第23話 アオイベロニカ

 秋が終わり、時は容赦なく流れあっという間に師走へと移り変わった。俺は相変わらず暖房直下の席でぬくぬくと冬の寒さを越えようとしていた。変わらない研究室の光景に変わらない研究進捗。


唯一変わったことは、新しいメンバーが一人増えたことだった。


「あー。またそこの席を陣取って。私だってそこに座りたいのに」

「なんだよ。今日は来ないんじゃなかったのかよ」

「先輩が全然研究を進めないから、先輩を見張るようにと石川先生に頼まれているんです。ささ、早く進捗を出してください」


鬼だ。今目の前にいるのは俺を平和な時間から地獄へと引きずり落とそうとしてくる鬼だ。無邪気な笑顔をしているが、その心は悪意に満ちているのだ。


「ほらほら、パソコンに向かってください」


リンは俺が座っているキャスター付きの椅子を引っ張り、デスクトップパソコンが備え付けられている席へと移動させる。


「・・・黒崎は、普通に登校しているのか?」

「はい。可能な限り人との関わりは絶っているようですが、通常通り講義には出席しているようでした。抜け殻みたいになっちゃってますけどね」

「そうか」


 黒崎が白河先輩を刺したという事実を知った後も、俺は彼女を警察に突き出したりはしなかった。当然、黒崎に対して負の感情を抱かなかったという訳ではない。ただ、この事件にリンが絡んでいることは事実で、言ってしまえば実行犯はのだ。どんな事情があるにせよ、リンが罪に問われることを避けることはできない。そして、そんな結末を白河先輩が望むとは思えなかった。だから俺は、この事件の真相を誰にも明かさないことにした。


「あの事件の真相も明らかになったんだ。今後黒崎も俺を狙ったりしないと思う。もう君が俺のそばにいる理由はないんじゃなのか?」

「いえいえ。全ての危機から蒼井先輩を守ることが私の使命です。そして、それはアオイ先輩との約束でもあります」

「・・・その先輩ってのどうにかならないか?ややこしくて仕方がない」

「ではなんとお呼びすれば?」

「うーん。あんまり良いのが思いつかないから、普通にハルトでいいよ」


俺がそう言うと彼女は口をポカンと開き、固まった。


「おーい。どうした?」

「あ、えと、すいません。ちょっと昔のことを思い出しまして・・・。それではこれからはハルト君と呼ばせていただきますね」

くんって・・・。まぁいっか。この数ヶ月間、結果的に俺は君に守られていたのは事実だし、少しくらい多めに見ないとな。それにしても、白河先輩と君との関係について聞いてからは君の謎行動について納得のいくところはあったが、基本的に謎が多いことには変わらないな」


俺がそう言うと、リンはにっこりと笑いまたあのセリフを言う。


「あはは。何度も言いますが、私は赤木リン。蒼井先輩のことが好きな、ただの女の子です。一度失いかけた命をアオイ先輩に救われ、その全てを蒼井先輩に捧げようと誓ったのです」


リンは満面の笑みで、しかしどこか誇らしくそう言った。




---青いベロニカは美しく、凛と咲くんだよ。---





『アオイベロニカ』 完

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アオイベロニカ -元カノ殺し- Fa1(ふぁいち) @Fa1

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