第19話:平穏無事

 屯田兵を派遣して半年、今収穫時を迎えています。

 すっかり広い耕作地となった神殿の周りでは、黄金色の稲穂が実っています。

 屯田に行く前の小作人達が開墾した農地が、豊穣の田になっているのです。

 残ったわずかな小作人と、孤児達だけで収穫するのはとても大変です。

 でもその大変さが吹き飛ぶほどの豊かな実りです。

 前年までの天罰による凶作が嘘のようです。


「せいじょさま、いっぱいだよ」


 幼い孤児が、たわわに実った稲穂を持って、ぽてぽてと近づいてきます。

 本当の意味などまだ分からないのでしょうが、周りの者が心から喜んでいるので、その影響で愉しく思っているのでしょう。

 

「聖女様、他の地域でも豊作になりそうだと報告がありました」


 神殿長も嬉しそうに屯田地の情報を話してきます。

 私は既に魔獣の目から見て知ってしましたが「そうですか、それはよかったですね、では神様に豊作のお礼をしなければいけませんね」と言っておきました。

 神殿長は、いえ、この場合は大将軍と呼んだ方がいいのでしょうか?

 本当なら、その時にやっている事によって呼称を変えるべきなのでしょが、私にとっては神殿長は神殿長でしかありませんから、今まで通りにします。


「せいじょさま、しんまいはあまくておいしいの?」


 幼い孤児が私に聞いてきますが、確かに王都にいる頃に食べた、純白に精米された米は少し甘かった気がします。

 ですが、この神殿に追放されたから食べた玄米粥は、甘いと思ったことがありませんから、この子が食べる玄米粥は甘くないでしょう。


「美味しいけれど、甘くはないわよ」


 とても大切な収穫ですから、精米して量を減らすわけにはいきません。

 多少甘いかもしれない白米を蒸した飯よりも、お腹一杯食べられる玄米粥です。

 それに、空腹のときに食べたら、玄米粥も美味しいのです。


「そうなの、あまいのたべてみたかった……」


 幼い子にこう言われたら、甘いモノを食べさせてあげたくなるのが人情です。

 まだ幼いので、普段食べている果物の方が、蒸し飯よりも甘い事を知らないのですから、ここはお姉さんが教えてあげるべきでしょう。


「じゃ私が新米よりも甘いモノを食べさせてあげましょう。

 新米よりもいつも食べている果物の方が甘いんだぞ。

 だから果物をとってきてあげるね」


 まあ、私がとってくるのではなく、魔獣達が集めて来てくれるのですが、それはこの際どうでもいいことで、この子に喜んでもらい事が大切です。

 

「ほんとう、せいじょさま、ありがとう」


 幼い孤児が満面の笑みを浮かべてお礼を言ってくれます。

 胸一杯に幸せな気持ちが広がっていきます。

 こんな日々がずっと続けばいいと、心から想います。

 この半年は本当に幸せでした。

 孤児達の幼い策謀も、神殿長が鈍感なので、笑える程度の冗談でしかありません。

 この幸せな日々を続けるためなら、私は鬼にも悪魔にもなりましょう。

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