赤い球体
Meg
赤い球体
高度な技術力を持った生物の一族が、ロケットに乗って宇宙旅行をしていると、宇宙マップに載っていないある星を見つけた。
生物は仲間を呼んでその星に降りたった。
水があり、空気があり、土があり、緑があり、食糧になりそうな生物があり、青空と太陽のある、彼らの星によく似た土地だった。彼らの星は人口が増えすぎていたため、ちょうどみんなして移住先を探していた。新しく見つけたその星は移住先としてぴったりだった。
彼らの星と違う現象もあった。例えば気温が常に摂氏20度であることと、時々薄めた食紅みたいな色の、半透明の大小さまざまなシャボン玉のような球体が空気中に漂っていることだった。その薄赤いシャボン玉はほんのりとした熱と湿気を帯びていた。弾力があり、叩いても弾けたり潰れることはなかった。球体がなぜ、どこからやってくるのかはまったくわからなかった。だが彼らは特別害はないと判断し、それを問題としないことにした。
彼らは山の植物を切り木材に、土から鉱物を取り出しセメントにした。そして家を建てた。彼らが汗水垂らして働いていると、どこからか発生した小さな半透明の薄赤い球体が必ず体にまとわりついた。害があるというわけではないが、熱と湿気によって、彼らはますます汗が止まらなくなった。彼らは鬱陶しそうに赤い球体を手や紙で仰いで払った。
彼らは建てた家の中で電気やガスが使えるようにした。コンロや湯沸かし器、風呂やテレビや携帯やパソコンが使えるようになった。
彼らが家で暮らしていると、家の中にいつの間にか半透明の赤い球体が漂っていた。特に明かりの周り、火をつけたコンロの近く、テレビや携帯やパソコンの画面付近といったところにたまった。たくさんたまると目障りだし、なにより家の中が熱く、しかも湿気でじっとりとするので、住人は球体を見つけるとさっさと外へ放り出した。赤い球体はこの星の埃のようなものだろうと認識されていた。
彼らはその星の地面をならし、畑を作って種をまいた。農業が始まった。
次いで食品や衣服、その他産業のための工場を作った。石油や石炭に似たエネルギー資源も大量に見つかった。自動車や電車が走り、飛行機が飛ぶようになった。
移入者は続々と増えた。その星での不動産ビジネスも盛況だった。
それに比例し、空気中に漂うあのほんのりと熱く湿った半透明の球体も数を増した。サイズも段々大きくなっていった。
外で増え続ける球体は、次第に家の中に入り込むようにもなった。気温は摂氏20度でも、集まった球体のせいで家の中はむし熱くてたまらなくなった。住人は我が家で発生する小さな球体と一緒に外へ放り出した。球体を自動で集めて外へ出してくれる掃除機が一般的に販売されるようにさえなった。
球体が増え続けるに従い、漠然とした危機感を抱く者も出てきた。彼らの科学力をもってしても発生源や正体を特定できず、弾けさせも潰せもできないあの謎の球体はなんなのか。増え続けたらどうなるのか。
だが多くの者は経済を優先したいがために、大したことはないと反発した。あるいは見て見ぬふりをした。
一見するとこの星はまだまだ広く、あの半透明の赤い球体を彼らのすむ地域から追いだす余力がありそうにも思えた。ある者は海へまとめて捨てれば良いと言った。ある者は地面に巨大な穴を掘り埋めてしまえば良いと言った。またある者はロケットに詰め込み宇宙へ送ってしまえばいいと言った。
空気中に大量に漂うようになった球体は、熱で緑を焼き、湿気で気圧を乱して大雨を降らせた。山の土砂が削れ川が氾濫した。北国の氷床が溶け、海面が上昇し、陸地の多くが水の下に消えた。漠然とした不安は現実になった。それでも生物たちは経済を重視した。
高度な科学力をもってその星に降りた彼らは、神は存在しないことを知っていた。彼らは自分たちに宗教は必要ないと自負していた。
なのにお金だけは絶対的に信仰していた。あまねく物事はお金で解決できると信じていた。お金がなければ不幸になると思い込んでいた。その盲目ぶりたるや、住む場所がなくなり生物が死に絶えれば、お金など意味をなさないという、ごく単純なことにさえ思い至れないほどであった。
彼らがその星に住みついてから長い時が経った。
彼らは外出できず、屋内に閉じこもるようになった。外ではあの半透明の薄赤い球体が空気中にひしめき、ものすごい熱と湿気を放っていた。
過去に投棄した球体が、海からも深く掘った地面からも溢れ出すようになった。宇宙へ送ったはずの球体も、ロケットの中で増え続けたようで、あるとき機体を破り地上へ一斉に降り注いだ。
一つ一つは大したことはなくとも、多量にあれば弾力や熱でコンクリートの分厚い柱をへし折るぐらい簡単だった。
家々が外にひしめく禍々しい球体によりメキメキと潰されはじめていた。
赤い球体 Meg @MegMiki34
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。