6月5日(金曜日)むにっ、ぽふっ。


 翌日の朝。

 いつもの電車に乗っていると、ミディアムショートの女子高生が当たり前のように声を掛けてきた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花ゆいばな

「ちゃんと待ってるなんて、いい子いい子」

「待っていないし、俺は年上だ。子供扱いするな」


 すると結衣花は胸に手を当て、誇るように子顎を上げた。


「私。甘やかし上手なお姉さん属性だから」

「口を塞ぐぞ、女子高生」

「防犯ブザー、セットアップ」

「冗談だ。受け流してくれ」


 挨拶を終えた結衣花は俺の隣に移って、俺の腕を二回ムニッた。

 よっぽど気に入っているみたいだな。


「ところでどうだった? 後輩さんとは進展あり?」

「あるわけないだろ。食事して話をしただけだ」

「そっか。それでなぐさめて欲しくて私を待ってたんだ。元気出して」

「発想の飛躍がはなはだしくて怒る気が失せる」


 どうして女というのは、すぐに恋愛と結び付けたがるのだろうか。


 だが気になることもある。

 昨日、音水おとみずはどうして挙動不審な態度を取ったのだ。


 俺のトークは完璧だったはず。

 もしかすると、なにか見落としていることがあるのだろうか。


 だが、女の考えは理解できないことが多い。


 チラリと隣にいる女子高生を見た俺は、結衣花ならわかるかもしれないと考えてしまった。


 さて、どうやって切り出そうか。


「まぁ……あれだ……」

「相談?」

「違う。世間話だ」

「聞きましょう」


 いつもの平坦な口調で答える結衣花は、安定の上から目線。


 ちょっとムカつくが、まあいい。

 結衣花のこういう態度にも慣れてきた。


「女の様子がいつもと違う時、どうすればいいんだ?」

「……え? ……なにしたの?」


 呆れたように結衣花は声のトーンを落としてジト目になる。

 責められているような気分になりつつも、俺は会話を続けた。


「飯を食ってたんだ」

「それで?」

「落ち込んでるみたいだったので励ましたら……」

「ほうほう」

「叫び出した」

「わぉ、カオス」

「だよな」


 ありのままを伝えたのだが、さすがの結衣花も音水の行動はわからなかったようだ。


 前から音水は急に黙ったりする時があったから、そういう性格なのかもしれない。


 先輩として、しっかりとフォローしてやらないとな。


「でも食事して話を聞いてあげたんでしょ? お兄さんにとっては一歩前進じゃないかな」

「……そうか。……そうだよな。つまり俺は理想の先輩として完成されたというわけか」

「そこまでは言ってない」


 確かに思い返してみると、一週間前に抱えていた音水への苦手意識が薄くなっている。


 一緒に食事をしたから?

 いや……。どちらかというと、結衣花の生意気なトークに慣れてきた影響の方が大きい気がする。


 何はともあれ、隣にいる女子高生に感謝をしておくか。


「結衣花がアドバイスをしてくれたおかげだな」

「ありがとうは?」

「いちおう感謝はしている」


 ――ぽふっ。


 結衣花は頭を俺の肩にぶつけてきた。

 別に痛くはないのだが、おそらく素直になれという意思表示なのだろう。


 その動きに合わせて、ふわりと柔らかい香りが鼻孔をくすぐる。

 リンスなのか、香水なのか。

 男の俺には不思議としか言いようのない香りだ。


 同時に彼女を大切にしたいという強い感情が湧き起こり、戸惑いを覚えた。


 ……俺は何を思ったんだ。


 当然だが女子高生に恋愛感情なんて持つわけがない。

 だが、それでもここまで懐いてくれる女子に何も感じない男はいないだろう。


 じゃあ、俺が今感じた感情はなんなのだ。


「ねえ」


 結衣花は唐突に、別の話題を切り出してきた。


「もし私がお兄さんの後輩になったら、同じように必死になってくれる?」


 んんん? いきなり何を言い出すんだ。

 よくわからんが、うちの会社に入りたいってことか?

 そもそも結衣花に会社の業務内容を言ったことはないはずだが……。


 だとすれば、この質問からいつもの恋愛畑の話に持ち込むつもりだな。

 ここは、ほどほどの回答をしておかないと面倒くさい展開になる。


「必死になるかどうかは別にして。俺が教育係に着いたら、誰でもちゃんとサポートするぜ」


 ふっ、さすが俺。 理想的な模範解答じゃないか。

 しかし結衣花の質問は終わっていなかった。


「優しくしてくれる?」

「それなりにな」


 よし、完璧な受けごたえだ。

 問題はない。


「大切にしてくれる?」

「そりゃ、まぁ。そうだろ」


 やはり俺のトークは揺ぎなく完璧だ。

 以前、問題なし。


「甘やかしてくれる?」

「なんでだよ」


 仕事をするため入社するのに、どうして甘やかしてやらんといかんのだ。

 さすがにこの質問にはどう答えていいかわからん。

 いや。 そもそも、この質問がおかしいだろ。


 すると結衣花は、わざとらしくいじけてみせた。


「後輩さんはいいのに、私だとダメなんだ」

「その前に、俺は後輩を甘やかしたことはない」

「つーん」

「……あのな。擬態語を声に出すなら、もうちょっと感情を込めろよ」


 それから結衣花は全く話をしてくれなかった。


 意味不明のいじけ方をしやがって……。

 ただでさえ俺はコミュ力低めなんだから、どうしていいのかわかんねえんだよ。


 あー! もう! しょうがない!


「わかった、わかった。じゃあ、もし俺の後輩になったら、存分に甘やかしてやるよ」

「よろしい」


 満足気に納得する結衣花。

 安定の上から目線だ。


 そして結衣花は頭を俺の肩に、ぽふっとぶつけてきた。

 どうやら今回の『ぽふっ』は喜びだな。


 まったく。

 嬉しいなら素直に言えよ。



■――あとがき――■

フォロー・☆評価、本当にありがとうございます。

いつも元気を頂いております。


次回もよろしくおねがいします。(*'ワ'*)

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