第11話 大量の缶詰を売ろう!

「高いんだな~……」

「というか、やっぱり敷金ですよね~」


 不動産屋でオフィスを探した結論としては、俺たちのようなわけのわからん後ろ盾のないやつは最低でも150日分の敷金を用意しないと貸せないということだった。プァンピーがここと見込んだオフィスは一日で約10ランチ。敷金としての初期費用として1500回昼飯が食えるくらいの金額、つまり現代の日本円の価値に換算すれば150万円ほどのお金が必要となる。


「地道にやってても難しいな~」

「そうですかね~」


 二人して肩を落として歩く。甲斐性がないと情けなくなるのはどこの世界でも同じらしい。


「おっきなクライアントがいないかな~」


 ぼやきです。おっきなクライアントってのはいてもコンタクトできないものです。

 でも、やっぱり大口の顧客がいるかどうか。それが極めて重要なのです。


「あそこにいますよ」


 肩越しに親指をくいっと向けるプァンピー。指の先は城。


「城って。無理でしょ、国は」

「国じゃないですよ。町です。いるのは領主。この町を治めている我が王国のお姫様ですよ」


 領主。いいね。ファンタジーっぽい。町長だとテンションあがんない。しかも姫。いいですね。でも俺は選ばれし勇者じゃないし、姫様に召喚されたわけでもないのよ。だとしても、ここが異世界であるなら。

 俺だって恩恵があるような気がしなくもない。


「行ってみるか」

「え!? ええ!?」


 広告や販促において意外と地方自治体の仕事は多い。しかし、お役所というところはふらりと立ち寄った個人に仕事を発注したりはしない。地元で長くやってる企業に依頼するものだ……。


「多分、駄目だけど……」

「え~」


 肩を落としたまま、とぼとぼと向かう。情けないが、これでも夢を追っているんだぞ。城の前に到着しても、門番の前で俺は直立不動だ。


「プァンピー、よろしく」

「丸投げですか!?」

「俺はそれしか出来ない駄目な男なんだ」

「なんか……そういうの嬉しい感じ……行ってきます!」


 プァンピーはほっとくと駄目な男に貢いでしまいそうだ。心配。

 ぼんやりと駄目な男に騙されるシナリオを考えていると、早足で戻ってきた。


「困ってる人は見つけました!」

「よし! とりあえずよし!」


 困ってる理由のほとんどは俺にはどうにもならないと思うが、中には入れれば何か見つかるんじゃないかな。たぶん。きっと。おそらく。


「こっちです、こっち」


 ふんふんと鼻息荒く、意気揚々としているプァンピーの後ろで、俺は不安にかられながら歩いていた。なんでそんな自信あるの。魔法がある世界でどうにもならない悩みなんて、俺なんかにどうにかなるのか。


「なんだ。お前がサイキョーの何でも出来るスーパーカッコいいヒトか」


 将校らしき若くともぴっしりとした軍服の男から値踏みするように視線をねめつけられる。

 どんな説明をしたのか。

 プァンピーの方を向く。


「ボス! 自信を持って!」


 はー。ため息しか出ないが、なんかちょっとうれしくもある。不思議な感覚。なんにせよ俺はプァンピーに文句を言える筋合いではない。


「とりあえず話を聞かせてもらえますか」

「そうか。彼女が言うように、なんとかしてもらえるなら助かる」


 軍人らしくピシーっとした背筋、きびきびとした歩き方の彼についていくと、だだっぴろい倉庫に到着した。彼の後ろ姿は、黒い革の軍靴、緑の軍服、紅いマント。俺の何百倍もスーパーカッコよかった。


「これだ」

「これ?」


 それは体育館くらいの倉庫に大量に積まれた缶詰だった。


「缶詰ですか」

「そうだ。戦争時に兵士が食べるためのパンの缶詰だ。見ての通り余っている」


 これも戦争が終わった弊害なのか。ものすごい量の缶詰だった。やや大きい銀色の四角い缶詰。パッケージらしきものは無く、缶の蓋部分には紋章のようなシールが貼られていた。この国のものだろうか。


「要するにこれを売却したいと」

「そうだ。しかし、まったく売れないので小売店から発注が来ない」


 缶詰というよく知ったものを目の前にしたからか若干、平常心が戻ってきた。缶詰なんて他の商品に比べたら扱いやすいだろう。実際、消費期限が三年もある缶詰は、他の商品と違って滅多に割引処理されない。


「なんで売れないんでしょうか」

「まぁ、缶詰のパンだからな」


 ふむ。確かにそんなもん日本では売れなさそうだが、この世界ではどうなのかさっぱりわからない。プァンピーにこっそり小さな声で話す。


「缶詰のパンって普通に食うの?」

「朝ごはんで食べる人はいますね。食べやすいですから」


 ふーん。まさに日本人にとってのパンだな。


「じゃあ、なんで売れないんだろ」

「兵士が従軍するときの食料が美味しそう、ということもないですし……ほら、この国の軍旗のマークがバッチリです」


 シールに印刷されているのは軍のものだったようだ。剣とか弓とかはなく、炎と龍のような生き物のマークだ。俺には野球チームのものに見える。

 しかし、確かに兵隊が食べるものが美味いとは思わない……。海軍カレーみたいに実は美味しいみたいなことがある程度知られているならまだしも。


「でも、つまりマズイってことなんですかね」


 要するに兵士向けだから、マズくて売れない。そういう商品を無理やり売るのはさすがに抵抗があった。とくに真面目に美味しいパンを作っている相手に対してだ。


「マズくはないが、うまくもない。なにせ兵糧だからな。食ってみろ」


 男がコキコキとオープナーを使って缶詰を開ける。ぱかんと手で開けられない缶詰に少し懐かしさを覚える。缶詰にしてはサイズは大きい。スーパーで売っている六枚切りとか八枚切りとかの食パンのサイズだ。


「ほら」

「どうも」


 缶の中身を指で摘んで、一口かじった。見た目はカステラに近い。


「んー」


 まぁマズくはないかな、という感じ。甘くなくてバサバサしているカステラというところか。決して食べたいものではない。まさに戦争中の栄養補給なら納得というか、固くないだけで避難時の乾パンのようなものだ。チョコ味とかチーズ味ならよかったのに。また、兵隊向けだから量が多い。


「これを売りたいわけですかー」


 そう言って目をぎゅーっとしたプァンピーに、こっそり耳打ちをする。


「難しいのか」

「だって、せっかく戦争が終わったのに、戦争っぽさ満載じゃないですか。シリアルのほうがマシです」


 戦争を思い起こさせる缶詰パンよりもコーンフレークみたいなものの方が良いということらしい。なるほどな。


「でも缶詰パン食べる人もいるんだろ」

「その人たちはすでにお気に入りの缶詰パンがあるでしょうし……よっぽどのことがなければ、いつもと違うもの買わないですよ。ましてや軍のマーク入り。しかもこの量ですからね。自分だけじゃなくて家族で食べることになるなら、なおさら無難なものを買います」


 なるほど。それもそうだ。

 新商品でもないのに、わざわざいつもと違うものに手を出すには理由がいる。

 そして美味しいことは期待できないことがわざわざプリントされている。そりゃ売れないですね。シール全部剥がそうか。いや、それは消費者を騙すことになる。

 それにしてもプァンピーの分析力はなかなかのものだ。消費者の気持ちがよくわかっている。


「安く売る、というわけにはいかないんですよね」


 一応、聞いておく。


「市場価格に比べればすでに十分安くしている。小売店の利益は下げられないし、多少値段を下げても売れないことがわかっている」


 それもそうだ。大体食べ物が異常に安く売っていたら、かえって怖くて買えない。俺も安すぎる謎のカップ麺を買ったことがない。いつものやつでいいやとなるからだ。


「このまま倉庫を無駄に専有する負の遺産なら、捨てるしかない。しかし、これらは我が領民が作った食料だ。なんとかして正しく使われて欲しい。現状、様々な小売店で販売されているから無料で配布することもできない」


 俺だって日本生まれだ。食い物が廃棄されるのは我慢ならない。お茶碗に米粒ひとつ残さずに食べろと言われて育ったからな。

 各所の小売店で販売されている以上、タダでは配れないというのも当然だ。彼らの商売を邪魔することになってしまう。

 やはりなんとかして売るべきだろう。


「どうだ? なんとかなるか?」


 なんとかなるだろうか。

 どういうものか知られていない、なら宣伝という方法があるわけだが、缶詰パン自体はありふれた商品であり、ましてやこの商品はよくない印象で知られている状況だ。

 そして実は旨いということなら試食という手段があるが、こいつは無理。

 食品ならレシピ開発する手もあるが、正直こいつを美味しく食べる方法を生み出して認知させるには時間がかかりすぎる。蜂蜜とかに浸せばうまく食べられる気はするが、そんなに簡単であればとっくにみんなそうして食べているだろう。

 基本的には朝食べるものだから、もちろん月が出てようが出てまいが関係なし。

 値段はすでに安いからクーポンも効果は薄い。

 取り立てて言うことがないから幟などのPOPもやりようがない。


「ちょっと考えさせてください」

「まぁ、そうだろうな。さんざん色々やってみたがどうにもならない」


 突然やってきたサイキョーの何でも出来るスーパーカッコいいヒトなんかには、そこまで期待していないのだろう。俺が彼の立場だったら、まともに相談する気にもならない。藁にもすがる気持ちなのかもしれない。


「他に余ってるものって無いんですか」


 もっと売りやすいものがあるかもしれないので聞いてみる。


「ある」


 将校……本当に将校かどうかは知らないが、エリート感のある軍人さんが案内したのは食堂の裏口だった。


「食器が余っている」


 大量の器。大量の皿。そしてジョッキ。棚にずらーっと並んでいる。おそらくはシチューやスープのような汁物をよそう器。そしてソテーやポワレのような焼き物や炒めものなどをよそう皿。シードルやワインを注ぐジョッキである。なお、例えとしてヨーロッパっぽい言い方をしたが、実際に食べられている料理は東南アジアに近い。


「これを?」

「訓練している兵士がいなくなった。カトラリーは各自持参なので持って帰ったが、食器は共用のため残っている」


 カトラリーは持参か。箸は自分用みたいなことかな。確かに定食屋でもほとんど手と先割れスプーンだけで食べるやつもいれば、ナイフとフォークと2つのスプーンを使い分けるやつもいた。統一しかねるのだろう。なお、箸は存在しない。


「どれだけあるんですか」

「それぞれ3000名分ほどある」


 3000セットか。こちらも量は十分あるから、これを売っても儲かりそうだ。


「まあ腐るわけでもないし、倉庫を圧迫しているわけでもないからな。こっちはのんびりと注文を待ってもいいが、いまのところ10日で1枚のペースだ。全部無くなるのはいつになることやら」


 この世界に来てから、食器はガラスなんかの壊れるタイプのものは見たことがない。みんな食器を買うことはあまりなさそうだ。この食器も軽くて丈夫そうなプラスチックみたいな材質だ。本当は木なのか石なのか。


「でも、この食器いいですね。同じデザインになってる。欲しいな~」


 プァンピーは皿を見ながら、目を輝かせている。食器の見た目はすべてウッディな焦げ茶色であり、極めてシンプルだ。取り当てて特徴など見当たらない。


「同じデザインって、どういうこと?」

「器は器職人、皿は皿職人、ジョッキはジョッキ職人が作りますからね。普通は全然別のデザインなんです。この食器セットだと食卓がおしゃれですよね」


 なるほど。言われてみれば、食堂の食器はシッチャカメッチャカだった。別に気にしなかったが。プァンピーが日本に来たら、ぜひ無印なお店に連れていきたい。


「おしゃれか。その発想はなかったな。それぞれの工房に大量注文する際に同じようにオーダーしたのだろう。軍隊は統一されているものを好む」


 将校さん、解説ありがとうございます。

 しかし、そうか……パンと皿か……。


「あの、食器セットを全部買ったらいくらになりますか」

「ん? 全部? まとめてだったら……」

「あ、俺が聞いてもわからないんで。缶詰の数と、それを全部売ったときの報酬と、食器セットの値段をプァンピーに伝えてください」

「はあ。なんか情けない奴だな」


 ほっといてくれ。

 俺は腕組みをして待つ。

 プァンピー以外と話すと数字がわけわからないんだ。推測だが、そもそも10進法じゃない数え方をするものも結構あるっぽい。例えばアメリカで距離を1マイルとかガソリンを1ガロンとかで数えることがあるだろう。あれを強引に俺の知ってる単位で翻訳してるからか、やたらわかりにくいことになる。

 そもそも俺にとってそういう計算は表計算ソフトがやってくれるものであり、電卓もなしでやってられない。

 プァンピーは身振り手振りも交えつつ、懸命に話をしてくれている。応援する気持ちでじっと見ていると、とててと小走りで駆け寄ってきた。


「ボス、パンが全部売れたら報酬は4000ランチです。食器セットは一度に買うなら3000ランチにしてくれるということでした」


 ふうむ、差し引き1000ランチか……


「缶詰の数量は正式にはわかっていなくて、39000以上、40000は無いはずだと」


 なるほど、一応40000扱いにして報酬を0.1ランチにしてくれたのだろう。食器セットも1つ1ランチでいいと。普通に考えて俺にとってそんなわかりやすくなるわけがないので、プァンピーがうまいこと交渉してくれているのだ。将校を見ると、やれやれまいったな、みたいなリアクションしているし、やはり恥ずかしげもなく任せるべき。

 うーん……40000缶なら2000セットあればいいな。


「プァンピー、すまないが3000は買えないから、2000人分の食器セットを2000ランチで買えるよう交渉してくれないか。それなら差し引き2000ランチで敷金が用意できる」

「ええっ?! 差し引きってことは売るためじゃなく!? 2000人分の食器セットを買うんですか!? 確かに欲しいとは言いましたけど、そんなにいりませんよ~」

「あとこの町で缶詰を販売している小売店の数と場所を全部確認してくれ。その後、小売店の数だけ紙を用意してマホッチの所に行って欲しい。俺はクライアントに今回の企画を説明してから行く」

「んもー! 先に私に教えてくださいよ~」


 俺は将校に企画内容を説明し、契約内容を合意させ、許可をとった。終始驚いた表情だったが、ちゃんと理解してもらえた。


「しかしすごいことを考えるな、君は」

「いえ、ちょっとひらめいただけです」

「うまくいくことを願っているよ」


 丁寧にお礼を言ってから、食器を1セットだけ持ち、マホッチの所へ。

 食器セットの利用シーンを撮影し、ポスターを50枚刷った。マホッチはまったく同じ内容であれば、同時に63枚まで印刷できるらしい。やっぱり数字のキリが悪い。

 それにしてもカメラマンの腕が良すぎる。皿に載せた缶詰パンが、美味しそうに見えるのだ。魔法でライティングやレタッチも行えるらしい。すげー。脳内にマック入ってるよ。


「マホッチ、さすがだッチ」

「それはやめろというに……まー、本気で褒めてるっぽいからいいけどの~。こんなこと思いつくお前さんの方がよっぽどじゃ」


 本気で褒めている。マホッチはマジで凄い。俺が適当にこんな感じでーって書いたレイアウトと、適当にディレクションしただけで完璧な仕事をしてくれた。


「プァンピー、費用は100ランチでいいか聞いてくれ」

「そんなに払うんですか!? 1時間もかかってないのに」


 撮影とデザインと印刷を10万円でやってくれる業者なんて無い。激安だ。時間は関係ない。むしろ仕事が早いことを称賛するべきだ。


「マホッチは特別な存在だ。ちゃんとした額を払っておきたい」

「仕事上、仕事上特別な存在。ですよね」

「もちろんそうだ」

「ほっ」

「まぁ、プァンピーの方がもっと仕事上特別だけどね」

「……なんだろうこの複雑な思い」


 なんか嫉妬してるのかと思ったのでフォローしたのに。大喜びするかと思ったけどな……異世界人の気持ちはわからんな……。

 プァンピーは複数の貨幣を数枚支払っている。あれが100ランチだと言われてもさっぱりわからない。本当に助かる。実は5000ランチでしたと言われてもそうなんだと思うしかない。特別すぎる存在だ。プァンピーがいないと生きていけない。


「おお~、こんなに貰えるのかの~」

「今後ともよろしく頼みます」

「うむ。いつでも最優先じゃ」

「よし、プァンピー。これを貼りに行こう」

「らじゃーです!」


 ――2日後。

 早くも城内に作った俺とプァンピーの二人だけのキャンペーン事務局は大忙しになっていた。


「まさか直接取りに来る人がこんなにいるとは……」

「やっぱり無くなっちゃうとか嘘じゃないかとか思ってるんですよ~」

「もれなくプレゼントって、ポスターに書いてもらったはずだよね?」

「信じられないのも無理ないですって……」


 俺がやったことは日本では非常にありふれた販促施策。セールスプロモーションの王道中の王道。

 プレミアムキャンペーンだ。いわゆる景品が貰えるタイプのもの。

 スーパーによく置いてある、ハガキにシールを貼って応募すれば景品が届く。あれのことです。

 抽選もあるが、今回はもれなく貰えるタイプにした。その代わりに、一口は20枚のシールが必要だ。

 今回のはまさに思いつきだった。だってパンと皿があったから。すぐにピーンと来た。

 日本で一番有名かもしれないプレミアムキャンペーン。そう、春のパン祭りだ。食パンの袋についているシールを集めたら、白い皿が貰えるアレ。

 毎朝食べるタイプの食品であれば、1家族で20の購入はあり得る。どうせ毎朝食事を摂るのだから、せっかくなら何か貰える方がお得。そう考えるだろう。

 毎年行われるくらい好評なそれは、異世界でも有効ではないかと思ったわけだが……。


「わ~、本当に貰えたよ~」

「すげえ、もう20缶買っちまうか~」

「家族全員分欲しいわ、この食器セット」


 城までであれば、郵便もすぐに届くと聞いていたので、ポスターには封筒にシールを20枚入れて送ってくれれば宅配便で景品を送りますと書いてあるのだが、直接城まで取りに来る消費者が結構いるのだ。この町の通勤用乗り合い自動車の降車ポイントにも当然城は含まれているので、交通の便がいいこともある。

 また、この町は一番遠い家でも城まで歩くことは可能な大きさだし、食器セットはそこまで重くもない。

 プァンピーが言うように、もれなくプレゼントを信じてない人がいることもあるが、郵便はともかく宅配便は非常に遅いらしく、待ちきれないということもあるらしい。

 こちらとしても宅配便の代金が浮くので、直接取りに来るのがオススメと書いてしまったが、失敗だったと思う。まさかこんなに来ると思わなかった。

 直接取りに来た人が車から大量に降りてきて、行列になってしまったのだ。100人くらいいるんじゃないだろうか。食堂の中を2列になって並んでもらっている。コミケかよ。


「すみません、列の整理手伝ってもらって」

「いやいや、このくらいお安いご用だ」


 将校様に最後尾札を持ってもらう羽目になってしまった。コミケみたいだと思うとカッコいい軍服がコスプレに見えるし。申し訳無さすぎる。

 俺とプァンピーの2人だけでシール20枚を数えて、食器セットを渡すのは大変だった。シールを貼る台紙があれば20枚がすぐにわかって楽だったのだが、小売店にはポスターを貼らせてもらうのがせいぜいだった。なにせこの仕組みを全小売店に説明するのは時間がかかる。

 馬車が来なくなると客足が減ったが、その間に郵送で届いたシールを確認し、配送の宛名書き。てんてこ舞いだ。


「ボス、大反響ですね」

「ん? ごめんな忙しくて」

「いいことじゃないですか。小売店から大量発注が来てるそうですよ。すぐに倉庫が空になりそうだって」

「うん。よかったよ」

「よかったです。暇だったら最悪です。忙しくて楽しいです」

「そうだな……」


 こういう事務局の仕事はアルバイトとか、パートさんを雇っている業者に発注するのが普通だが、信頼できる依頼先もないし、俺たちだけでやることにした。送付先間違えなどのトラブルが起きる方が大変だというのもあるし、プァンピーが自分ひとりで出来ると言い張って聞かなかったこともある。

 彼女が楽しいっていうなら、正解だったのだろう。


「だって、みんな喜んでます。実質タダで貰えるなんて、信じられないって」

「そうだな」


 あんなに喜んでくれるとはな。正直、顔が見れてよかった。サークル参加者になった気持ちだ。


「あの美味しくないパンでも、素敵な食器セットに乗せたら素敵な朝食になります。それに毎朝食べてたら、アレンジしてどんどん美味しい食べ方をするはずです」

「そうだな」


 この国の料理はスパイスやハーブが上手に使われていることが多い。きっと美味しく食べてくれる。


「そうだなばっかり。……これも全部かわいいかわいいプァンピーのおかげですね?」

「そうだな」

「んもー。適当な相づち」

「いや、本当に感謝してるぞ」

「……そうですか」

「そもそも俺には住所を書くことも出来ないしな……箱詰めだけですまん」

「もー! それはどうでもいいのに!」


 その後、6日もすれば倉庫は空になり、10日後には事務局の仕事も終了。俺たちは敷金を用意し、オフィスを借りることが出来た。




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