戦いはまだ、完全には終わってはいなかった

ニネヴェ定数

 人類が機神天國との戦いに敗れ、滅ぼされてから長い年月が過ぎ去った──撹拌かくはんされて白濁の海となったアムリタ海も乾燥した大地へと変わり、根を張ったセフィロトの機樹を中心に森が形成されていた。

 人類絶滅後に、機樹の力で誕生進化した新たな動植物たち。


 一つ目の複眼を頭部に持ち、森の枝から枝へと被膜で移動するトカゲの一種や、樹上生活に適応した陸タコの属種もいた。


 そんな森の中──何かから逃げる、獣人の子供と一緒に逃げる等身のクモ機神の姿があった。

 ジャガーの耳を生やした少女獣人と、一本の脚がもげたクモ機神は必死に森の中を逃げる。

 タンパク質から合成された人工少女、イヴ・アイン・狩摩の人工遺伝子を受け継ぐジャガー少女は、傷ついたクモの機神の子をいたわり気づかいながら逃げる。

「がんばって、もう少しで森を抜けられるから……ラグナロック平原に出れば、那美ナミ先生が……」

 獣人の少女と、クモ機神の子供を追っているのは、不気味な猟犬機神の群れだった。


 後ろ足が後ろ向きに付いていて、口は歯が生えた鳥のクチバシ。両目は眼球が抜け落ちたように眼孔がんこうの穴が開いている外骨格猟犬の姿をした機神だった。


 獣人少女と、クモ機神の子が追いつかれそうになった、その時──森の中を木々を傷つけないように炎の流れが走り、外骨格猟犬機神だけを一掃する。


 逃げるのをやめた獣人少女とクモ機神の頭上から、女性の声が聞こえてきた。

「大丈夫? ケガはない?」

「那美先生、ありがとう」

 獣人少女が見上げると、身長四十メートルの巨人機神『セフィロト・ムリエル』天津 那美あまつ なみの見下ろしている顔があった。

 巨大な布で鎧のような機神体を包んだ那美は、拳の炎で破壊した猟犬機神の残骸を眺め呟く。


「また、このタイプのデータ外機神……ミコト、ネフィリムが断片的に残してくれていた、予言メッセージの内容はなんて?」

 那美の機神体の中で、肉体は滅びて残留思念だけの存在になったブースターパートナー裾野すその ミコトの思念声が聞こえてきた。


《やっと、断片的なパズルだったネフィリムのメッセージが形になった……最近になって、あちらこちらに出没している謎の機神の正体は【魔猟犬機神・ショロトル】……本来は氷河の中で、永久に眠りについているはずの機神》

「それがどうして、今になって出現して?」

《おそらく、この星に接近した彗星の影響じゃないかな》


 ミコトの言葉に空を見上げる那美、天空には空を二分するほどの長さの尾を引いた妖星があった。

「あの妖星の影響だとして、どうしてショロトルが獣人や機神を襲うの?」

《本来の与えられていた目的を失ったから……バグが発生してしまったんだと思う》

「どんなバグが?」


 那美の胸の内部から、カチャカチャという音が響いてきた。

《ショロトルは、機神と人類の最終決戦で機神が人類の絶滅を失敗した時に現れて、人類を絶滅させる役割を与えられていた……でも、人類は機神の手で絶滅させられ。氷河の中から甦って目的を失ったショロトルは、自分たちで使命を書き換えた》


「どんな書き換えを?」

《『機神と獣人を排除して、再び世界を終わらせる』と……使命を書き換えたんじゃないかな》

 炎の拳を握りしめる那美。

「イブが残してくれた、獣人と機神が共存する新たな世界……絶対に終わらせはしない」


 那美は森から、ラグナロック平原へと巨体を移動させた。

 振り返って雲の上に届くほどに成長した、セフィロトの機樹に向かって那美は呟く。

「千穂、金華、由良……安心して、あなたたちが融合したセフィロトの機樹は、あたしが守る……機神の恐獣将軍マンティコア、あたしを見守って」


 那美は前方の平原を見つめる、甦って集結した大小サイズの、魔猟犬機神【ショロトル】の群れに向かって走る、セフィロト・ムリエルの天津 那美が叫ぶ。


「行くよぅ、ミコト! まだ、あたしたちの戦いは終わっていない!」


機神惑星セフィロト~完結~ 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

機神惑星セフィロト 楠本恵士 @67853-_-

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ