プリンシア エイス

春嵐

01. プリンセス、現代日本に移動する

 アポネス国。


 全大陸の東端に位置するこの国は、全ての大陸を統括し政治と経済の中枢になっている。住んでいるのは、貴族のみ。アポネスにいることが貴族の証で、アポネス以外の大陸は、全て平民のすみか。


 舞踏会。今日もまた、貴族の集まり。


 毎日が、退屈すぎるほど、退屈だった。永遠に続くような、貴族のたしなみ。


 誰よりも高貴な生まれだった。国王ミッツ・ザーヌ103世の一人娘。いずれ、国を率いる女王になる。


 毎日が、貴族としての責務。そのすべて、媚を売り続ける貴族への対応。それだけ。そしてそれは、女王になってからも続く。


 せめて政治をすることができれば退屈も和らぐのに。国権の全ては執相が行っていて、王の血筋は介入できない。


 前の執相とは仲が良かった。中年の、気のいい貴族。政治よりも戯画や歴史、芸術を愛する貴族だった。たまたま政治を執り行う力も優れていたので、周りに推挙されいやいや執相となったと言っていた。一日のほとんどを戯画や歴史に使いたいというのが、口癖。


 似ている境遇だったのに。執相は、最近変わってしまった。いま、その中年貴族が何をしているのは、分からない。


 職務は、辞めることができる。でも、血筋は、王になる権利は、放棄することができなかった。


 国王である父親と、皇后である母親の仲はとてもよい。しかし、できた子どもは私だけだった。


 もうすぐ、十五になる。


 周りにはうまくごまかしていたが、本当は、二十。五才だけ、本当に些細な違いだけど、詐称している。


 詐称したのは八年前。知っているのは、皇后と前の執相だけ。私が王位につきたくないことを知っていた執相が、うまく皇后に説明して丸めこんだ。


 どうやって丸めこんだかは分からないけど、二言三言喋っただけで皇后は快諾していた。そして爆笑していた。王位に近づくと笑いかたさえも気品を保つものになるのだと、そのとき思った。ああは、なりたくない。


 十五になると、国王が決めた貴族と、私は結婚する。顔も見たことがない貴族と結婚するのが、ならわしだった。美男子を選ぶらしい。それも、気にくわなかった。生涯を添い遂げる相手を、選ぶことすらできない。


 今日も。また、貴族の集まり。


 いやになる。


「すこしだけ、休みます」


 自室に戻り、ベッドに横たわる。


 すこしだけ。本当に少しだけ。眠ろう。このまま目覚めなければいいのに。


 しかし、すぐ目覚めてしまった。


 ふわふわした感覚。


「あれ」


 ベッドの質が、なんか、違う。


 部屋。


 何か、違う。


 いや、何かどころではない。全てが違う。間取りもそうだが、なにより小さい。


「これは」


 夢、だろうか。小さな部屋。机。そしてこれは、なんだろう。とてもいい香りがする。お香かな。


「アロマオイル」


 心が落ち着く。


 小さな部屋。小さいということが、これほどまでに落ち着くとは。


 西陽が少しだけ、差している。窓。


 開けようとしたが、うまくいかない。何か不思議な取っ手がついていて、開けようと引っ張ると、下に降りてくる。戻らない。


 夢にしては、なにか、現実味がありすぎる。そう思いながら、窓と格闘した。太陽と景色が、見たい。でも、引っ張っても押しても、この仕切りのようなものが、開かない。


「あっ」


 どうやったか分からないけど、なぜか、仕切りが一斉に開いた。びっくりした。


「ああ」


 西陽に照らされる。


 これは。街なのか。高い建物と低い建物が、並んでいる。何か箱のようなものが、すごい速さで走っている。あれは、馬よりも速いかもしれない。


「すごい」


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