2:前日談

 後輩がうちの会社に入ってきたのは、4年前。

 初めて俺と後輩が会話したのはその1年後だから、3年前。

 初めてコーヒーを買って来させたのはその半年後だから、2年半前。

 初めてやったのは去年のクリスマスだから、ちょうど1年とちょっと前。

 後輩にコーヒーを買って来させた回数は、397回。

 毎回10円ちょろまかしているので、3970円。

「つまり、俺はお前に今3970円分の貸しがあるってわけ」

「要するに、今回のゴムは割り勘じゃなくて全部僕が出せってこと?」

「ゴムの値段ジャストになるまで長かったよマジで」

「うっざおっさんキモ」

「いいからはよ会計いけ」

「ッチ」

 後輩は舌打ちをして、レジへ向かっていく。


 なんだか機嫌を損ねてしまったようで、雑居ビルへの帰り道口をきいてくれなかった。

 いや、思い返せば相当大人げないし、普通に性格悪いし自分がやられたら殴り飛ばす自信がある。

 やっちまったかもしれねぇ……。

 俺の心境を知ってか知らずか、さっきまで明るかった空が急に曇ってきた。


 ザザァー


「やべぇ、ゲリラ豪雨だ!」

 突然の雨、俺らはビルまで走り出した。


 びしょ濡れになった上着を脱いで、エントランスで絞る。

「………」

「………」

 お互い何もしゃべることは無く、階段に向かった。

 雑居ビルのきつい階段を後輩がぐんぐん上っていく。

 俺はダラダラと上っていく。

 三十路になって、一気に体の衰えを実感する。

 いつかは、俺は後輩に置いて行かれるんだろう。

 このゴミみたいな雑居ビルに一人。

「……タバコ、やめようかな」

 いつか、あいつは俺を置いてどこかに飛んで行ってしまうだろう。

 だが、少しあがいてみようか。

 タバコを止めるなんて、ささやかすぎるけど。

 元からダサい俺には、身の丈に合ったちょうどいいあがきに思えた。


 オフィスに入ると、後輩がバスタオルを差し出してきた。

「ほら」

「お、おぉ。ありがと……」

 何だかんだ言って優しいやつだ、後輩は。

 俺は、そんなあいつについ甘えすぎているのかもしれない。

「シャワー、先入るよ」

「おう」

 後輩がシャワールームに入って行ったのを確認してから、俺は服を脱ぎ始めた。


「お、起きた」

 目を覚ますと、目の前に後輩の顔が、後頭部にはやわらかい感触があった。

 膝枕されていたようだった。

「……寝てたっぽいな」

「おはよう、もう夜だけど」

「そうか……、膝枕させてごめんな」

「別にいいよ、面白かったし。すごいよね、全裸で6時間は寝てたよ」

「えっ?」

 言われて俺は自分の体を見る。

 後輩の言う通り、俺は何も身に着けていない。

 つまり、俺は全裸で6時間も膝枕されていたのか?

「すまん、服着るわ」

「顔赤w」

「うるせ」

 顔が赤くなってることが自分でもわかるくらいに顔が熱い。

 俺は着替えを探しに自分のデスクまで行こうとした。

 その時。


「やらんの?」


 後輩がそう、問いかけてきた。

「………」

 答えは決まっている。

 ちょうど服も脱いでいるし。

 いや、言い訳じみたことはやめよう。

 俺は、あいつが好きだから。

 だから今。

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