最弱無才の魔道士、最強のネクロマンサーとなりて魔道学園の頂点を目指す

一夢 翔

第一話 才能ゼロの劣等生

「本日をもって退学……?」


 俺は、絶望とともに呟いた。

 ハルモニア魔道学園の理事長室。黒檀の執務机の前で高級なレザーチェアに腰掛けた理事長エルヴィスは、机の上で両手を組みながらもう一度はっきり告げた。


「一学年Fクラス在籍のレン=ユークニル君、君の退学処分が決まった。急で申し訳ないが、君には今日限りでこの学園を去ってもらう」


 到底理解できないその宣告に、俺は机に身を乗り出す勢いで思わず叫んだ。


「ちょ、ちょっと待ってください! 突然呼び出されたかと思ったら、いきなり退学処分なんて! 自分が何かしたんですか!?」


 エルヴィスは呆れ気味に鼻息を漏らし、机の上に一枚の紙を差し出す。


 筆記 科目     評定

    魔法文学   A

    魔術史    A

    魔法基礎理論 A

    魔法応用理論 A

    魔法理学   A

    魔法工学   A

 実技

    基礎魔法   F

    応用魔法   F

    七大魔法   F

    魔法スポーツ F


 所見 筆記テストは申し分ない成績ですが、対照的に実技のほうはこの学園が始まって以来の前代未聞の最低レベル。魔力がまともに使えないにもかかわらず、なぜこの学園に入学できたのか。もはや不正入学を疑うレベルの由々しき問題です。


「学園に入学してからの君の前期の成績表だ。筆記テストの成績は文句なしに素晴らしいが、それに比べて実技テストのこのあまりに壊滅的な成績はなんだね? どれも魔力が使えないことが原因による致命的なものじゃないか。魔道士を志しているにもかかわらず魔力がろくに使えないとは、一体何をしにこの学園に入ってきたのやら……」


 さすがに納得いかない言い分に、俺は声を荒げて反論した。


「ま、待ってください! 実技の成績が悪いから退学処分なんて、そんな話聞いたことありません! そもそも入学試験はちゃんと魔力が使えることを認められて、この学園に入ったじゃないですか! なんで自分だけこんな理不尽な仕打ちを受けなきゃならないんですか!」


 エルヴィスはやれやれといった様子で首を振る。


「レン君の父である元七帝魔道士しちていまどうしラディウス=ユークニル、と言えば君もわかるだろう?」


 七帝魔道士――このハルモニア魔道学園の位階の頂点に上り詰めた、偉大な魔道士だけに与えられる最高位の称号だ。全国の魔道学園での三年間の成績によって十年の世代ごとに最強の魔導士七人が選ばれ、その名誉として長い歴史を持つ魔道史に永遠に名が刻まれる。魔道士を志す者ならば、誰しもが目指す地位だ。


 だが、その言葉を聞いた俺は、エルヴィスが言わんとすることを全て察した。


「ラディウス魔道士は、ハルモニア学園が輩出した元七帝魔道士の一人だ。全国の魔道士の猛者たちが集まる《七帝魔道祭》では見事優勝を果たし、その規格外の強さから彼に憧れて魔道士を志した人間も決して少なくはない。そんな英雄の息子がまさか魔力もろくに使えないという馬鹿げた理由で、我が校の大事な看板に傷を付けたくないのだよ。少しでも悪い噂が広まらないうちに、君に学園を去ってもらうことが一番得策だと学園側で判断した。君さえいなくなればこの学園は救われる。これは致し方のないことなのだよ」


 歯に衣着せぬ物言いに、俺は奥歯を噛み締める。

 つまり自分の魔力が使えないというのはあくまで口実で、元七帝魔道士である父の名誉を損ないたくないために俺を学園から排除したいというわけだ。

 唇を噛む思いだった。英雄の血が繋がった子供というだけで、自分を退学させる正当な理由になどならないのに。


 エルヴィスは口元に底意地の悪い笑みを浮かべて言った。


「だが、私もそこまで鬼ではない。君に一つチャンスを与えよう」


 すると、とんでもないことを口にした。


「一週間後、同じ学年のDクラスの伯爵貴族であるロアン=ジーク君との試合で勝つことができれば、君の在籍を認めよう」


 あまりに無茶苦茶なその提案に、俺は思わず声を上げていた。


「Dクラスだって!? 自分より二つも上のクラスに勝てるわけないじゃないですか!」

「私は別にどちらでも構わんのだよ? 戦うも戦わないも全て君次第だ。無論、それ相応の評価はつけさせてもらうがね」


 有無を言わせぬ威圧に、俺は固く拳を握り締める。要するに最初から、こちらに選択の余地はないというわけだ。


「……わかりました。その試合、受けて立ちます」



     ◆ ◆ ◆



「――それで退学処分を受けたくなかったら、ジークとの試合に勝って実力を証明しろですって!?」


 少女の大声が、学園の中庭に盛大に反響する。

 彼女はベンチから立ち上がると、校舎のほうに足を向ける。


「そんなの無茶苦茶すぎるわ! 私が直接抗議しにいってあげる!」

「ちょ、ちょっと待て! そんなことしたらお前まで何言われるかわからないだろう!」


 俺は慌てて少女を引き止める。

 彼女はユーリ=アーティライト。俺と同じFクラスの生徒で、幼少期からずっと仲良しの幼馴染みだ。魔力が使えない俺のことが心配で、田舎の故郷から一緒にここ帝国ヴァナディールのハルモニア魔道学園に入ったのだ。

 さらさらの黒いショートカットの髪に際立った端整な顔立ち、くびれのある引き締まった体型に、学園指定のブラックブレザーとスカートを着用している。学園一の美貌の持ち主と言っても過言ではないほどの魅力と知性を兼ね備えており、男女問わず惹きつける人気がある。おまけに授業の成績もトップクラスと来たもんだ。これだけ非の打ち所のない人間はそうはいないだろう。


 ユーリは納得できないように怒りを露わにする。


「じゃあ一体どうするのよ!? このままじゃ本当に退学処分になるかもしれないのよ!?」

「まだ決まったわけじゃないし、やるだけやってみるさ」

「もう、なんでレンっていつもそんなに気楽なのよ!」

「気楽なところだけが俺の取り柄だからな」

「褒めてないわよ!」


 そう言ったものの、実際のところかなり絶望的な状況だった。Dクラスのジークといえば、今一年生の中でも勢いのある新進気鋭の伯爵貴族だ。別名《狂犬》とも呼ばれる悪名の持ち主で、これまで試合で対戦した相手は全員完膚無きまでに痛めつけてきたという。

 ジークは自分より下の弱者を虐げるのが大好きなようで、その横暴ぶりから平民の生徒たちからは酷く嫌われている。ひと月後に開催される《ハルモニア選抜大会》の入賞候補だとも期待されており、魔力もろくに使えない最下級のFクラスの自分が勝てる可能性など1%にも満たないだろう。


 俺はさりげなく平然を取り繕い、申し訳ない顔で謝る。


「悪いな、急に呼び出したりなんかして。子供の時からずっと世話になったお前にだけはどうしても伝えておきたかったんだ。俺がもし学園を去ることになったとしても、ユーリは何も気にしないでくれ」

「気にしないでくれって……。そんなの気にするに決まってるじゃない!」


 ユーリは本気で怒って反論する。


「学園に入る前に言ったでしょ? 何があってもずっと一緒だって。もしレンが退学するようなことがあるなら、その時は私も一緒に退学するわ!」

「なっ……何もお前がそんなことする必要はないだろう!」


 思わず声を上げると、俺は気まずく少女から視線を逸らし、ふて腐れて口を尖らせる。


「ユーリは俺と違って魔道士の才能があるんだから、このまま卒業すれば将来安泰だろう? 知ってるんだ。お前が入学試験でわざと点数を落として俺と同じFクラスに入ったこと。お前の実力なら本来エリートのBクラスには入れたはずだ」

「そ、それは……」


 ユーリは痛いところを突かれたように言葉に詰まる。

 わかりやすい反応を見せる彼女に、俺は神妙な面持ちで言葉を重ねる。


「だから俺がもし試合で負けたとしても、お前は退学なんかしないでくれ。去る時は俺一人で充分だ」


 そう言い、気持ちを切り替えてベンチから立ち上がる。


「さて、そろそろ行くよ。試合まで残り一週間しかないし。どうにか魔力をまともに使えるようにして、ジークに勝ってみせるよ」


 その時だった。


「――誰に勝つだってー?」


 不意に、近くから粗野な声が聞こえてくる。見ると、三人の男子生徒たちがこちらに歩いてくるところだった。


「昼間からずいぶんと楽しそうじゃねぇか」


 現れたのは、誰であろう今回退学処分を賭けた対戦相手であるDクラスの伯爵貴族ジークとその取り巻きたちだった。

 ジークは艶のない金髪のオールバックを逆立て、生理的に受け付けない切れ長に吊り上がった三白眼、全員優等生様用の白い制服を着崩している。いかにもガラの悪い雰囲気だ。


 俺はあからさまに不快な顔で応じる。


「……一体なんのようだ?」


 ジークは呆れたように肩をすくめる。


「おいおい、そうとぼけるなよな。お前の退学処分が決まったみてぇじゃねぇか。なんでも理由が、魔道士を目指してるにもかかわらず魔力がろくに使えない無能だから、とか。それに納得いかねぇから試合で実力を証明したいってことで、対戦相手が俺様に決まったみてぇじゃねぇか。だから俺様がじきじきに挨拶に来てやったんだよ」


 普段と変わらぬ横柄な態度に、俺は棘を含んだ声で聞き返す。


「……そんなことを言いにわざわざ来たのか?」


 ジークたちは互いに顔を見合わせると、こちらにいやらしいほどの醜悪な笑みを浮かべて言った。


「ユークニル〜、そもそもなんで俺がお前の対戦相手に選ばれたかわかるか〜?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺はハッとする。


「まさかお前……!」

「ヘッヘッヘ、そうだ。お前の退学申請をエルヴィス理事長に出したのは俺だ」


 ユーリがカッとなって声を上げていた。


「な、なんでそんなことするのよ!」


 ジークは忌々しげに吐き捨てた。


「ケッ、こいつの存在が気に食わねぇからだ。元七帝魔道士の息子だかなんだか知らねぇが魔力もろくに使えねぇゴミクズの非正規生イレギュラーのくせに、いつまでも学園に居座りやがって。あまりに見苦しいもんだから、正規生レギュラーの俺様が直々に試合で審判を下してやろうってわけだ」


 俺は苦々しく歯を食い縛る。

正規生レギュラー》と《非正規生イレギュラー》。その言葉は、俺の心に深く突き刺さる。

 レギュラーとは、貴族や王族などの上流階級の生徒たちを指す敬称だ。ジークたちがまさにそれで、優等の象徴であるレギュラーは白の制服を着用することになっている。対し、イレギュラーとは平民や位の低い生徒たちを指す蔑称だ。俺やユーリがこれに入り、劣等の存在のイレギュラーは黒の制服を着ている。どちらもこの学園で使われている呼称で、高貴な家柄の人間の血は上質な魔力を生み出すと古くから言い伝えられており、血統で優劣を決める《血位制けついせい》が採用されている。


 だが、血統で優遇されるレギュラーたちに対し、不満を抱いているイレギュラーたちも決して少なくはない。それも当然で、良家の人間の血は上質な魔力を生み出すというのは実際なんの根拠もなく、それはレギュラーとイレギュラーたちとの間に深い軋轢を生んでしまっている。そしてこのように、自分たちの地位を利用して下の人間たちを見下すこともこの学園では日常茶飯事というわけだ。


 ユーリは怒りに堪え兼ねて、ジークに激しく言い募る。


「ふ、ふざけないで! レンのことを何も知らないくせに! 彼が魔力を使えないのは――」

「――もういい、ユーリ」


 俺は諦観した声音で言う。


「魔力がろくに使えないのは紛れもない事実だ。どうせこのままだと遅かれ早かれ退学になるのは避けられなかった。自分が魔道士としての才能がないのは認める。だが、俺もお前の思うようにはならないぞ。試合で勝って必ずこの学園に残ってやる」


 ジークたちはにやりと口元を歪め、校舎のほうに踵を返す。


「残り一週間の学園生活をせいぜい楽しむんだな」


 ハッハッハ!! と馬鹿みたいに高笑いし、その場から去っていった。



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