第9話 キャッチコピーを考えよう

「特徴?」

「ええ。特徴です」


 うんうんと唸る店主。これは……


「ないな」

「ないですか」


 やっぱり。

 幟を作ることを依頼されたはいいものの、そこに印刷する内容で困っていた。

 今回のクライアントは普通の宿屋。

 本が多いわけでもなく、風呂があるわけでもなく、普通に1泊いくらでお金を取る。この街で至極多いタイプの宿屋であるそうだ。

 それはつまり、特に言うことがないということだ。

 宿屋の看板の前に、宿屋ですという幟を出したところでなんの意味もない。

 そもそもSNSも口コミサイトもましてや旅行ガイドブックすらない状況でみんなどうやって宿屋を選ぶのか……。


「普通みんなどうやって宿屋を選ぶんですか?」

「あ? そら目的地に近いところに泊まるだろうな。城に用があれば城に近いところ。次の日に旅立つならその門の近くだ。うちはこの城下町の真ん中にあるってこった」

「なるほど。いままでは客足がよかったんですか?」

「ああ、戦争になったら参加するために泊まる傭兵とか、救護班とかな。待機が目的なら町の中心にいた方が便利だ」


 確かに。

 中長期の滞在なら便利ってことか。


「戦争がなくなったんで、一気に客が減ったってわけだ。なんとかしてくれい」

「は、はあ……」


 なんとかしてくれい、と来たか。まぁ、そりゃそうなんだよ。

 商売がうまくいってたらこっちの仕事がないんだから。

 なんとかするのが仕事なんだよな。

 よしまずは、強みがあるかを聞く。


「何かこう、ここがスゴイみたいなのありますか?」

「おう。全部スゴイぞ。最高の宿だ。もちろんだ」


 最高の宿屋です。うん、ひょっとしたらそれでも成功するかもしれない。世界一うまいラーメンって書いてあるラーメン屋の看板とかも存在するしね。

 でも、長続きしないんだよな。一度泊まった客が「最高か? 普通じゃね?」と思うと来なくなる諸刃の剣。

 大きな街道沿いにある店で、一度っきり通過する運転手に一回でも食ってもらえればいいラーメン屋ならそれでいいんだが。

 とりあえず、もうちょっとヒアリングしよう。


「例えば、何かで一位とか……」

「一位? まあ、俺の中では一位だが」

「いえ、ベッドの数が多いとか、部屋が一番広いとか」

「よそのことは知らんけど」

「ですよね……」


 こういったとき、わかりやすいのはナンバーワン表記である。売上ナンバーワンとか、満足度ナンバーワンとか、料理人が一番美味しいと思ったお茶ナンバーワンとかそういうやつだ。

 しかしそれをするためにはマーケティング・リサーチが必要なので、要するに金がいるし、この世界では新しすぎる概念なので割りに合わないか。


「創業が一番古いとか、歴史があるとか」

「宿屋を始めたのは戦争が始まってすぐからだが、どこも大体同じだろうからな……建物自体は結構古いがな。ま、古い建物だってことを知ったら、むしろ客は減っちまうと思うが」


 うーむ。そう甘くはないか……ローマとか京都とかは古いほうが人気があったりする。それは歴史に興味がある観光客相手だからだ。そんな客はいないのだろう。

 老舗だと単純に信用できるということもある。ろくな店じゃなければすぐに潰れるからだ。特にそういうわけでもなしと。他に宿の特徴といえば……


「食事が美味しいとか」

「飯を出す宿屋もあるが、うちは泊まるだけだ」

「可愛い看板娘がいるとか」

「いねえな。よし、俺が女の格好をするか」

「あ、大丈夫です」


 こんなガタイのいいゴツイおっさんが女装したら誰も来なくなるよ。

 素泊まり宿で、特徴なし。立地も普通。建物も普通。可愛い女の子もいない。

 う~ん……。


「とりあえず宿屋を見せてもらえますか」

「おお、泊まってってくれや。向こうにいる嬢ちゃんと一緒に」


 親指を立てて、にやりと笑った。

 そういう仲に見えるんでしょうか。


「いや、あの、二部屋お願いします……」


 その宿屋は、漫喫……うん、もうこの前の宿屋のことは漫喫と呼ぼう。こっちの宿屋と区別がつかないからな。この宿屋は漫喫より城に近い立地で、周りには住宅も多く、人通りも多い道沿いだった。


「ここだ。鍵を渡そう」


 俺とプァンピーの分の鍵だ。二枚。


「って、ええ? カードキー?」


 なんと、今どきのホテルのようにカードキーだった。嘘だろ。


「初めてか? それをドアにかざすと中に入れる。入り口に指すところがあるから、そこにカードをセットすると魔法が供給されて明かりと空調が起動するからな」


 マジでカードキーじゃないか! すごい!


「プァンピー、すごくない? 明かりと空調が!」

「いや、それは普通です……また、そんなに喜んじゃって……本当になにも知らないんですねえ」

「その慈愛に満ちた顔はやめてくれ、普通にバカにされた方がマシだ」

「うっふふふ」


 くそう。だって異世界なのにホテルがカードキーだと思わないじゃん。普通に鍵だと思うじゃん。


「ははは」


 クライアントも笑ってますよ。肌が黒いから、歯の白さが際立ちますね。ちくしょう。プァンピーに反論したい。なんとか反論したい。


「だって漫喫にはなかったじゃん、そもそも鍵とか」

「漫喫ってわたしがいた宿屋ですか? そりゃあ、そうですよ。冒険者の宿ですもん。冒険者は魔法が使えますから、明かりも空調も自分で出来ますし。鍵もかけられますし、何なら鍵を開けられちゃうので意味がないんですよね」

「んな……じゃあ、この宿でも開けちゃうやつがいるかもしれないじゃん」

「いや、この宿は客の魔法利用は厳禁だ。魔法を使うと警報が鳴る」


 二人とも笑いをこらえている。でも、ここで常識を知らないままではこの先のビジネスに支障が出る。聞いておくべきだろう。


「じゃあなんでこの店は魔法オッケーにしないの」

「そりゃ魔法を使えない傭兵や看護師はいるからな。供給にしないと困るだろ。部屋で攻撃魔法の練習なんかされてもかなわん」

「じゃあなんであの店は魔法禁止にしないの」

「冒険者の魔法を禁じたら、武器の修理とか強化も出来ないから翌日の活動で困るだろ。誰も泊まってくれなくなる」

「じゃあ、じゃあプァンピーは魔法使えるの」

「使えません」

「鍵かけられないじゃん!」

「内鍵は普通にかけられますよ」

「でも、それじゃ魔法使えるやつが開けれちゃうじゃん! どうすんの!」

「あれっ。ひょっとしてわたしの心配をしてくれてます?」

「おー、嬢ちゃん、愛されてるなー」

「えへへ」


 くっ……。

 しかし心配なのは事実だ。


「そもそも冒険者の方が泊まれなくなったからわたしが泊まっていたわけですし、安全なんですけど」

「冒険者は泊まるときに冒険者カードを預けらなきゃならん。悪さをしたら冒険者カードが帰ってこないから絶対に悪さをしない。報酬がもらえなくなるだけじゃない、いきなり懸賞金付きで手配されちまうからな」


 そういうことか……。

 冒険者向けと、そうじゃない宿は明確な違いがあるんだ。

 なおさらあの漫喫に冒険者以外の客を泊めるのは難しかったことがわかる。しかし、あの宿屋にはそのおかげで特徴がいっぱいあったわけだしなあ。


「まあ、部屋を見させてください。プァンピー、一緒に来てくれ」

「おっ、さっそく二人でお楽しみか」

「違います! 俺が見てもなんにもわからないからです!」

「いいですね~、素直なカオスさん」

「お嬢ちゃん、こいつ面白いな」

「そうでしょう、そうでしょう」


 くっそ、俺をダシにして二人で楽しそうだな……。

 二階にある部屋に入ると、妙に暗かった。真っ昼間なのに。


「うわー、日当たり最悪だな。北向きかよ」


 ここが北半球なのかどうかは知らんけど。カードキーを指したら、明るくなった。


「いい部屋ですねー」

「なんでだよ。日当たりが悪いんだぞ」

「え。なんですか、寒い地方出身とかですか?」


 俺は東京出身だ。寒い地方ではない。むしろ暑い。


「そうでもないけど……」

「日光大好きなんですか?」

「んん? 俺たちは日光が好きなの……か?」

「なんで疑問形なんです……?」


 よくわからん。そんなこともないような。でも日本における不動産は駅チカ南向きの価値が非常に高い。マンションなんか南向きかどうかで何百万円も変わってくるし、北向きなんてあんまり売ってない。それだけ日当たりを重視するということは日光が好きなのかもしれないが、わざわざ日向ぼっこをするということもないし、そういう実感は希薄だ。


「この町は、今の季節はそれほどじゃないですけど、夏の日差しは結構なものですからねー。日焼けすると肌に悪いし老化が進むって言われているんです。知らないと思いますけど」


 知ってるー。それは知ってるー。でもそう言われてみると東京だってそうなんじゃないかと思ってくるー。


「魔法で明かりと気温は調整出来るわけですから、家の中に日差しなんてそんなに無いほうがいいってわけです」

「洗濯物はどうするの。乾かないじゃん」

「え? 乾燥機くらいどの家にもありますよ。外で干すんですか? ひょっとして相当貧乏な田舎から来ました?」


 東京だよ!!

 東京から来たんだよ! 乾燥機も買えないわけじゃないよ!

 洗濯物や布団は外で干した方がいいし、蛍光灯より陽の光の方がいいだろ!

 って、うーん。そうなってくると日本人は日光が大好きってことになるな。価値観の相違か……。

 俺はプァンピーの田舎者かどうかの問いには答えることなく、部屋の確認に集中することにした。

 一人用にしては十分広く、大きめの机と椅子に、ゆったり座れるソファーも設置されている。確かに、これなら数日泊まっても問題なさそうだ。小上がりみたいなものもあるから、靴を脱いで寝っ転がることも可能。これなら日本人でも滞在できるぞ。大きめのベッドは窓を向いて置いてある。枕も窓の下。


「北枕か……」

「きたまくら?」

「俺の国だと、枕を北向きにして寝るのは縁起が悪いって言われてた」


 詳しいことは知らん。なんか子供のときに言われた気がする。もちろんそんな風習が異世界にあるわけがない。下手したら妙な風習をいまだに信じている古い文明の人扱いされるかもしれない。俺はそんなことを信じているわけではもちろんないのだが、価値観が違うことを意識していたからか、うっかり口に出してしまったな。


「あー」


 プァンピーは意外にも、バカにしてくるどころか感心したような顔を見せる。なんだ?


「そういえば、今日は北向きの部屋で寝ると良い日です」

「ん? 北向きの部屋で寝ると良い日?」


 なんですかそれは。恵方巻きみたいなこと?


「普通、南で寝るじゃないですか」

「待て、それは日当たりが良すぎるんじゃないのか」

「はあ? 夜は太陽が出てないんだからどうでもいいじゃないですか」


 それもそうだ。それを嫌がるのは朝日が出ても寝ていたいやつだけだ。俺とか。


「それより月が見たいじゃないですか」

「はーん」


 月を見たい。

 こんなロマンチックなセリフ、仕事中に聞いたこと無い。思わず変な声が出た。


「え。まさかお月さまを美しいと思わないとか? そういう風習ないとか?」

「いや……俺の国にも、お月見っていうイベントがあったり、月見酒っていって月を見て酒を飲むのが風流だって言われてるな」

「じゃあ、わかりますよねっ。みんなリビングやダイニングは北向きですけど、寝室は南向きになってて、月を見ながら寝ます」


 うーん。なんかわかるような、わからないような……。でも言われてみると素敵な気がしますね。そっかー。日光浴より月光浴かー。


「でも、ここは滞在者用の宿屋だから」

「そうか、リビングと寝室が別れてないし、日中も滞在しやすいように北向きなのか」

「そうです。だから北の部屋で寝ることになる……そういう家はあまりないです」

「で、北の部屋で寝ると良い日っていうのは?」

「今日は月が出ない日ですからねー。暗いと怖いじゃないですか」


 ええー。

 怖いのー?


「じゃあ灯りつければいいじゃん」

「明るかったら眠れませんけど」


 そりゃそうだけど……。

 なんかプァンピーにアホの子を見るような目を向けられることに慣れ始めてきたな。


「火を見ながら眠れば安心ですけどね。寝た後に誰か消さないといけないですから」


 確かに……キャンプのときに火を見ていると安心した記憶はある。ヒトとしての根源的なものなのかもしれない。獣に襲われる心配が減るとか。

 月や火の灯りがないと寝るときに怖いっていうのは、モンスターとかに襲われる危険性がつい最近まであったからかもしれない。


「月が見れない……怖い……でも、北向きならそれは当たり前ですからね。そう思えば怖くない。なので北向きの部屋で眠るといいと言われています。まぁ気にする人もいますし気にしない人もいますけど」


 ほう。そういうものですか。

 むしろ北枕だと縁起が悪い、っていうことよりはよっぽど理解出来る気がしないでもない。


「お金持ちの家には北向きの寝室もあるそうですけど。庶民は……子供の頃はロウソクの火を見ながら寝て、寝静まってから親が火を消してくれましたけどね。懐かしいなあ~」


 へえ。そういうものですか。

 そういえば俺も小さい頃は、蛍光灯の小さなやつを点けたまま寝ていたな。親がその後消していた気がする。

 しかしそうか、北向きの部屋は宿屋としてはそれほどの特徴ではないが、この町における寝室としては特徴的ということになる。


「ってことは……、旅行者でも滞在者でもなく、普通に家に帰って寝てもいい人でも、宿屋で眠ることには月の出ない日に限ってはベネフィットを提示できるわけだ」

「ベネフィット? またミョーな言葉を」


 横文字を使うと変な顔をされるのは日本でも異世界でも同じなのか。


「なんつーか、簡単に言うとその人にとってはとっても嬉しいことって感じかな」


 そして日本語で言えと言われても、日本語にない言葉だから使ってるわけで、説明するのは難しい。


「つまりだ、宿屋に泊まることは特にみんな望んでないわけだよね。家に帰って寝ればいいんだから。でも、月が見れない日に北向きの部屋で寝ることは魅力的ってことだ」

「ウンウン! 魅力あります! 普段だったら考えもしませんけど、月が出ない夜なら北向きの寝室で眠るのに少しお金がかかってもいいかも。なんかお金持ちになった気分にもなるし」

「つまり……幟に書くのは『本日、月の出ない夜』と。こうかな」

「おお~!」


 もしこの言葉が、ベネフィットを提示できているのなら。これはキャッチコピーということになる。

 しかし、幟に本日で始まるキャッチコピーとはな……。

 別にパクリってことはないだろうが、ぱちぱちと拍手で絶賛するプァンピーを見ていると全部自分の手柄にするのは少し気が引けた。


 江戸時代に平賀源内という男がいた。一般的にはエレキテルで有名だが、俺達の業界ではちょっと違う。

 彼は日本で最初のコピーライターだと言われている。

 そのキャッチコピーが「本日、土用の丑の日」だ。これを鰻屋の前の幟に書くことを提案したそうだ。

 江戸時代、鰻の蒲焼は人気の食べ物であったが、天然の鰻の旬は脂の乗る冬であり、夏はあまり売れなかったそうだ。

 鰻屋の主人に相談された平賀源内は、土用の丑の日にうの付く食べ物を食べるといいとされていたことに注目した。

 そもそも土用の丑の日に食べていたうの付く食べ物っていうのは、瓜とか梅とか、夏に食べると爽やかなものであり鰻ではなかった。

 鰻屋の前を通りがかった客は幟を見て「あぁそういえば、土用の丑の日はうの付く食べ物を食うといいと言われていたな。言われてみれば鰻ってうが付くな」と思って鰻屋に入っていったという。

 土用の丑の日だからと気にする人もいるし、気にしない人もいる。それは江戸時代の日本も現代の日本も、そしてこの異世界の人も同じだろうが、これが現代日本にまで延々と影響を与えているわけだ。

 いまや土用の丑の日はうの付く食べ物ではなく鰻を食べる日になってしまったし、すっかり夏の食べ物だと思われていて冬が旬だと知っている人もほとんどいない。とんでもないキャッチコピーだ。影響力ありすぎるだろ。


「そこまでのことには、ならないよな」


 独り言のつもりだったが、プァンピーは「これはスゴイことになりますよー」と興奮していた。


 完成した三つの幟が宿屋の前に並ぶ。「本日、月の出ない夜」「当宿、全室北向き」「火の付いたロウソク無料」


 その日、宿屋は満室となった。

 俺が思いつきで提案した、希望者には三時間程度で消える短いロウソクをプレゼントするという企画も大当たりで、宿泊者の全員が希望したらしい。

 宿屋の主人は夜中にロウソクの火が消えているか確認して回るのが面倒だというクレームをつけたが、報酬は二倍払ってくれた。

 月の出ない日は、十日に一度くらいの割合であるらしいが、次の月の出ない日も予約で埋まったとのことだ。

 その後、同様の幟の注文が北向きの部屋を持つ宿屋から殺到して、俺達は宿には当分困らなくなった。

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