スグルとサエコと廃墟と宝物の夏

安岐ルオウ

起(1)

 入道雲が西の方にむくむくと姿を現してきた。



 スグルは、もう今は動かない踏切から、砂利を敷いた線路に入りこむと、灼けたレールにひょいと乗った。

 左右の腕を横に伸ばしてバランスを取りながら、赤く錆びた鉄を踏む。

靴底を通して、足の裏に熱が伝わる。

 砂利の上に落ちていた木の棒切れを見つけると、拾い上げて振り回した。

 トンボの羽音が耳元で聞こえてきたので、追い払おうとさらに激しく振る。



「スグル、危ない。落ちて転ぶよ」

 真後ろからサエコの声がした。

スグルは思わず振り向いた。

 でも、サエコときたら、いつもスグルの後ろに回り込むので、どうやっても顔が見えない。

「落ちるわけないよ、おっと」

 スグルは、おどけて片足をあげて、バランスをくずしてみせた。



 しばらく黙って線路を歩くうち、ビルがまばらに並ぶ街が見えてきた。

 コンクリートの壁のいくつかは剥がれ落ち、窓ガラスが割れたり、カーテンが外れかけてぶら下がっている。

真横に立つ樹に押しのけられ、倒れそうになっているビルもある。

 中でもひときわ高い、山のようにそそり立つマンションが、入道雲にかぶさるように目の前に迫ってきた。



 あれが目的地だ。



 ひび割れたアスファルトからの照り返しが、じりじり空気を焼く。



 スグルは、シャッターが降りたままの店が並ぶ路を歩いて、ようやく、マンションの入り口にある、広いガラス張りの扉にたどりついた。



 この一帯には、もう人が住んでいない。一戸建てもマンションも、放置されたまま、だれも取りこわしたり建て直したりしない。

 それでスグルは、サエコと一緒に、毎日あちこちの廃屋を探検している。

 いけないことだとは思いつつ、とがめる人もいないし、どうしてもやめることができない。

 それどころか、日に日にたのしくなって、抜け出せなくなってしまった。



 こわれたドアや窓から足を踏み入れる瞬間は、なんともいえずワクワクするし、荒れ果ててしまった部屋を歩きまわると、くすぐったいような、哀しいような、切ないような気持ちがこみあげて、くらくら目まいがする。



 何かが部屋じゅうの空気にぎゅっと詰まっている。

でも、それが何なのか、スグルにはうまく言葉にすることができない。



 このマンションも、下の階から順番に攻めてきた。

 今日はいよいよ最上階の部屋を狙う。



 スグルは木の棒切れを投げ捨てた。

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