後輩の秘密

 昼休憩中のオフィス。会社の同僚、先輩や上司はこぞって仕事によって減ったお腹を満たすためギラギラと太陽が照りつける中、外の世界へと旅立って行った。


「さぁて愛妻弁当食べるか!」


 私は誰もいないと思っているオフィスで大声を上げる。それからは私のお弁当をもぐもぐと食べる音とパソコンのファンの音しか聞こえなかった。


 ぐぬぬ……相変わらずお弁当がおいしい。大変結構なことです。何だこのおかずはどれもこれも凄すぎる。特になんだこの春巻きは、私はそれを箸に挟み目の前まで持ち上げまじまじと見つめる。なんだこれ綺麗すぎるでしょ。


 このままだと私……


 私はご飯を食べ終え、いつもは喫煙に向かうのだが今日は渡された飴で我慢することにした。


 それからというものはただ暇だった。誰もいないオフィス。むずむずする口元。このまま私は禁煙は成功するのだろうか。禁煙が成功して私は変われるのだろうか。暇な分そんな不安が頭に浮かんできた。


 しばらくたった後私は少し早めに仕事を再開した。オフィスにはちらほらと満足気に帰ってきた社員が見かけられる。その中には私が指導してる後輩がいて……


「あれ?先輩もしかしてボッチ飯ですか?」


 先輩に対して失礼な発言も恐れない奴が来た。


「えぇそうだけど何か用?」


 私はなるべくクールに、怒りを抑えながら返答した。引くつくこめかみを押さえながら。


「いや用は……」


「姫坂さーん。こっちの書類手伝ってくれるー」


「あ、仕事ができたみたいなので行きますね」


 上司から仕事を頼まれたと言って困った後輩の姫坂は用も言わずにトレードマークの橙色のサイドポニーを小刻みに揺らし、にこっと可愛い八重歯を覗かせながら行ってしまった。


 なんなのもう……仕事は凄いできるのに……


 私はまた一人黙々とデスクワークに向かっていった。


「姫坂さんありがとー助かったよ」


「いえいえ。このぐらい大したことないです」


 相変わらずの姫坂さんだ。みんなから好かれ、何でもできる。私はそんな何でもできる存在に嫉妬……いや違うな憧れがあるのかもしれない。ただ指導してる先輩と指導される後輩という立場。自ら悩みなんて言えるわけないか……


「本当に姫坂さんは何でもできるよねー」


 姫坂さんが先輩達に口々にほめらる。


「でも人間関係には弱いよね。特に恋愛とか不器用だしー」


 意外だった。姫坂さんは意外にそっち方面は不器用なのだろうか。少し彼女の好感度があがった。


「もういきますよ」


 姫坂さんは誰かに聞かれたくないかのようにすぐさまその場を離れていった。これはいいことを聞いた。ふふふ……意外に可愛いところがあるじゃない。


 私がデスクワークを始めもう二時間がたち時計の針が三時を回った頃。


 カタカタ……むずむず……カタカタ……むずむず


 あぁもう作業に集中できない。でもさすがに中毒というわけではないだろう。いやそうかもしれない。現に仕事に支障をきたすレベルなのだから……


 私は口元の寂しさを抑えるために飴玉を一つ口に放り投げた。黄色いレモン味の飴玉は酸っぱさのなかにチャームな甘さを残してる。私から見れば飴玉においてレモン味の酸っぱさは甘い味を引き立てるための物だと思う。そんなレモン味の飴玉に魅力を持った。なんだ意外に飴玉で誤魔化せるものなのね。


 私はまた作業に移る。大丈夫我慢できてる私は無我の境地に入る。カタカタカタカタ……今の私にはタイピング音しか聞こえない。


「せんぱーい。そろそろ定時ですよ」


「……」


「せんぱーい?」


 私の肩を叩いてくる。無視無視。何があって私にかまってくるか知らないが無視に限る。


「先輩!」


「うわっ!」


 私のキーボードを叩かれる。


「ちょ、何するのよ」


 私は仕事を邪魔された苛立ちから強めの口調で言い放つ。それにいくら仕事ができる人とはいえこいつは後輩だ。さすがにこの態度はないだろう。


「あ、あのすみません」


「は?すみません?私の事舐めてるの?そっちは仕事ができるからもう帰れるかもしれないどこちとら残業だわ!」


「あの、ほんとにすみません!」


 すると声を上げしゃくりながら泣き出した。目からはぼろぼろと涙が落ちてる。いや、はぁー?私が悪いことしたみたいになってるじゃない。てかいつも高慢的な姫坂が泣く?


「うぐっぐす……ひくっひくっ」


 俯きながら涙を我慢する姫坂さん。やばいこれは問題になってしまう。会社のエース的存在にこんなことしたと知れたら。


「あぁーもう。ちょっとこっちに来て。もう怒んないから」


 私は急いで姫坂さんの手を握る。そして誰もいないであろう会議室に向かった。


 バタン


 勢いよくドアが閉まる音がした。それからドアに寄りかかり一度息を整え心を落ち着かせる。


「ふぅー。とりあえず落ち着いて。それからごめんね。ちょっと強く言いすぎて……恥ずかしいけど私もっとクールな大人になりたいなんて思ってるのに」


 姫坂さんのさっきまで荒かった呼吸も今ではもう落ち着て……いやなかった。いやでも泣き止んでるし。


「大丈夫?」


「違います。先輩は十分かっこいい大人です」


 面と向かって言い放たれるその言葉はまるで魔法のようだった。自分の努力が認められる、そんな瞬間……!


「ま、まぁ私の方が仕事できますし。私がすぐに先輩の事追い越しちゃいますよ」


 少しだけ嬉しかった自分が恥ずかしく思えた。こんな奴かぁ。


「もういいわ。取り敢えずもう私に関わらないでよ」


 呆れ顔でため息をつきながら言い放つ。我ながら冷たい言い方だがこのぐらいした方がよいだろう。


「いやです」


 即答かよ。そんなに私のことバカにして楽しいか。いや楽しいのだろう。だが変わってやるからな。クールで人を引っ張るような大人に。


 私は仕事に戻ることにした。早く残業を終わらせて可愛い小春に会うんだ。おっと家の事考えたらテンション上がってきた。


「じゃ、あんたは帰んなさいよ。帰り道気を付けてね。あんたは可愛いんだから」


 私は姫坂さんに背を向けさっさと仕事に向かった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「か、かっこいい!やっぱり先輩大好き!もっと近づきたい。会議室に連れてこられたときはドキドキしちゃった」


 相変わらず恋愛方面には弱い姫坂さんだった。







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飴玉 雨宮夏姫 @rori_gentleman

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