1:クソゲー完クリ その2

「さすがにラスダンだな。うじゃうじゃ出てきやがる。デュ・テラル=サキューレ!」

「やる気のない運営も最後くらいはやるね。メル・アクラル=ミカーレ・フィラミオ!」

「でも、数が多いだけじゃない? セラ・アエル=ヤケーレ!」

「あー、確かに。中ボスの色違いばっかりだ。デュ・テラル=ミカーレ・フォルテオ!」

「やっぱりクソゲーだけあるなぁ。ラ・フラマル=ヤケーレ・テ・エルプテーテ!」


 パーティの4人としゃべりながら呪文を唱え続けるのは結構面倒くさい。ここら辺もゲームの難易度を上げている一因だ。チャット機能と呪文詠唱を同時にやるなんて出来ないだろう。


「あーもう面倒になってきたな~。メテオライト行くよ~」

「ちょっと待て! 防護陣張るからっ!」


 真二郎が呪文を唱え始めると、ニカワが慌てて防護魔術を唱え始めた。

 まるで真二郎とニカワの詠唱競争になったが、真二郎の方が長い呪文になるのはわかってる。バリアーが出来るのを確認してから、詠唱を終えた。すぐに小型の隕石が周囲の敵に降り注ぐ。ザコ敵はことごとく燃える隕石に潰されて消滅していった。


「よっしゃ片づいた~」

「マオ、殺す気かっ!?」

「巻き添えで死んでくれれば手間が省けてよかったんだけどな~」

「てめえ、やっぱり一回拳でわからせないといけないみたいだな」

「格ゲーじゃねーし」

「ほらほら、やっと見えてきたよ」


 いつものことだと、スルーしたこなもんが指さす先に、いかにもなにかありそうな巨大な門が見えた。


「いよいよだなぁ」


 ゴクリとツバを飲み込み、真二郎たちは最後の門を押し開ける。

 暗く、広大な空間。その奥になにかがいた。


「よく来たな、勇者どもよ! しかし、この場所こそがお前たちの絶望の――」

「ラ・フラマル=ヤケーレ・テ・エルプテーテ・ファル・フォルテオ・ピルド!」


 王の間に鎮座した魔王がありがちなセリフを言い終えるより先に、真二郎は最も強力な爆発魔術を放つ。

 玉座がドンッと爆発し、魔王の姿は炎に飲み込まれた。

 が、真二郎はさらに次に備えて準備する。どうせ、魔王は第2形態に変形するに決まってる。

 ほかの3人もそれぞれの最強の攻撃魔法を放っていた。ドカンボカンと派手な爆発が魔王の玉座を襲った。


「おっしゃ、来るぞ来るぞ!」


 ニカワが身構え、全員、次の呪文を詠唱する体勢に入った。

 が、待てど暮らせど攻撃は来ない。


「ねえ、あれって、魔王?」


 こなもんの指摘によく見れば、玉座に座った魔王は黒焦げになって突っ伏していた。


「え……?」

「ああっ?」


 何とも言えない沈黙が垂れ込める。


「なあ、こういうセオリーとは無縁のゲームだったよな、これ……」

「あ……そういえば……」

「イヤな予感……」

「まさかですよ」


 ニカワのつぶやきに、全員間の抜けた声を上げる。


「いや、さすがにそれはないだろ~」

「おい、マオ、ステイタス!」


 ニカワに促されて、真二郎は慌ててステイタス画面を開いて事典を見る。魔法もアイテムも釣果もコンプリートした中、モンスターだけはたったひとつ空欄があった。その個所に《魔王》の文字とグラフィックが……。


「あったわ……。埋まった」


 一瞬のタイムラグ。いや、沈黙。


「そ、そうか……」

「や、やったね~」

「よ、よかったな」

「お、おう。完クリおめ」


 全員のぎこちない祝福。


「マオってデータ埋めるのに執念燃やしてたもんな」

「ああ、異常なくらいな」

「いや、普通だろ? マス目に空きがあったら気になるだろ?」

「あれは普通じゃない!」

「そうそう。スライムの時なんか、一日中『気になる~っ!』って唸ってたじゃん」

「黄色いのと緑の間に何色のスライムが来るかってやつか」

「空欄を埋めるのは男の浪漫だろ~。周期表みたいにさ――」


 と、いきなり上空に閃光が弾けた。VRの空で色とりどりの光が煌めき、遅れてドンドンと重低音が響く。

 さらに空に文字が流れていく。


 ――マオさんが魔王を倒しました。


 テロップが消えるか消えないうちにイルミネーションが空を覆い尽くす。パーティだけではなく、同じクランやフレンドたちが祝ってくれたのだ。


「あ、ありがとう……」


 真二郎の声がうわずっていた。


「泣いてる泣いてる。だから言ったろ、マオは泣くって」

「いかにもこういうの慣れてないよね~」

「う、うるさい!」


 涙はマイキャラのグラフィックに反映されないよなと確認しながら、真二郎は言い返す。


「で、どうすんの?」とこなもん。

「どうって?」

「完クリしたらやることないべ?」


 ニカワに言われて真二郎は気がついた。クリアすることしか考えてなかったのだ。クソゲーだし、引退してもいいかもしれない。


「あー、そうだな~。ま、ゆっくり考えるわ。とにかく今は寝たい~」

「違いない。俺も寝よ」

「それじゃ、お疲れ~」

「えっと……」

「ん?」


 何か言いたそうなこなもん。


「な、なんでもない! じゃぁ、またね、マオ」


 最後までいたこなもんが消えると、真二郎はヘッドセットを外した。

 別にニュースにもならない些細な出来事だ。それでも真二郎はなにかひとつなし遂げたような気分で倒れるようにベッドに転がった。

 その日はずっと見ていたブラック上司にいびられる悪夢もなく、久しぶりにぐっすりと寝られた。

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