第3話 その後、江戸各所に散らばる影の一族の間者に

 その後、江戸各所に散らばる影の一族の間者に、玲愛の話した内容が伝えられ、玲愛が話したことは、黒船来航が実現して、真実と認められた。

 さらに、江戸城内の混乱を見た間者が思わず、玲愛の言った狂歌を口走ったため、江戸城下で、「泰平の眠りを覚ます上喜撰、たつた四杯で夜も眠れず」という狂歌が流行ることになったのだった。


 一方、玲愛は、未来を言い当てたことで、千里眼の女として、影の一族の長老宅での預かりとなった。

現代の便利な生活に慣れ親しんでいた玲愛は、衣食住に苦労しながらも、周りのみんなに可愛がられ、影の里で、一生懸命に生きていくことになった。


 さらに、黒船は、さんざん外国の軍事力を江戸幕府に見せつけた挙句、慌てる幕府に一年間の猶予を与え、一年後条約締結のために、また来ること約束して帰っていく。

 そこで、玲愛は、一年後に備えて奔走する幕府に対して、影の一族を通して、将軍家慶の死による国政の混乱を狙って、半年後、やってくることを予言する。

 しかし、幕府は、影の一族の忠告を聞かず、準備を怠り、半年後に来た黒船艦隊に大きく混乱した。


当時、老中首席だった阿部正弘は、事態を穏便にまとめる形で、日米和親条約を締結し、約二〇〇年間続いた江戸幕府の鎖国政策は終わりを告げた。

その後も、幕閣内の開国派や攘夷派の融和に奔走することを余儀なくされ、のちの安政の大獄や桜田門外の変など、この条約締結は政治的混乱を招くことになる。

 しかし、こうした中でも、正弘は勝海舟をはじめとする優秀な人材を登用して、海防の強化に努め、後に日本陸軍や長崎海軍伝習所、また東京大学の前身となる、講武所や長崎海軍伝習所、洋楽所などを創設した。また、西洋砲術の推進、大船建造の禁の緩和など「安政の改革」に取り組み一定の成果を上げた人物でもあった。


 だが、玲愛の千里眼による予言や影の一族の忠告を、全く聴かなかった幕府に、玲愛は失望する。

 もし、いままで気にしていた陰謀説が本当だったら、これから、外国からの日本の政治を混乱に落とし入れようとする揺さぶりが激しくなる。このように、日本が、情報を収集せず、座していれば、外国からの揺さぶりに対して、全ては後手に回り、意図せず、外国の傀儡(かいらい)政権ができあがってしまう。

すでに、幕府は後継者争いから、家茂派と慶喜派に分かれ、玲愛の知る歴史通りに進んでいる。

 安政の大獄や桜田門外の変など、次から次へと玲愛は、政治における大事小事を予言して当てる。そのことで、影の一族は、様々なところで重宝がられ、雇い主から重用されるようになり、玲愛は影の一族の中では、貴重な存在になり、いつしか姫と呼ばれるようになっていった。

しかし、影の一族の雇い主は、これから起こることに対して、どちらに付く方が得かとか、どうすれば、それを利用して大儲けが出来るかしか考えていないので、結局は、自分の保身しか考えていない。

とても、外国の脅威をどうにかするかなど考える人が、周りにはいない。


いずれ、幕府の後継者争いの二派に分かれるうねりは、さらに大きなうねりとなり、天皇と江戸幕府が、尊王派と倒幕派、攘夷派と開国派と、国を二分して争い、明治維新という革命が起こる。

江戸幕府のように、どこかの企業のトップ争いからくる派閥争いなら、そう問題視こともない。それを飯のタネにするのも周りの企業なら当然だ。

しかし、玲愛の知っている陰謀説は違う。攘夷という一つの目的を持って協力しようとする二派を、外部が自分の利益のために仲違いさせる。しかも、一国の未来が賭かっている場面に。



玲愛はそのことを影の一族の長に話す。

「長、もし、今、流れている歴史が誰かの手の上で踊らされているとしたら、歴史を変えるにはどうしたらよいでしょう」

「玲愛、それは、玲愛がこれから起こることを全て知っていて、そのことが起こると何か大変なことが起こるということか? 」

「そうですね。いずれ、日本に内乱が起こります」

「なんと、こんな時勢にか? 」

「そうなんです。外国の脅威があるのに、国内で争うことになるんです」

「その争いは、お互いに背後が居るな。その背後は、おそらく外国勢力だろうな」

「長もそう考えますか? 」

「当たり前だろう。商売柄、日の当たらない裏を、ずーっと歩いてきた一族だ。過去に何度も、そんな時代を観てきたからなあ」

「それなら! 」

「玲愛、わしたちは、あくまで影の一族だ。表に出ることもなければ、歴史に関与したとしても、雇い主のために関与するだけだ」

「長、その歴史は未来に繋がっているんです。日本という国が、今持っている精神や文化が上書きされて、空っぽになって存続し続けるとしたら……」

「玲愛、わしたちでは、外国には対抗できん。鎖国中といえ、わしたちには多少は情報が入ってくる。外国は、軍事力も諜報力や情報操作をひっくるめた情報戦もけた違いに強力だ。もし、日本の中で彼らに対抗出来るとすれば、神魂(かもす)一族だけだな」

「神魂一族? 聞いたことも見たこともありません。歴史上に存在するんですか?」

「さあ、実在するかどうかはわからん。わしらも直接、会ったことはない。出雲の人里離れた秘境の地に、ひっそりと暮らしているらしい。彼らは、神代の技術を用い、「その技、竜神がごとし、ただし、門外に出ることかなわず」と噂されている」

「神代の技術。宙船(そらふね)とかヒイロガネとかですかね。何かロマンのある一族ですね。でも、そんな神話の出来事が本当に在ったとは思えません」

「絵空事とばかりも言えんのだ」

「それは、どういうことでしょう?」

「まあ、わしらの伝聞にも、神がかったとしか思えん出来事が多々あるのだ。玲愛の言うことが本当なら、神の国と言われる日本を守るために、彼らもまた、立ち上がるかもしれんな。なにせ、彼らは日本の守り神と言われているからな」

「長、それなら、影の一族全員に神魂一族に全面的に協力するようにお触れを出してください。そして、もし接触出来たら、影の一族は、彼らの下に付き、彼らの行動を補佐するように」


「神魂一族、彼らが、接触しようとする我々を生かしてくれればいいのだが……。

玲愛、お前は、すでにこの里で姫と呼ばれる身分なのだぞ。お前の考えで、この一族を動かせばよい」

「それほど危険な事なのに……。長、ありがとうございます」


 玲愛は、日本中に潜む影の一族にお触れを出す。

 もし、神魂一族が、国際秘密結社の陰謀に気が付けば、必ず彼らは動く。私の話を聞いてくれれば……。玲愛の胸は希望に踊った。


 この希望は、日本の国を国際秘密結社から守ることが出来るかもしれないという希望なのか、はたまた、自分が生まれ育った時代が、変わるかもしれないという希望なのかは、本人でさえ分からなかった。


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