結(1)

 八畳の畳部屋の中央にベッドが二つ。

 中にはふたりいて、ひとりがベッドに横たわっている。

 もうひとりはそのかたわらの椅子に座っている。

 長い白髪を小ぎれいに束ねた年老いた女性だ。



 ベッドの上には、頭から口の上まですっぽりゴーグルに覆われた、やせこけた老人が横たわる。

 ゴーグルから何本ものケーブルが伸び、ベッド脇の装置につながっている。

 装置のモニターに映っているのは、スグルが見ているのとまったく同じ光景だ。

 その中にはさらに装置とモニターが映り込み、無限に繰り返しが続く。



 薄く紅をひいた老婦人の口が開いた。

「おかえりなさい」

 サエコの声だ。

 スグルは混乱した。老婦人とサエコが同時に話しかけてきて、後ろからも前からも声が聞こえてくる。

 一体、何が起きているのか。



 ふと右を向くと、全身用の大きな鏡が掛かっている。

 映っているのは、宙に浮かぶ人の頭ほどの大きさの、白いドローンだ。

 本体から細長い二本のマニピュレータが伸び、左側のマニピュレータの関節から、布のバッグがぶら下がっている。



 おかしい。自分の姿が映るはずなのに。

 スグルは、見下ろして自分の手足をたしかめようとした。でも、どういうわけか、身体をねじっても、手足を動かしても、視野に入ってこない。



 右手を振り回すと、羽音のような駆動音が鳴っている。

 鏡の中でマニピュレータの四つの軸が組み合わさってぐりぐり回転する。



 老婦人が困ったようにつぶやく。

「今日は、まだもとに戻れないのかしら」

 ため息をつくと、ゆっくり言葉を区切り、老人の耳に向かってささやいた。

「もう寝る時間よ、シャットダウンするわ」

 スグルの耳元、こそばゆいほど近くで声が聞こえた。



 とたんに、まぶたの重さを感じた。

 身体のすべての関節が、きりきり痛みだす。

 腹のあたりがずんと重たい。

 足も自由に動かない。まるで何かに固められてしまったみたいだ。

 混乱したまま目を開く。



 焦点が合わない。さっきまでの鮮明な視界とは全然違う。

 あのドローンが、部屋の隅にある円形の台座へ降り立つのがぼんやりと見える。

 左を向くと、老婦人のほっとした顔がとびこんできた。

 スグルは気づいた。

 そうか。ベッドの上のあの老人が……自分だったんだ。



「よかった、戻って来て。つかれたでしょう、もう目をつむっていいわよ」

 サエコの声が聞こえるけれど、何だか遠い。

 うながされるまま、まぶたを閉じる。



 ようやく少しずつ思いだしてきた。

 しばらく前、少ない年金を貯めて、ゴーグルで視聴覚と連動し、ローターやマニピュレーターと手足の筋肉が直結する最新式のドローンを手に入れたんだった。 

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