第7話 温かい家族に温かいてのひら

 あれから時間が経っても、彼女との間に生じた気まずさが消えることはなかった。


 俺と一夜がリビングへと降りると、ついさっきふたりだけで話した机にはたくさんのおしゃれな料理が並び、全員が席につくと食事を五人で囲むにぎやかな食卓になった。それは、しばらく一人暮らしのぼっちメシが続いていた俺にとって、少し泣けてくるくらい温かい光景だった。


 リビングの四人がけの机に座り、カタカナのコの形を描くように左奥から時計回りに、青山母、青山父、俺、一夜、彼女と並ぶ。ちょうど、俺が長方形の右の短辺に付け加わるようにお邪魔する形となった。

 

 「いただきます」と手を合わせた時に俺は一夜の隣に座っていたが、それにいたるまでも大変だった。


 俺は彼女の隣に座るのが気まずいから、けるように右側へと椅子を運ぶと、彼女はその椅子を即座にうばい取り、彼女自身の隣へと置いた。


 そして彼女の隣に、一つ空席が生まれる。


 その空席の隣には青い髪を肩まで伸ばした彼女が、俯いたまま座っていて、隣の空席と俺を交互にチラチラと見ている。

 

 しかし、彼女にいくら座れとそれとなく伝えられても、その空席には恥ずかしすぎて座れない。だから、俺はそっと椅子を持ち上げ一夜の方へ運ぼうとすると、彼女はその椅子をギュッと抑え、まるで「もっていっちゃうの?」と言わんばかりに抗議の上目遣いで訴えかけてくる。


 こんな状態に困り果てた俺は、すかさず一夜へと助けを求めるように視線を送った。これまでを考えれば全く期待はできないが、それでも送らざるを得ない状況だった。


 俺の視線を受けた彼は椅子から立ち上がると、彼女の隣の空席へと手をかける。彼女はそんな一夜をうらみを込めた目でにらみ、空席を握る手に力を込める。


 そして、兄妹でのにらみ合いはいったん膠着こうちゃく状態となった。そこからのどうするのか疑問に思っていると、彼は悪びれもせずにどこかで聞いたような言葉を再び口にする。


「幸谷のどこがそんなにいいんだよ?」


 そう言ったとたん、彼女は真っ赤になった顔を隠すように手でおおい、机へと顔をうずめた。そして一夜は彼女から手が離れた椅子を取って「はい」と俺に渡してくれた。


「えぐいことするな……」


 俺が一夜の隣でささやくと「さっきの仕返しだよ」とけろりと言うので「大人げねえな」と返しながら、ちょっと心配そうに彼女を見た。


 その後、彼女との会話がないままに、机の料理はキレイに無くなっていく。

 

 その途中で、俺がずっと無言だった父親を気にしていると、父親をじっと見ていることに気づいたのか一夜が説明してくれた。


「お父さん気にしてる? 大丈夫だよ、それただのコミュ障だから」


 えっ、と思い右を振り向くとそのおじさんは頭を下げたので、俺も合わせて頭を下げた。すると、青山母からも補足が入った。


「いつもはこんな感じじゃなくて明るいのよ! でもお客さんが来るとこれだから、気にしなくていいからね。それよりも私たちの方が邪魔かしら?」


「いえいえ全然! 今回は一夜君と遊ぶために来たので、全然お構いなく」


 そういうと、左奥の彼女は頬を思いっきり膨らませて、プイッとよそを向いてしまう。それを見た青山母は手を伸ばして彼女のふくらんだ頬を両手で押しつぶす。


「こら、意地張らないの! ちゃんと素直に思いを伝えなきゃ」

 

 母がそう言うと娘は俯いて、ボソボソと呟いた。


「あとで、私と2人っきりで話して……」


 そんな恥ずかしそうに言われるとこっちも恥ずかしくなり、俺も「わかった……」と少し下を向きながら小さな声で言う。


「やっぱ詩乃の部屋に泊まって行きなさいよ。2人っきりになれるし一石二鳥でしょ」


 青山母が明るい声でとんでもないことを言うと、彼女は耳まで赤くして、母をポコポコと叩いた。


「お母さんのバカ!」


 青山母は怒る娘に対して凄くニヤニヤして、それをみて一夜も苦笑いしていた。それに、俺もつられて笑う。そして、家族に笑顔があふれるそんな良い雰囲気の中、ぼそっとつぶやきが聞こえた。


「詩乃を救ってくれてありがとう」

 

 聞いたことなかったその声は、少し低くて芯があって、それでも優しそうな声だった。その声に青山母は驚いていたが、すぐに柔らかな顔になり、うなずいてからゆっくりと言葉を口にする。


「あなたは否定するかもしれないけど詩乃があのままだったら、今の笑顔の私たちはなんてあり得なかったから、本当に感謝してるのよ」


 あたりを見渡すと、一夜も青山父も彼女だって優しく温かく頷いている。みんな同じ気持ちなんだと思う。


 俺がその言葉に俯いていると、ズズッと床と椅子の足が擦れる音がして、彼女が俺の方に近づいてきて、隣へと立つ。そして、彼女の透き通った温かい声音こわねが耳をくすぐる。


「これからもよろしくね」


 彼女は優しい笑顔で、片手を差し伸べる。

 俺がその手を握り、ふたりのてのひらが触れ合うと、彼女はより強く俺の手を包み込み、さらに笑顔が弾けた。


 その光景を彼女の家族は皆、頬を緩めながら見ていて、家族全体が温かい雰囲気で包まれていて、俺もその中にいた。だけど……




 彼女に握られた後の、俺の右手はやけに冷たくなっていた。

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