第7話 拷問(直球)~混ぜるな危険
薄い緑色だった顔色は、みるみるうちに暗くなり苦悶の表情をあげる。
どうやら緑人間は血液が体内を流れて、酸素が脳に届かなくなると命の危険があるらしい。
ああ、よかった。
「心臓はあるのか?あるのなら、心臓を刺せば死ぬのか?脳や内臓や骨は存在するのか?存在するのなら鈍器でブン殴れば脳挫傷や骨折で戦闘不能にできるのか?呼吸をしているか?いるのなら毒ガスや窒息させることで殺すことが可能か?どれくらいの温度で熱いと感じるのか?百度でも熱いと感じるなら熱っした油や火あぶりにすれば殺せるのか?俺がお前を使って知りたいのは、そんなお前を破壊する方法だ」
目の前の緑人間はゾッとした表情をする。
今まで自分は神の加護に守られた特別な人間で、物語の主人公のように、一時的にピンチになっても何らかのチャンスで脱出できる。そうでなくても味方が助けてくれるだろうと楽観的に考えていた。
自分がドワーフを奴隷のように使うのは当然だが、特別な存在である自分は捕虜としての待遇を受けるのは当然だと、信じられないことに彼は常識として考えていると【スキル;予知】は教えてくれる。
だから彼にとって置石は化け物に見えた。
特に自分を見る目が特別な存在に対するものではなかった。
「あ…ああ…」
それは、猫がネズミをいたぶったり、子供が小動物をいじめるのは、相手がいやがるのを楽しむためだ。相手に感情や心があると分かった上で、その反応を楽しんでいる。
だがこの男の目は違う。
相手の反応を知りたいのではない。
子供が昆虫の四肢を残酷にもぎ取ったり、羽を限界以上まで広げて引きちぎり、甲殻に覆われた体内がどうなっているのか知りたくて力任せに指で殻を押しつぶすような、相手にいっさいの権利を認めない目。
彼がこちらの社会を知っていたなら『どこまで生きられるのかを実験して殺す予定のモルモット(実験動物)を見る目』だと表現しただろう。
今まで自分が積み上げてきた経験や人生。輝かしい実績。それらを無視して、どこまで力を入れれば指の骨は折れるのか?何分水の中に漬ければ死ぬのか?油まみれにして火を付ければ何分生きていけるのか?
そんな『耐久度テストの素材』としてしか見ていない科学者の目だった。
自分でなくても、何なら同じ耐久性をもった人形でも構わない。ただ単に『実験材料が自分だから自分を使って実験する』という理不尽な目だった。
「や…やめろ。捕虜の拷問は我が国では禁止されているのだぞ」置石は答えない。無造作に眼球に指を入れると思いっきり力を込める。
「!!!!!!!っっっっっっっ!!!!!!!」
灼熱感を感じて、頭を振る。
すると次は股間を鈍器で殴られた。
睾丸に衝撃を受けてのたうち回ると「内臓系のダメージは人間と同じ、と」淡々と記録をしていた。
「き…貴様!この私にこのような蛮行をして許されると思ってアガッ!!!!」
布で鼻と口を塞がれた。空気が吸えなくて苦しい。
もがいてみるが、加害者の目には憐憫も憎悪もない。ただただ、目の前の物体の変化にだけ興味があるようで
「生命維持に呼吸が必要。4分くらいまでは生存可能…と」
実験材料が壊れないように、その一点だけに注意が払われていた。
「次、フローリンさん。念のためそこにある液体を持っておいてくれるか?」
「…なにをするつもりなんですか?」
「髪に火を付けてみる。どれくらいの温度まで平気か試してみたいんだ」
まるで「薪でも燃やすか」のように言うのを聞いた瞬間、緑人間は『まさかお前、まだ自分が死なないとか思ってるんじゃないかね?』と異形の化け物から聞かれたような気がした。
「おい、やめろ!お前のような下賤な生き物が神の使徒を傷つけようなどあってはならない事だと分からないのか!オイ」
目の前の気持ち悪い緑色のナマモノが雑言をわめいているが置石は気にしない。
彼と彼の仲間はもっと酷い事を今までしてきたし、これからもする事を知っているからだ。
目の前の緑人間は、事ここに至って自分が非常に危険な状況に陥っている事に気がついたようだ。信じられないことに、この緑人間は捕らわれの身になっても、ドワーフたちを子犬とか子猫のように『自分を傷つけるような力をもたない非力な存在』とあなどっていたのである。
だが、火は恐ろしい破壊の象徴だ。トラウマを引き起こすほどの暴力である。
「あの…置石さん。ものすごく怖がっているようですし、やめてあげませんか?」とドワーフにしては長身の娘が言うのを聞いて緑人間は安堵した。だが
「火に弱いフリをしているだけかもしれない。実際に確かめてみるまで結論を出すのは危険だ」
そういうと置石はノータイムで火を近づけた。
「やめろーっ!!!」
その瞬間、火は消える。どうやら魔法の力で消火したらしい。
「ふ、ふふ…」
置石の魔力が大した事が無いのを実感したのか表情に余裕が戻る。
やはり、神の加護さえあれば自分は助かるのだと。
その後。3度ほど火をつけようとしたが、全て消された。
ついでに置石はスキル【分解】を使用して周囲の空気を変化させようとしたが、これも上手くいかなかった。どうやら、魔法の発動自体を妨害されているようだ。
「やはり、ドワーフごときがわが神の力に叶うはずがないのだ。我々の本体には、我が輩以上の術者が数百人単位でいるのだぞ。降伏するなら今の内だ」
そう勝ち誇っていると、置石は空気で膨らんだ動物の内臓袋を3つ取り出した。
これを緑人間の目の前で開放する。
魔法で障壁を作るが、特に害は感じない。単なる空気だろうか?それとも一瞬だけ気を散らして不意打ちしようとしているのだろうか?だとしたら無駄な努力である。
置石の魔力を1とすれば、緑人間の魔力は25位はある。天地がひっくりかえっても未熟な術者が自分に勝つ事は出来ないのだ。
先ほどから何度も火の魔法を使おうとしているが、そのたびに打ち消しているので間違い無いだろう。
「ははは、魔法もロクに扱えない神の恩恵から外れた蛮族が。火をつけたいのだろうが無駄だ無駄」
そう言った瞬間。
小さな種火が、火事の炎のように大きく燃え広がった。
「ぎゃああああああああ!!!!!!!!!」
信じられない程の火災によって緑人間は火ダルマになる。
水の魔法で消化しようとするが、先ほどまで小さな種火だった火の魔法は押さえるのが不可能なほど燃え盛っている。
「何であんな火が、何でここまで大きくなるんだぁぁぁ!!!!!」」
余りの熱にのたうちまわりながら叫ぶ。
「み…水!おい!そこの娘!水!水をかけろ!!!」
あくまで高圧的に叫ぶ。だが、そこには余裕はかけらも感じられない。
あまりの迫力に気圧されてフローリンが持っていた液体をかけると。
「ぎゃあああああ!!!!!何で!何でぇ!!!」
水はさらに燃え広がった。
「そりゃ、火に油をかけたら燃えるだろ」
とんでもない事をさらっと言った。
「魔法は妨害できても、化学反応は妨害できないんだな」
置石は彼の魔法妨害が油の発火には全く干渉できない事を興味深げに眺めていた。
火が燃えるには3つの条件がある。
『燃える物がある事』『燃えるだけの高温エネルギーがある事』『そして酸素がある事』だ。
普段は空気中に10%程度しか存在しない酸素だが、酸素濃度100%というデタラメな濃度になると、小さな火でも大きく燃え広がる。
厚生労働省も『在宅酸素療法における火気の取扱いについて』というページで高濃度酸素の近くで火を扱う事の危険性を掲示しているほどだ。
置石が先ほど用意したのは、別の場所で作成しておいた、高濃度の酸素である。
これに『水をかけるだけで発火するナトリウム』を引火させる事で魔法を使わずに火をつけることに成功し、あっという間に燃え広がったのだ。
(※この作品はフィクションです。絶対に真似しないでください。最悪死にます。やった人間が。)
「助けて!熱い!助けて!」
想像を絶する炎に抵抗もできずもがく緑人間。今は魔法で何とか抵抗できてるが、集中が途切れたらおわりだろうなとなんとなく置石は直感した。なぜなら
「気に障ったのなら謝る!いや、謝ります!だから、やめてください!お願いします!」
だが、許す気もない。なぜなら、これは緑人間に火をつけたらどれだけ耐えられるか?の実験なのだから。
もう一度、純粋な濃度100%の酸素を追加する。
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
髪の毛が燃える。信じられないほどの高熱が頭皮を伝わるのだが、目の前の化け物は「頭髪は人間よりも燃えやすそうだな。皮膚も変色を確認」と記録しながら、片手で時間を数えている。
「お願いします!助けてください!侮辱したことは謝ります!死ぬ!死んじゃいます!」
思いつく限りの謝罪の言葉をあげて許しをこう。
「そっちの神様に頼めば何とかしてくれるんじゃないのか?」
などと何の興味も含まない、のんきな返答が帰ってくる。この男は自分の毛髪がどのように燃えるかしか興味が無いようだ。
「そこのお嬢さん!あれ、いない!誰か!誰か助けて!助けてください!」
ダメもとで頼む。あと十秒も放置されれば確実に自分は死ぬ。死ななくてもどうにもならないほど体が壊れる。
死にたくないという根源的な恐怖に緑人間はなりふり構わず、泣きながら声にならない声をあげた。
その瞬間。「大丈夫ですか!」慌てて水を汲んで来たフローリンが火を消す。
実際は【スキル;結合】で酸素に水素をくっつけて『酸素を消す』ことで消火したのだが、緑人間にはフローリンのお陰で助かったようにしか見えなかっただろう。
「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」
そこには先ほどまで尊大だった人間の姿はなくなっていた。
その一部始終を眺めていた置石はにこやかな顔で、顔の半分が炭化した緑人間に向けて、再びこう言った。
「まあ、縛られているんだし警戒するのは仕方ないよな。そう興奮しないで話だけでも聞いてくれないか?」
「………………」
イヤだ。という返答はされなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「とまあ、緑人間を観察している時にこんなことがあってな。説得の甲斐あって、弱点や能力の限界について色々教えてもらったんだ。」
「悪魔か貴様は」
ドワーフたちは戦慄してツッコんだ。
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相手を見下していると対話は不可能です。
例え同じ言葉を使っていても分かりあえないのはSNSとか見ているとお分かり頂けると思います。これに暴力や権力が加わると歯止めが効きません。
西洋人のインド襲撃や新大陸での残虐行為を見ていただければご理解いただけると思います。
なお今回はご自宅で酸素吸入をしている場合、火を使う事の危険性を書いた。
『在宅酸素療法における火気の取扱いについて』
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000003m15_1.html
を参考にしました。
寒くてストーブなどを使うこれからの時期、火事にはご注意ください。
化学のチカラで異世界無双 職場の事故事例を悪用してみた 黒井丸@旧穀潰 @kuroimaru
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