6月8日(月曜日)照れているの?


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 月曜日の朝。

 通勤電車に乗っていると、結衣花がいつもの調子で挨拶をしてきた。


 一見すると真面目な美少女に見えるが、フラットなテンションでエグイ言葉をぶちかます、とんでもない女子高生だ。

 

 こいつは必ず、通勤電車に乗っていると俺に話掛けてきて、恋愛話に誘導しようとしてくる。


 少しの雑談をした後、結衣花はおもむろに訊ねてきた。


「ねえ。後輩さんって可愛い?」

「しらん」

「他の人は可愛いって言ってる?」

「……言ってる奴もいるな」

「そっか~。お兄さんは後輩さんを可愛いと思っているんだ」

「話を微妙に改ざんするな」


 ……いつもこれだ。

 毎度のことだが、無理やりにでもそっちに話を持っていくつもりか。

 小賢しい奴め。


「でも可愛くないとは思ってないんでしょ?」

「……まあな」

「じゃあ、可愛いと思ってるんじゃん」

「解釈が反復横跳びしてるぞ」

「素直になれないってことは、やっぱり意識してるのかなぁ~?」


 結衣花は淡々と会話を進めながらも、ジリジリと恋愛の方向へ誘導しようとしていた。


 後輩は確かに女性的な魅力を持っているが、それと恋愛は別問題だ。

 どうもその辺りがわかっていない。

 しょせんは女子高生。

 大人の恋愛観というものを理解していないのだろう。


 ならばと、俺は口を開いた。


「その程度でいいなら、結衣花のことも可愛いと思うぞ」


 何気なく言った言葉だったが、結衣花は急に沈黙してじっと俺の顔を見る。


「どうした?」

「……別に」


 言葉の調子は変わりないが、唇が尖り気味だ。

 なにか変なことを言ったのだろうか。

 と、俺はひとつの可能性に気づいた。


「……もしかして照れてるのか?」

「……照れてないし」


 続けて俺は言う。


「え? 照れたのか? いつも生意気な結衣花が照れたのか?」

「て……照れてないから」


 さらに追撃を加える。


「恋愛話を振りまくっていた結衣花様が、まさか可愛いと言われただけで、照れてしまわれたのか?」

「照れるわけないじゃん」


 表情を必死に固めようとしている結衣花だが、唇がわずかに震えている。

 やっぱり照れているんだな。


 しかし、どんな時でもフラットな性格だと思っていたが、意外とおもしろい一面もある。


 まあ、こういう反応をしてくれた方が可愛げがあるというものだ。


 せっかくのチャンスだ。

 もう少し茶化してやろう。 


「そうだよな。年上に恋愛のアドバイスをするやつが、こんなことで照れるわけがないよな」


 すると結衣花はジト目をこちらに向けた。


「もしかしてお兄さん。私のことをからかってるつもり?」

「結衣花もからかってくるだろ」


 いじけたのかどうか、結衣花はスマホを取り出してメッセージを適当にスクロールし始めた。

 そして不満をこぼすように話し始める。


「女子高生をからかう大人ってどうかと思うなぁ」

「大人をからかう女子高生もどうかと思うぞ」

「それはセーフでしょ」


 何を馬鹿なことを……と思ったが、女子高生が大人をからかうのはそんなに変なことだろうかと疑問に思う。


 結衣花のようにからかってくる程度であれば、ふざけ合っているだけということで、アリなのかもしれない。


 一瞬迷ったが、そんなわけがないとかぶりを振る。


「……。いや、アウトだろ」


 すると結衣花はスマホを触るのをやめて、こっちを見た。

 わずかに目が笑っている。


「今『ちょっとアリかも』って考えたでしょ」

「マウント取り返しましたって顔すんな」


 勝利を伝えるように、結衣花は俺の腕を二回ムニった。


 おのれ……。

 こっちが優勢かと思っていたが、いつのまにか形勢逆転されてしまった。

 今日こそ俺が圧勝できると思ったのに。


 その時、結衣花が持っているスマホがバイブで震える。


「あ、先輩からLINE。すぐに終わるから待ってて」

「別に待つような話をしてないんだが」

「あとでゆっくり相手してあげるから、いじけちゃだめ」

「こ……、こい……つ……」


 結衣花は俺の言葉を無視して、素早くスマホを打ち始めた。

 リズミカルに文字を入力していく指さばきはさすが女子高生と言ったところか。


 改めて結衣花を見ると、派手さはないが整った顔立ちをしている。

 その上、ふくよかな胸をしているのだから男子から注目されているに違いない。


 しかし、癒し系かと言われれば微妙に違う気がする。

 お嬢様系でもギャル系でもない。

 かといってクールというわけでもない。

 地味といえば地味だが、暗いというわけでもない。


 良くも悪くも、結衣花は自然体なのだろう。


 LINEを打ち終わった結衣花は再び俺の方を見た。


「おまたせ」

「待ってない」

「どこまで話したっけ。 後輩さんをお持ち帰りするにはだよね?」

「俺の人格が疑われるような虚言はやめてくれ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

とても嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。(*'ワ'*)

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