怖そうで怖くない、ちょっとだけ怖い俺のラブコメ

リクルート

第1話 私、あなたに取り憑いても良いですか?

「私、あなたに取り憑いても良いですか?」


「えっと...は?」


この日、彼女にフラれて落ち込んでいた俺に幽霊が取り憑いた


〜数日前〜


「幽霊が出るって噂のあそこ、一輝も行くよな?」


「おう、もちろん!」


俺の名前は市川一輝いちかわかずき

平凡な大学2年生

1週間前に彼女にフラれた俺は実はクソほど元気がないが、みんなの前では元気あるように見せている


「オッケー! お前そろそろ元気出せって

先授業行ってるからな〜」


だが、なぜか親友のこいつにだけ元気ないことが見抜かれている

ずっと落ち込んでいても良くないってのは自分でも知ってる

それでも元カノのさくらに未練たらたらな俺は、すぐ切り替えるのなんて無理だった


「はぁ...もうこんな時間か...」


いつも通りに時間が過ぎて、いつも通り帰る

元カノと帰った道を思い出してため息をつく



「ガチャ」


一人暮らしで誰もいないはずなのに「ただいま」と言ってしまう現象は何なのだろうか




○○○

一輝かずき、お前親友と遊びに来てんだから元気出せよ!」


「いや、俺はいつだって元気だから! それより自殺の名所って言われてる橋ってまだつかないのかよ」


真夜中、車に揺られる大学生2人

相手は"男"

何度も妄想した桜ちゃんとのドライブデートは叶うこともなく...

『彼女と別れて親友の男とドライブする日が来ます』とあの時の俺に言ってやりたい...


「ほら、あそこじゃねーか?

一輝、ケータイで位置情報見てくんね?」


「お、おう」


俺を励まそうとわざわざ夏初めにここに連れてきたのは凄く伝わってくる

というかまだ春終わりくらいだ

正直ショックがデカ過ぎてみんなの前では空元気で頑張ってるけど、心の中はズタボロって感じだ


「ケータイ見たけど、ここで間違いない 

外に出て様子見るか」


"好きな人との別れ"を経験した俺にとって幽霊とかが怖くはなかった

というかそもそもそういうの信じないタイプで、二人が震えてる中俺は車から出て先陣切って行こうとした時だ


"ピリリリ ピリリリ"


「うっわびっくりさせんなよ一輝、電話か?」


「あ、すまん ちょっと先行ってて すぐついて行くから〜」


近くにあった自販機の袖のベンチに腰掛け、折り返しの電話をかけようとするが、手が止まる


[着信履歴 23:12 父]


「またか...面倒くさいな...」と呟いて見なかったことにする

どうせまた母さんの話なんだろう

ケータイを閉じるとロック画面に桜ちゃんが写ったサークルでの集合写真が大きく出てくる


重くなった腰を上げて2人について行こうとするが、少し上がってまたベンチに吸い寄せられるように座り込む


「はぁ〜...」


「あ...あの」


同い年くらいの白の服、白のスカートの全身白の女の人が話しかけられた

俺は突然のことで「えっ」と変な声が出てしまう


「あれ...見えてる...」


「なんて?」


彼女の声が小さすぎて俺には聞き取れなかった


「おい! 一輝! 電話なげーよ!」


「あ、すまん! 今なんか知らない人が話しかけて...」


「何言ってんだお前、周りに誰もいねーじゃんか」


たしかにいたはずの姿はまるで神隠しかの如く消えていた


「あれ...さっきまでいたのに...」





この時の彼女との出会いが全てを変えることに、俺はまだ気づいていない





○○○

俺たちはその後、心霊スポットを楽しみ、何事もなく車でアパートの前まで送ってくれた


「心霊的なこと、なんも起きなかったな〜

ま、一輝が元気出たみたいだし良いか」


「今日はありがとうな まじ元気出たわ」


これは事実

友達と遊ぶのは結構久しぶりで、元カノのことばかり考えていた俺はリフレッシュされたことで前向きになれそうな気がしてきた


「お前、さっきの電話親父さんだろ?

桜ちゃんのことだけじゃなくて、家族の問題もあって悩むことも多いと思うが、なんかあったら言えよ?」


「自分でなんとかするから大丈夫だ

わざわざありがとうな じゃあまた」


「おう! なんかあったら連絡しろよ」



俺の家族は少し複雑で、色々問題を抱えて...


ってあれ、言われてみればいつも連続で親父電話かけてくるくせに今日はかかって...


"ケータイを忘れた!?"


完璧にあのベンチに置いてきた...

なんで俺気づかなかったんだ!?

もうこんな時間だし今からはもう間に合わないし!


「明日一人で心スポか...」





面倒くせぇ...





〜次の日の朝〜


"ピリリリリリ"

気づけば朝

ケータイがないから久しぶりに目覚まし時計を引っ張り出してきた



「起きるか...って...!?」




カーペットには長い髪の見覚えのある女の人が突っ立っていた

ちょっと待て...


「ちょ! ごめんなさい 誰ですか?」


「け、携帯、昨日忘れていましたよ...」


昨日ベンチに忘れてきたはずの携帯を彼女は差し出す

そして俺はここでやっと誰なのかに気づいた






「あんた、まさか昨日の突然消えた女の人!?」





○○○

ひとまず俺は携帯をもらい、電話のダイヤルにこっそり「110」をセッティングする

俺は完全にこの人を不審者として見ていた


「え、えっと なんで俺の家の中に...?」


興奮させないようにと俺は寝起きにも関わらず慎重に会話を進めようとした


「ご、ごめんなさい...もう帰ります...」


小さな声で彼女はドアの方に向かった

見渡す限り何も取られている様子はない

携帯もわざわざ持ってきてくれたわけだし、敵意も見えないから警察にダイヤルするのは一旦やめた


「す、すいませんでした」



そう言って彼女はドアを..."すり抜けた"

完全にすり抜けた

鍵もチェーンもかかってるのにお構いなしにすり抜けた

一瞬体が動かなくなるが、すぐに冷静に戻ってドアを勢い良く開けると、彼女はまだすぐ目の前にいた


「ちょっと! な、何今の!?」


彼女は俺の大きな声に『ピクッ』と動いて驚いて、すぐに「ご、ごめんなさ〜い!」と言って全速力で走って消えてしまった

そこから俺は腰を抜かしてアパートの閉まったドアにもたれかかる


「ちょ...まじ、さっきの何...」


部屋に戻ると、携帯の近くに見覚えの無い白いハンカチが置いてあった

確実に俺のではないし、友達を家に呼んだこともない

つまり、これってさっきの子が置いていったんじゃ...


○○○

あの後、俺はどうするか悩んだが警察には相談せず、ハンカチもまだ家に置きっぱなしだ

返すにもどうすれば良いかわからず、放置している


「一旦帰ってから考えるか...」


大学からの帰り道にそんなことを呟いた

ちなみに俺の家から大学までは結構近い

あまり広くないアパートで一人暮らし

バイトはボチボチ

元々大学生になる前に貯金を大量にしていて、何に使うかは決めていなかったが、せっかくの大学生というわけでアパートを借りた




「えっと...」





いつも通り階段を上がるとうちのドアの目の前に昨日の謎の女性がいた


「は、ハンカチを忘れたので取りに来ました...」


俺は焦ってドアを開けて、「す、すぐに返します」と言って急いでハンカチを持ってきた


「こ、これですかね」


「は、はい」


彼女がそう答えた途端に大雨が降り始めた

彼女の手元を見ても傘らしきものはない


「あ、えっと 雨止むまで家入ってても良いですよ...」


あの時なんで俺はあんなことを言ったのかは今でも理解できない

でも、あの時の彼女の顔はひどく困っている人の顔に見えてほっとけなかったのかもしれない


「...」


くそ、傘1本しか買わなかったのを後悔する...

というか俺がビニール傘買いに行けば...


「...」


家に入れたはいいものの、とても気まずい感じで、聞こえるのはただ雨の音だけ...


「き、昨日は携帯ありがとうございました」


「いや、大丈夫ですよ」


会話は一言で終わってしまう

何度か挑戦したが、やはり1度ずつ話して終わる展開しかない

元々話が苦手な俺にとっては地獄でしかない


「き、今日は良い天気ですね〜、って、雨か!」


「ふふっ」


笑った彼女の顔は、なんて表現したら良いかわからないくらい美しいものだった

あれ、よく考えろ

可愛い女の子と部屋で二人きり...

ダメダメ! 桜を思い出そう、桜〜、桜〜


「あの、私の正体は知らなくても良いんですか?」


「な、なんて?」


「私がドアをすり抜けたの見てたのに、怖くないんですか?」


正直俺が傘を買いにいかずここに呼んだのは正直昨日のことを聞きたかったからだ


「こ、怖いですけど、なんか聞きづらいと言いますか...」





「私、あなたに取り憑いても良いですか?」





俺の話している途中で食い気味に彼女が乗り出してくる

何を言っているかわからない俺はポカンとしながら彼女を見ていた


「私、幽霊になってしまったみたいで、助けてほしいです」


そう言って机越しに話していた彼女は立ち上がり、机をすり抜けてこっちにやってきた


「ゆ、幽霊って...どういう事!?」


この日、彼女にフラれて落ち込んでいた俺に幽霊が取り憑いた

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