7.少女を追いかける

 まだ深夜にも関わらずレオンは村を出た。

 外出理由は今回の怪我が思ったよりひどかった。

 治療のため朝早く知人を訪ねて出かけたという事にしておいた。

 伝言はアデライドに頼んででかけた。

 

 旅装はシンプルなもので大袈裟な支度はしていない。

 余りにも何も持たないとアデライドも怪しむのでリュックに簡単な着替え等詰め込んで出かけたのであった。

 

 歩き出しは頭痛が酷くてなかなかペースが上がらなかった。

 朝日が昇る頃には悪いなりにも速度を上げながら森や山を起伏がすくなく、なるべく直線で歩くように進んでいった。

 

 普通に道沿いに馬車で十日程度の道のりだ。

 歩きだと二十日程度のはずだ。

 極力直線で休憩も最低限にすれば多分王宮に着く前には追い付くはずだ。

 問題は追いついたときに助け出す手段があるかだ。

 相手の人数や実力も分からないので考えても仕方ない。

 但し、自分だけでは助けられないのは明白だ。

 

 昔の仲間を頼るしかないとは考えている。

 それを含めると一日は早く先行しないといけない。

 ひたすら急ぎ足で歩くレオンであった。

 

 毎日の睡眠時間は日中に数時間程度。

 夜はほぼ歩き詰めだった。

 安全のため夜だけは近くに街道があれば降りて歩いた。

 街道がない場合は比較的安全な所をゆっくり歩きながら進んでいった。

 

 五日目の朝アクスハイムという町に着いた。

 馬車だとこの町に到着しているか、明日到着するかの予定のはずだ。

 

 ここで確認をする事にした。

 

 アクスハイムはツィスピール王国で交易の拠点となっている町だ。

 この町からグランフリューヴ河を超えて隣国へ交易に行くのだ。

 グランフリューヴ河は大河で複雑な流れの河である。

 渡河できるポイントは少なく、アクスハイムから渡河するのが一番効率が良い渡河ポイントであった。

 そのような理由で自然に発展していった町なのである。

 

 冒険者時代に世話になったある商会へ行く。

 店の門をくぐり、商会の人間を捕まえる。

 自分の名前を告げ、主人と面会できないかを頼む。

 捕まえた商会の人間はレオンを知っており、商談室にそのまま通してくれた。

 しばらく待つと商会の主人が入ってきた。

 

 赤い派手なドレスを着た女性であった。明るい金髪で細く青い目のほっそりとした顔立ちではあり、気品がある。

 彼女の眼力は会う人の人物を見抜く鋭いものがある。

 人物鑑定のスキルを持っている一般人としては稀有なスキルを持っている女性なのである。


  人物鑑定

  十メートル範囲内にいる人物の名前、年齢、性別、クラス、詳細ステータスを見る事ができる。

  対象者が使用者に悪意を持って近づいている場合は使用者が望まなくても察知する事ができる。

  相手との親密度が高い程、行動履歴も閲覧する事ができる。

  親密度が低い場合は直近の最低限の行動履歴を閲覧する事ができる。

  本人も覚えてない行動履歴も閲覧できる。見たくない履歴には使用者が制限を掛ける事もできる。

  親密度とは対象者が使用者にどの程度好意を持っているかで判定される。

  人物鑑定をレジストできるスキルがある場合は見れる内容は限定される。



 親から商会を引き継ぎ、自身のスキルを有効活用し、この商会は先代より規模を大きくしているのだった。

 男性社会ではあるが商人として成功しているので、この女性を蔑む男はいない。

 むしろ彼女に蔑まれないように注意をしているのだった。

 名前をカサンドラと言う。バーレ紹介の会長である。

 冒険者時代にレオンが護衛を何度か請け負った相手であり、数少ない女性の知人である。

 その伝手を頼りに訪問したのであった。

 

「ジーク様。お久しぶりでございます。冒険者を辞めたと噂で聞き及びましたが、本日はどうされたのですか?」


 妖艶な笑みでレオンを歓迎している。

 その顔は何も告げずに冒険者を辞めた事をなじっているようでもあった。

 レオンは特別な感情をカサンドラには持っていなかったのだが、当のカサンドラは違うようであった。

 その証拠に正面には座らず、密着して隣に座ってきた。

 相変わらずの態度にドキドキしながら苦笑する。特別な感情はなくても女性に密着されたら不慣れなレオンはドキドキするしかなかった。

 

「冒険者は止めたんだが、貯えをしていなかった事に気づいてね。放浪するにも資金は必要だ。こちらで護衛とか無いかと思って来てみたんだ」


 カサンドラ相手に通じるかは分からなかったが、目的をストレートに告げる訳にもいかない。商会にも危険が及ぶからだ。

 

「そうなのですか。それなら、わたくしの方でご用意させて頂きますわよ。何、大した条件ではありません。拠点をわたくしの家にしていただければ良いだけですわ」


 言いながら一層身体を密着させてくる。カサンドラの唇は既にレオの頬にふれる位に接近している。

 レオンの心拍数は上がるばかりだ。

 

「そ、そういう訳にもいかない。暫くは色々な所で腰を据えてゆっくりしたいのもある。ここにお世話になるわけにはいかないよ」

「それも一興ですわ。そんなに、わたくしの事お嫌いですか?」


 カサンドラはレオンに抱きついてくる。慌てたレオンは体を動かしてなんとか逃げる。

 

「カサンドラの事は嫌いではないよ。でも、恋人という気持ちで考えた事がなかった。仕事の上での関係というか。そんな感じでいたんだ」

「そんな、わたくしの気持ちはお伝えしているつもりでしたのに。今、このように気持ちをお伝えしましたが、それでも駄目でしょうか?」

 

 カサンドラは尚も近づいてくる。

 ソファーにはもう逃げるスペースが無い。慌てるレオン。


「いや、いや。待ってくれ。今日は告白をしに来た訳でもなく、告白されるために来た訳でもないんだ」


 慌てるレオンを見て、悪戯が終わったような顔をしたカサンドラは居住まいを正す。

 

「うふふ。そんなジーク様だから、わたくしがお慕いしているのですよ。ちょっと調べれはジーク様の所在はすぐ分かりますもの。例え名前を変えても逃げられませんよ」


 妖しい光を湛えた瞳をするカサンドラを見て、容易に逃げられない事を悟るレオン。

 それを見たカサンドラは手に持っていた扇子をパチリと鳴らして間を作る。


「それでレオン様?王城へ向かう馬車の到着を待っておられるのですか?わたくしに嘘は通じないのはご存知ですよね?」


 唐突に語りだした。

 唖然とするレオン。細い目をして微笑むカサンドラ。

 レオンは嘆息して無理な事をしたことを詫びる。


「キャシーを誤魔化そうとした俺が未熟だった。済まなかった。余計な事に巻き込みたくなかったんだ」

「そうですわよ。本当に水臭いですわ。惚れたのかまではわかりませんが、女性の勇者を助けたいのですよね?」


 完全にばれていた。

 人物鑑定はどこまでの情報が見られるのかレオンは分からない。

 しかし、ほぼ確実に最近の出来事を把握されているのは間違いなかった。

 こうなるとレオンは降参するしかない。続くカサンドラの質問タイムに素直に答えるのみだった。


「ジーク様はなぜレオンという偽名を使われているのですか?」

「隠遁したかったから昔の名は捨てたんだ」


「女性の勇者とのご関係は?クライナーベルク村のアデライドという女性との関係は?」

「六花は護らないといけないと思っているんだ。アデルは良き友人という認識だよ」


「その女性達はジーク様をどう思っているかご存知ですか?」

「・・・・分からない。考えた事もなかった。済まない」


「六花様を乗せた馬車から、どのような方法で奪おうと考えておられるのですか?」

「まだ考えはまとまってない。相手の戦力を知ってから考えるつもりだった。まずは馬車より先行しているのか、遅れているのかをこの町で知りたかった」


「助力の当てはあるのですか?」

「これも相手の戦力を知ってから考えるつもりだった。正面からは無理だろうから、搦め手を使ってなんとかできないかと考えていた」


「この町でわたくしを訪ねた理由はなぜですか?」

「今必要な情報を貰えるのはキャシーしかいないからだ。一番信頼して頼りにしているのはキャシーだからだ。回りくどい事をしたのは本当に済まなかった。改めて詫びる」


 レオンは素直に頭を下げる。この女性相手には正直に対応するべきだった。

 彼女を傷つけてしまったかもしれないと、心の中で後悔しているレオン。

 ちらりと本人を見る。

 頬を赤く染めるカサンドラ。その目は蔑みの目ではなかった事に安心する。

 思っているより自分への信頼度が高いのかもしれないと思ったのであった。


 最後に言った言葉は決してお世辞では無い。頼りになり、信頼し、また助けてくれるのは間違いないからだ。

 そうでなければ彼女を訪ねるはずはない。

 レオンの本来の身分もカサンドラは知っている。今更隠し事をしても仕方ないのかもしれない。

 時折、地位で慕われているのかもしれないとレオンは思うときもある。

 それをレオンが思っただけで敏感に察するのかカサンドラは全力で否定するのだ。

 地位でなく人柄に惚れているのだというのだ。


 

 カサンドラの質問タイムは終わったようだ。

 勘違いでなければ、質問タイムの後に適切なアドバイスをしてくれるのが常だった。

 商人ではあるが占い師のようなクラスを持っているかもしれないとレオンが思うのは、この瞬間があるからだ。

 

「結論から申し上げますと、この町で六花様を奪うべきです。王城に戻らせると奪還は難しいでしょう」

「と、いう事は俺は馬車より先行してこの町についたということなのかい?」


 レオンの安心した表情を見て、カサンドラは微笑みながら続ける。


「実は馬車の存在は知っておりました。目的が分からなかったので放置していたのです。逃げた罪人を捕らえるものだと思っておりました」


 レオンが驚いた顔でカサンドラを見ている。相変わらずの情報入手の速さと正確性に驚いていたのだ。

 商人は情報が命ですからと微笑みながらカサンドラは続ける。


「儲け話の可能性もあるのでこの町から半日前の距離で監視させています。道中手こずっているのかもしれないですわ」


 到着していないのは吉報ではあるが、到着が遅いのも気になる。六花・・・クロエは暴行されていないだろうかとレオンは気になっているのだ。

 そんなレオンの表情を伺いながらカサンドラは更に続ける。


「この時間になってもまだ到着していないのです。恐らくこの町で宿を取ると思われますわ。宿泊するのであれば機会はいくらでも作れるかと」


 カサンドラは自信があるような口ぶりであった。

 レオンもカサンドラの言わんとしている事が何となく理解できてきたのであった。

 

 その時にドアがノックされた。

 カサンドラが許可すると商会の人間が入ってきて、トレイに載せた紙片をカサンドラに捧げる。

 カサンドラが紙片を取り一読すると、口角があがっていたのが分かった。

 

「ジーク様。御待ちの馬車が到着したようですわ。どうも馬車の速度が遅いようです。何か故障でもあったのかもしれません。この町の到着は夕方頃の推定だそうですわ」

「そうか。済まないが人数や騎士達の階級等わかるだろうか」


「そうですわね。分散させて宿泊させるのも手です。当然、人数とかは知っておかないといけませんわね」


 カサンドラは扇子をパチリと鳴らる。傍らに控えている商会の人間に目配せをする。

 男は静かに頷き部屋を退室していく。

 恐らくあれで調べてくれるのだろう。絶対的女帝の指示の元、この商会は動いている。


「それでは具体的な方法を考えましょう。勿論わたくしとジーク様と二人っきりで」


 カサンドラは遠慮なしに身体を寄せてくる。

 暖かく肉感的な身体が、こんな時なのに心地よいと感じてしまったレオンは自分に恥じながら策を考えていた。

 しかし、カサンドラの魅力に耐えきれないと感じたレオンは色々な手段を講じて、カサンドラが離れてくれるまで策を考える事ができなかった。

 

 カサンドラはレオンに対しては、いつも通りの行動をしている。

 レオンを誘惑するのは冒険者時代からの常である。


 カサンドラはレオンに惚れているのである。

 人柄が好ましく、余人は知らないが冒険者になる前に何をしていたか迄知っているのである。

 それはカサンドラが所持しているスキルのおかげではあるのだが。

 いずれにしてもレオンはカサンドラの理想の男であった。


 そして、本人はレオンから告白されるのを望んでおり、あの手、この手でレオンに振り向いて欲しいのであった。


 レオンが女性を苦手としているのも良く知っている。

 知っているからこそ自分だけ見てくれる最良の相手になってくれると思っているのだ。


 この世界の男は暴力的な性格が多い。

 騎士、戦士、冒険者、悪党等、力を頼りにする職業についている者は、あらゆる面で総じて暴力的だ。

 女を道具としてしか見ていない。

 力のある者が良い女を所持し、子孫を残す道具として扱うのだ。

 力の無いものは力ある者に従うしかないのだ。

 もしくは力の無いもので集まって集落をつくるしかなかったのである。

 折角作った集落も盗賊に襲撃されて集落が無くなってしまうというのも、この世の常である。

 

 

 レオンことジークムントが冒険者を引退した事を知ったのは数カ月前だ。

 カサンドラはその事を知らなかった。そしてショックだった。


 情報を収取していると一緒に行動していた冒険者仲間すら知らなかったそうだ。

 彼らはカサンドラが知るより後に知ったくらいであった。

 相当周到に計画して冒険者を引退したようである。

 何故決心したのかは見当もつかなかった。

 手を尽くして情報収集したが行き先は最近になるまで掴めなかった。

 自分に何の連絡もしないで片田舎に隠遁してしまったのだ。

 何か衝撃を受ける事があり今の生活に絶望したのだろうと推測はしている。

 そこの本心だけはカサンドラのスキルでも読み取れないのだ。

 

 しかし内心では相当喜んでいた。

 カサンドラのスキルで閲覧できるレオンの行動履歴が相変わらず見えているのだ。

 カサンドラに対するレオンの親密度が高いのが分かるのだ。

 これほどの行動履歴を見れる相手は今の所レオンしか知らない。

 レオンは気付いていないのかもしれない。

 女としての恋慕を持っているかまでは分からないが、一番の好意を持ってくれているのは分かるのだ。

 

 この人の役に立っていればいずれ恋慕の気持を持って振り向いてくれるかもしれない。

 見た目よりはずっと純真なカサンドラであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドロップアウト ~引退した冒険者と異世界からの落伍者 ナギサ コウガ @ngskgsn

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ