紺は深紅に染まる〜5連発の死闘〜

七乃はふと

紺は深紅に染まる〜5連発の死闘〜

 目覚めた時、コンは何が起きたか分からない状態だった。

 かすむ視界に映るのは横転した何台ものパトカーで、燃料に引火したのか火の手が上がっている車もあった。

 次に目に飛び込んだのは鮮やかなオレンジ色。

 それはぶつけられてフロントがめちゃくちゃに壊れた護送車両の前に立っている。

 オレンジの人影はしゃがみ込むと、足元にある何かに、突き刺すような動作を繰り返す。

 その何かが先輩警官であることに気づいた時、コンの記憶が蘇る。


 逮捕された連続殺人犯の護送の為車両に乗り込んだ。

 連続殺人犯の女は同性であるコンにしつこく話しかけてくる。

「ねえ。名前だけでも教えてよ」

「……コンです」

 先輩に注意されて口を抑えるも、もう遅い。

「コン、シートベルトをした方がいいわよ」

 意味を掴む前に護送車両が激しい衝撃を受ける。

 車は洗濯機のように回転し、コンを含めた警官達はドアや天井に何度も身体をぶつける。

 最後に覚えていたのは車外に投げ出されたところまでだった。


 コンは痛む身体を起こし、気配を消して背中を向けるトウに近づいていく。

 後十メートルまで迫った時、トウが動きを止めた。

「気づいたのね」

 咄嗟に足を止め、腰のホルスターから拳銃を引き抜き両手で構える。

「手を上げて、ゆっくりと警官から離れてください」

 震えを押し隠し、オレンジのつなぎを着た背中に狙いをつけたまま指示を出す。

 抵抗するかと思ったが、トウは長袖に包まれた両手を上げて警官から離れた。

 右手に持っていたのはナイフのように先端が尖ったガラス片で、ベットリと赤く染まっていた。

「手に持っている凶器を捨ててください。捨てなさい!」

 トウが右手を広げると、ガラス片は消えるように落ちていった。

 先輩の方を見ると、首から鯨の潮吹きのように血が吹き出し、全身が痙攣している。

 ヘルメットから覗く顔は真っ青になっていた。

 コンは泣くのを我慢して、殺人犯の背中を睨む。

「その場に跪きなさい」

 トウは指示に従わずにコンの方を振り返った。

 表情に余裕が見える。

「私を捕まえられるとでも」

 何を言っているの。と返そうとしたところで、視界の端に動くものを捉えて驚愕した。

 いたのは警官ではなく、覆面で顔を隠した男の姿だ。

 一人二人ではなく、十人以上いて周囲を取り囲んでいる。

 更に驚く事に両手で構えているのは、軍隊で使われているアサルトライフルだった。

 もし撃たれたら、今着けているヘルメットや防弾チョッキなど易々と貫通してしまうだろう。

「銃を捨てなさい」

 コンは目尻に涙を溜めながら気丈に睨み返すも、周りの殺気に耐えられず、指示に従って拳銃をその場に落とす。

「いい子ね。お前達。指示を出すまで撃っては駄目よ」

 部下にそう言い放ったトウが近づいてくる。

 一歩近づいてくるたびに、コンは恐怖から逃げ出したくて後ろに下がる。

 トウは落ちている拳銃のところまで来ると、それをゆっくりと拾い上げた。

「コン。私と遊びましょう」

 トウが円形の弾倉を横に倒して、リボルバーの残弾を確認する。

「五発。この銃で私を殺す事が出来たら逃してあげる。どうやってみない?」

 周りの部下が声を上げようとするが、先にトウが制する。

「時間がないって言いたいんでしょ。それでも私はこの子と遊びたいの。だってとても綺麗な喉をしているんですもの」

 コンを視姦する様にトウの目が動き、艶かしく動く舌で自らの唇を舐めた。

「だからお前達は邪魔をしないで。もし横槍を入れたら全員殺すわ」

 部下達は反論もせずに、構えていた銃口を下ろした。

「さあコン。頭カラッポにして楽しみましょう」

 トウは持っていた銃を落ちていた場所に置くと、護送車のそばまで下がる。

 コンはしゃがみ込んだまま動かない。

「どうしたの。動かないと、殺しちゃうわよ」

 トウが歩き出すと、コンは突然立ち上がって全力疾走で銃を取りに行く。

 その行動に面食らったようにトウの目が見開かれた。

 銃を取ったコンは、ゆっくりと近づいてくるトウに向けて引き金を絞る。

 銃声が鼓膜を震わせた。

 足を狙って撃ったが、トウはまるで予見していたかのように避けていた。

「私に遠慮なんていらないわ」

 トウは鼻が触れるくらいまで近づくと、コンの拳銃を持つ右手を掴み、自分の心臓あたりに押し付ける。

 発射直後で熱を持った銃口が囚人服を焼くが、意に介した様子はない。

「さあ、引鉄を引きなさい」

 コンは、いやいやするように首を振って離れようとする。

「そんなに離れたいなら、離れさせてあげる」

 トウは素早くコンの手から銃を奪い取り、銃口を腹部に押しつけて撃鉄を親指で起こした。

 起こされた撃鉄が薬莢の尻を突き刺すような勢いで叩く。

 耳が裂けそうな銃声と、お腹を貫くような衝撃にコンは背中から倒れる。

 撃たれた部分を手で抑え、傷の確認をするが、お腹に穴は空いていない。

 防弾チョッキが守ってくれていた。

 それでも弾丸の勢いは凄まじく、胃から迫り上がってくるものを必死に耐えた。

「もうギブアップかしら」

 銃を持ったトウが近づいてくる。

 コンはこのまま何もしなければ死ぬと直感した。

 だから生き残る為にトウを殺すと決意する。

 自分の腕が届くところまで近づいてきたのを確認してから、不意をついて起き上がり、銃を奪おうとする。

 だが、不意打ちであるにも関わらず、避けられてしまった。

「そうそう。必死に抵抗してくれた方が面白いわ。はい」

 トウの行動に唖然とする。

 持っている銃をこちらに差し出したのだ。

 訳が分からない中、コンはその銃を受け取り、トウの胸に狙いをつけて引鉄にかけた人差し指に力を込める。

 完全に起き上がる前に撃鉄の動きが止まってしまう。

「悪いけれど、そう簡単に命はあげられないわ」

 トウの左手が回転を終える前の弾倉を掴んでいる。

 そのせいで撃鉄が起き上がる事が出来ず、何度引鉄を引いても弾が発射されない。

「もうちょっと銃のお勉強した方がいいわよ」

 また拳銃を奪われ、腹部に先ほどと同じ強い衝撃を受ける。

 うつ伏せに倒れ込んだコンは、今度こそ耐えられずに嘔吐してしまった。

「これでおしまいなんて、寂しいわ」

 四発目が起き上がろうとしたコンの背中に突き刺さる。

 上からの衝撃に屈し、嘔吐して汚れた道路に顔から飛び込む格好になってしまった。

「そろそろ、メインディッシュをいただこうかしら」

 銃を右手に持ち替えたトウは、コンの顎に手を当てて持ち上げる。

 コンの喉は、そこだけ奇跡的に汚れておらず、吐瀉物の中で白く輝く喉にトウの目は奪われる。

 トウが注意を傾けている事に気付いたコンは最後の反撃に出る。

 顎を掴んでいた親指に噛みつく。

 犬歯が肌と肉を破り、骨に当たった硬い感触を上顎と下顎で感じた。

 同時に左腕と腰を使ってトウの右腕を挟み込んで固定。

 トウが身をよじって逃げ出そうとするが、コンは渾身の力を上下の顎に込め、犬歯と引き換えに左親指を噛みちぎった。

 激痛と指を喪失したショックでトウの右手から銃が落ち、アスファルトに乾いた音を立てた。

 コンはそれを拾い上げると、口の中の親指を吐き捨てて、トウの胸に銃口を押し付ける。

 間髪入れずに引鉄を引いた。

 同時にトウの右手が素早く左右に振られる。その手には日の光を反射する透明な刃があった。


 トウは満足そうな笑顔のまま大の字に倒れ、コンの身体は深紅に染まっていた。


 ー完ー


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