悲しい話

エリー.ファー

悲しい話

 私は自分のことを少しだけ大切にしようと思った。

 それは僅かばかりの気持ちの変化であり、そこから私自身を変えたいと願ったことで生まれた物語の破片だった。

 簡単なことだ。

 私は自分に満足していなかった。

 余りにも長くこの道を歩きすぎたのだ。同じ場所を回ることで世界を見つけ、その中で理解するということに退屈を感じてしまった。 

 ある日、私は自分のあるべき姿を見失いそうになった。

 しかし、それは自分の中にあった常識であり、壁であった。

 何事も大切にしてきたつもりが積もりに積もって今の自分を作っていることなど忘れそうになるほどであった。

 私は私の中にある固定観念というものを嫌悪しすぎたのである。私の中の経験たちが尊い答えを導き出したことを素晴らしいと感じられなくなっていたのである。


 悲しい思いをした。

 おそらく、一生分の悲しい思いをした。

 二度と体験したくないと思っていたのに、それは脳の中にしがみつき、何度も何度も払ったが落ちてはくれなかった。

 私にとって、それはとてつもなく大きな問題であり、今後の自分の生き方に影を落とすものであった。

 自分の体を、自分の意思で動かすことができないというような悲しさや、息苦しさ、それが一つになって自分を支配している。それが体を凍えさせるのである。

 友達に相談しようかとも思ったが、全く良くはならない。

 哀れだ。 

 余りに哀れなのだ。

 私は。

 私の友達に申し訳がないと思った。

 私がこんな存在であって、しかしそれでも関係を維持してくれているということに。

 悲しくなるのだ。

 心の底の方から確実に。

 悲しくなってくるのだ。


 喜ばしいことを探しに出かけたが、気が付けば悲しい物語に足を取られていた。

 自分が今どこにいて何をしているのかなど全く分からないまま、時間が過ぎていく。嘘をつかないように、振り向いて後悔ばかりをしないように生きてきたのに、気が付けばそこで死体になっていたのは自分だった。

 そして。

 立ち上がるのも自分だった。

 嫌な気持ちになったこともある。

 嫌な自分になったこともある。

 けれど。

 立ち上がらずにいつまでも寝ているような自分になったことはなかった。

 壁を乗り越えることなどしない。

 こんなもの壁でもなんでもない。

 足先で壊すのみである。

 指先で壊すのみである。

 立った一歩でまたぐのみである。

 これがここで生きるということなのだ。

 何もかも自分の知っているものではないけれど、この世界の中で静かに呼吸をしながら、冷静に生きていく。

 長いのだ。

 余りにも長いのだ。

 死体のまま生きていくには長い道のりなのだ。

 気が付けば、体には血が通い始め、骨が見えなくなり、肉も腐った色から変わり皮膚が艶やかになっている。

 死体のままでいられるわけもない。

 そこまで暇ではない。

 冷静に、ただひたすら冷静に。

 好きと嫌いを分けて。

 二度と振り返らぬように歩いていく。


 悲しい話がある。

 悲しい悲しいと共感を集めて傷の舐め合いをしていた者の中からまた一人どこかへと行ってしまった。

 不満はあるだろう。

 愚痴はあるだろう。

 その通りであると思う。

 しかし、確かにここに仲間はいたが、いつから仲間ではなくなり、他人へと変わった。

 これ以上に悲しい話はない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悲しい話 エリー.ファー @eri-far-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ