1章 異世界へ

1:クソゲー完クリ その1

 小用を終えて気合いを入れ直した真二郎はプレートの上に立ち、VRゴーグルをかぶり、両耳に完全無線ヘッドセットをねじ込んだ。両手両足のセンサーはつけっぱなし。

 ポーズ中だった画面にはタイトルロゴが表示されている。


 ソーサリー・ライフ・オンライン、通称SLO。最新のVRゲームマシン《ヴァルカン》のソフトだ。


 ヴァルカンというのは水星の内側にあると言われた惑星で、実際にはなかった幻の惑星だ。《ヴァルカン》発表時にはゲームも幻に終わるんじゃねなどと、口さがない連中にからかわれたものだ。

 が、幻どころか、フルセットで12万円という高額にもかかわらず、今やVRゲームマシンのトップブランドだ。

 ちなみにフルセットというのは、ゲーム機本体とVRゴーグルとコントローラーの3点セットの他に、手首、胴体、足首につけるセンサー類だ。最低でも3点セットは必須だ。

 真二郎はフルセットにくわえて、ヘッドセットとフリーウォーキングプレートを使っている。しめて28万円。

 失業中の真二郎になぜこんな大金があるのかというと、色々あったからということで後述する。

 ゲームに戻ると、ニカワの声がヘッドセットの右から聞こえてきた。


「なげーよ、マオ! ウンコか?」

「お待たせ~」


 マオは真二郎のゲームネームだ。間生でマオ。子供の頃からのニックネームだ。


「悪い~。ちょっとデカイ方をしてたら、うとうとしてさ~」

「寝てないの?」


 左から心配そうな声をかけてきてくれたのは、こなもんだ。真二郎の入ってるクランの盟主で、声はボイスチェンジャーがかかってわからないが、多分女性だと真二郎は思っている。というか、女性だと嬉しいというのが正直な願望だ。

 ニカワは副盟主で、ふたりはソロでやってた真二郎に声をかけてきて以来の付き合い。その頃すでに全サーバー1位の戦闘力だったので、特にクランに入る必要もなかったし、人間関係がわずらわしかった真二郎はあまり前向きではなかった。あまりのしつこさに負けた感じで加入。案外居心地がよかったのでそのまま居着いてしまった。


「結局、完徹した~」

「寝ろよ!」

「そうもいかんだろ~。これで終わるんだからさ~」

「マオは終わったらSLO卒業するの?」

「う~ん、まだ決めてない~」

「とりあえず、これをクリアして、マオが完クリ&コンプするのを見せてくれ」

「おう~」

「そしたら寝てよね」

「了解です~。よしっ! 気合い入れてクリアするぞ~」


 両頬をパンと叩いて、真二郎は歩き出した。

 歩くといっても、実際にはその場にとどまっている。足元には足の動きに応じて動く床。ランニングマシンは前にしか進めないが、これは前後左右に自由に動ける。高機能だが、おかげでゲーム機本体よりも高いオプションだ。


「しっかし、NPCばっかだな」

「プレーヤーがいないね」

「こりゃいよいよサービス終了が近いな」


 過疎った道を歩きながら、真二郎はため息をついた。

 ステージは最終章。ラスボスが待つダンジョンというお決まりのシチュエーション。

 その割に風景は地味だ。普通、こういう場合、空は真っ暗で、とぐろを巻くような黒雲に稲光なんて風雲急を告げる演出があって、舞台は溶岩噴き出る灼熱の世界とか、空間がねじ曲がった異次元とか、色々工夫があるだろう。ところがSLOにはそんなものは一切ない。NPCも普通の会話しかしていない。

 試しに話しかけてみると、「ここはトナンの村ですよ」とか「今日はいい天気ですね」とかにこやかに応えてきて緊張感ゼロである。


 真二郎が左右に首を振ると、ニカワとこなもんが並んでいた。ニカワは黒いローブ。こなもんは白いローブ。黒魔術と白魔術ってのは他のゲームと共通だ。そして、真二郎は深紅のローブ。


 なぜパーティ3人とも魔術士なのかというと、SLOはその名のとおり、魔術士になりきってファンタジー世界での生活をおくるMMORPGだからだ。

 プレイヤーが魔術士だけというのが他とは決定的に違う。音声認識やモーション認識を生かして、正しい術式で魔術を詠唱し、動作を行わなければ魔術は発動しない。

 発売時のコピーは『これがリアルな魔術! 異世界ライフをマンキツせよ!』

 当時から対象絞り込みすぎだろという声もあったが、かつて大ヒットした大作RPGのクリエーターが製作ということで、発表時の期待値は高かった。ところが、ゲームハウスのワンマンオーナーが畑違いな投資に失敗。会社倒産の危機が報じられて、開発は中断。もうダメかと思われたが、投資してくれる会社が現れたのか、なんとか《ヴァルカン》発売と同時に目玉のひとつとしてリリースされた。


 一方、真二郎はその頃、人生を終えるかどうかと言う淵に追いつめられていた。簡単に言うと、苦労して就職した会社が超ブラックで、入社一年で死の淵をさまよったわけだ。一週間の勤務時間100時間、睡眠時間20時間とかざらで、最後の方では意識が朦朧として白いトラックに轢かれそうになった。

 そこでようやく我に返り、勤務実態とパワハラの証拠を集め、訴訟を起こし、1年後、未払い賃金と医療費、慰謝料を勝ち取った。その金で最初にやったのが、《ヴァルカン》とSLOを買うことだった。ついでにリハビリもできるし、なによりしばらく働く気力がわいてこなかったから、ゲーム三昧で過ごすのもいいかなと思ったわけだ。


 そんなわけで大枚はたいて一式買ったわけだが……。


 これが見事な地雷だった。


《ヴァルカン》自体はよく出来ていた。高いだけあってしっかり作ってある。プリインストールされたサンプルゲームも入門用としてはよく出来ている。

 問題は同時に買ったSLOだった。


 バグが多いなんてのは当たり前。運営の手際は輪をかけて悪い。

 そもそもゲームそのものの出来がいいとは言えなかった。

 話が単調。イベントが地味。盛り上がらない。細かな目標がない。

 例えば、普通、ヒロインやら女性キャラ助けたらイベントだろうというところでなにも起こらないのだ。


 検閲でエロと毒気抜かれたギャルゲーかよ!?


 ネットではそんな感想が多かった。


 その上、肝心の魔術のシステムが複雑で、それを覚えるまで戦闘が出来ない。序盤のスライムにすら勝てないのだ。いざ戦闘になっても正確な呪文とゼスチャーをしないと発動しないわけだから、スライムとにらみ合って延々呪文とジェスチャーを繰り返すというシュールな光景がお茶の間に出現した。

 無理ゲー、クソゲーと評価はだだ下がりで、案の定、発売からたった1ヶ月で過疎ってしまった。恐らく、開発を引き継いだ会社が素人に丸投げしたんじゃないかとまことしやかに囁かれたものだ。

 今や、残っているのは一握り。全サーバーで4桁いるかいないか。

 それでも、真二郎は命を削って得た金を投じたゲームをそう簡単に卒業するつもりはなかった。意地になってクリア、それもタダのクリアではなく、全パラメーターをコンプ――完クリすると決めたのだ。

 そして、ようやく最後のミッション、対魔王戦にたどり着いた。すでにレベルは999で、全パラメーターはカンスト済み。アイテムもエネミーもコンプ。残るは魔王のみ。


「お、来てる来てる」

「こばわー」


 残りのパーティメンバーが真二郎の背後から声をかけてくる。ルキアとメイちゃんだ。メイちゃんは高校生っぽい女の子だ。


「そろったかぁ? んじゃ、行くぞ~」


 僕はパーティに号令を放った。

 目指すは最終決戦!

 リハビリ目的で緩くやるをモットーにしている真二郎も、さすがに気合いが入ってきた。

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