04 プリンセス、肉まんに挑戦する

 右を見て。左を見て。


 渡った。


 コンビニと呼ばれた建物。


 さっきと同じ。勝手に開く扉。どういう仕組みなんだろうか。開かなかったら、ぶつかってしまいそう。


「うわあ」


 食べ物が。本が。たくさんある。


「コンビニ、やはり初めてですね?」


「ごめんなさい。ここにきたのも、本当に初めてで。よければ、何をする場所で、何をするのか、教えていただけないかしら?」


「どういう場所で、どういうことができると、思われますか?」


 食べ物。本。人が立っているところもある。


「市場、かしら」


「おっ、さすがですね。その通りです」


「やったっ」


 嬉しい。知らないことが知れる。それだけで、なんと楽しいのだろう。素晴らしい夢だ。


「私はここに、雑誌と軽食を買いに来ました。あなたは、店内を見て回ってみてください。ただし、ものには触らないように。ここにあるもの全てが、売り物なのですから」


「はい」


 走り出そうとして、優しく引き戻された。


「走ってはいけません」


「ごめんなさい。つい、うれしくて」


「そうですか。走るときは、外で、車が通っていない広い歩道などにしてください」


「車」


 そうか。あの走る箱は、馬の要らなくなった馬車か。


「わかりました。親切に、ありがとう」


 歩きながら、棚に並べられているものを見ていった。


 化粧品。これはわかる。同じ。口紅、チーク、アイシャドウ。これは、汚れ落とし、かしら。


 雑誌。


「あら」


 下着姿の女性や、上半身がむきだしの男性。大人向けの、戯画なのかも。


「開放的なのね」


「まあ、そうですね。あっ、この雑誌と同じようにしたらいけませんからね。これはあくまで、雑誌。市民の風俗とは別です」


「そうなの」


 服ぐらい脱いで開放的になりたいとは、思った。夢の中とはいえ、恥じらいは持った方がいいかもしれない。この男性のためにも。


 彼が、雑誌をひとつ手にとって。


 その後ろをついていった。人のいるところ。おそらくここが、貨幣と交換を行う場所。


「肉まんをふたつ」


 何か大きめの箱から、湯気をあげたものがふたつでてきた。あの箱は、温度を保つ仕組みなのかもしれない。


「電子キャッシュで」


 彼。さっきの箱を、大きな箱に押し当てる。なにか、楽しげな音。


「終わりました。外へ行きましょう」


「えっ」


「どうしました」


「まだ貨幣を払っていないわ。盗みになってしまう」


「ああ。これ。スマホというんですが」


「すまほ」


 発音がむずかしい。


「これのなかに、貨幣も入っているのです」


「あっ」


 さっきの楽しげな音。あのときに、貨幣が知らずに取引されたのか。


「すごい仕組みの箱なのね」


「ええ。仕組みは私もわかりかねますが、すごい仕組みです」


 扉。


 対峙する。


「もう少し近づかなければ、開きませんよ」


 彼が近づくと、扉が開いた。


「不思議」


「たしかに、不思議ですね」


 外。西陽が、どんどん下がっていっている。夜の気配。


「はい。どうぞ。熱いので注意してください」


 手渡される。白くて湯気をあげている、何か。


「これは?」


「肉まんです」


「にくまん」


「熱さに注意して、食べてみてください」


 彼。雑誌を開きながら、にくまんを、口に運ぶ。


「あっち。あちち」


 熱さを我慢しながら食べている。


 そんなに、熱いのに。なぜ食べるのか。冷めてからにすればいいのに。


 匂いを、かいでみる。米をふかしたときのような、感じ。おいしいかどうかは、分からない。


 思いきって、口に運ぶ。


「あち、あちち」


 熱くて、なかなか口に入らない。


「ちいさく、ちょっとずつどうぞ」


 彼が、近付いて。少しだけ、取り分けてくれた。


「ありがとう」


 口に運ぶ。


「お、おいしい」


「そうですか。よかったです」


「おいしいっ」


 口に運んで。


「あちち」


 熱い。


「やけどしないようにしてくださいね」


「おいしいです。ありがとう。もしかして、とても高貴な」


「いえ。庶民の食べ物ですね」


「すごい」


 おいしい。おいしい。


「おいしそうにお食べになりますね」


「あまりにおいしいので」


 食べ終わってしまった。


 彼の眺める雑誌。


 目に入った、戯画。


「あれ」


 見覚えがある。


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