよ!」

桜賀はそう言い残して公園の入り口に飛び出していく。つられてそちらを向けば、黒い人型の何かがこちらに向かってきているのが見えた。

「な、な、なに…あれ」

「あれは、悪魔や。一応な」

日向は真月の問いに答えつつ真月を抱き寄せ、周囲を警戒している。

飛び出した桜賀は悪魔に駆け寄りながら、何かを飛ばす。真月には何をしているのかさっぱりわからない。

「ひ、日向。桜賀は大丈夫なの?」

「ん?ああ、桜賀も俺と同じように能力があってな、影を操る能力やねんけど影から作った武器とかで敵と戦うことができるんや。俺は戦闘向きの能力やないからサポートがメインやけど、今回は悪魔相手やから聖水持ってきた」

そういって水鉄砲を真月に見せる。どうやら水鉄砲には聖水が入っているらしい。

いつの間にか始まっていた桜賀の戦いぶりは凄かった。正面から襲ってくる悪魔に影の針を投げ、足と思しき部位を地面に縫い付けで影の刀で斬りかかる。その隙を突かれ横から攻撃を受けそうになれば影を盾に防いで距離を取ると左右から悪魔が襲い掛かる。桜賀は右の悪魔に影針を投げて牽制している内に左の悪魔を切り捨て、牽制した悪魔も切り捨てた。そうやって桜賀は巧みに影を使って相手を翻弄し、次々と悪魔を倒していく。時々こちらにやってくる悪魔は日向の水鉄砲を喰らうと溶けて消えてしまう。…聖水は本物だったらしい。

十数分後、桜賀たちの手によって襲いかかってきた悪魔は一掃された。

「取り敢えずは倒せたか」

桜賀は乱れた服装を整えながら日向たちの元へ戻ってくる。

「まあ、このままここに居ったらまた襲ってくるやろけどな」

めんどくさいと言わんばかりの様子で日向はため息を吐いた。

悪魔に居場所を知られてしまった以上、一か所にとどまるのは危険であるため三人は公園から移動することになった。

「まあ、この事態を煽っとるんは神父やろうな」

「だな。目的は分からねえが…悪魔がここまで一箇所に集中してるのは異常だ」

何を根拠にか分からないが日向たちはそう思ったらしい。

曰く、通常は悪魔を呼び出す儀式を行ったり生贄を捧げるといった様々な条件をそろえた上でようやく下級悪魔が呼び出されるか生み出されるという。

「そもそも、教会という場所で低位悪魔が高位悪魔を召喚する儀式を行っていたのもおかしい」

教会は神を信仰する場所だ。そこで悪魔が生み出されるように仕向けた人物がいてもおかしくはない。つまり、いまこの町で起きている大量の悪魔の発生そのものが人為的に引き起こされた可能性があるというのが二人の推論だった。そうなってくるとやはり神父が一番怪しい。

「つまり、教会に戻って神父とっ捕まえんとあかんちゅうことやな!」

時々襲いかかってくる悪魔を倒しながら三人は教会へ向かって進む。結局は教会に戻らなければいけないようだ。

「ごめんやけど、真月君も一緒に来てな。敵の狙いがわからん以上、一人にはできひん」

「大丈夫。俺、父さんと母さんのことも気になるし…」

まだ教会にいるかもしれない両親のことが気にかかっていた真月は二つ返事で了承する。そして、真月は二人から離れてはいけないが教会には向かわなければならないという不思議な感覚に襲われていた。この感覚は何なのか、真月には分からないがこの感覚に従うべきだと心のどこかで思っていた。

「っと、だいぶ数が減ってきたな」

進むにつれて襲い掛かる悪魔の数が減ってきていた。かなりの数を倒しながら進んできたというのもあるだろう。

「各個撃破出来たらまあ、敵やないわ。弱いし」

教会はもう目視出来るほど近くまで来ていた。

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