アタシがボクを生きる時

a.p

第1話 人生って、なに?

 皆、前を向いて生きている。駅の改札を出た所、その前にあるコンビニの横で立ち止まると、あまりにも多くの人がせわしなくうごめいていて、こんなに多くの人が頑張っているのに。アタシは何をしているんだろうと思う。それと同時に、今動いている人の全てがそれぞれ意志を持って同じ方向へゾロゾロ向かっていく様を見て、気味が悪いなと思うのだ。皆、意志を持って、したくもないことをしているなんて、狂気じみていると思う。一体ここにいて、集団にすら入れないアタシは何者なんだろうか。必要なんだろうか。だって、アタシはもう、アタシでいたくないのに。

 『女の子が生まれて、本当に嬉しかったのよ』『女のくせになんで男と遊んでるの』『“俺”なんて汚い言葉遣いやめてちょうだい』『女の子なのにそんな服』『髪結んだら女になれるとでも思ったのか?男女』

 そう、アタシは女じゃない。女の子じゃないの。でも、誰にも言えなかった。だっておかしいでしょう?女でも男でもないなんて。男じゃないなら女のままで良いじゃん、なんて、軽い口叩かないで。だって、アタシ、辛かったんだよ。昔は身体なんて皆同じようなものだと思っていたのに、成長期になって、胸が出てきて、月経が来る。見たくもない下着を身に付けて、見たくもない身体を毎日見なくちゃいけなくて。身長だってもっと欲しかった。こんな高い声嫌だった。低い声が出したい。身長だってせめてあと5センチあったなら。鏡を叩き割りたいくらい、本当に嫌いなの、この身体が、この世間体が。どこに行っても、外に行ったら絶対気にしなくちゃいけないんだ。性別って概念を。女の子らしく。男の子らしく。その言葉で褒められて嬉しくなる人がいることも勿論知ってるよ。でも、全ての人に強要する必要、あったのかな。

 学校からの帰り道、コンビニで買ったアイス。その棒のハズレを横目に見て、ゴミ箱に放り投げる。夕暮れの差し掛かった空は曇り掛かっていて、この夏の異常な暑さと相まって、最悪に重い雰囲気だ。今夜は雨だろうな。折り畳み傘くらい、持って来ておくべきだっただろうか。ゆっくりと改札を通り、電車を待つ。前を向いているのは苦手だから、俯きがちにその場に立った。スマホを取り出そうとポケットに手を伸ばすと触れるプリーツスカート。嗚呼あぁ、学校だったんだから、そりゃあ制服だよなぁ。行き場の無くなった手を引っ込めて、強く唇を噛む。着たくて着ているんじゃない。じゃあ誰のためにアタシは、今こんなに嫌な思いをしているの。身体の性別が女であるアタシが、女の子らしい服を着てしまったら、それはもう世間の女の子という枠になってしまう。違うのに。そうじゃないのに。どう形容して良いのか分からない怒りが込み上げてきて、唇に血が滲む。痛みなんか無い。だって身体なんかより心が痛いから。電車到着のアナウンスが流れる。アタシは足早にホームの縁まで、並んでいる人は皆追い越した。これでやっと…

 「危ない!」

 え…なんで、どうして…電車が来るその瞬間アタシの手を誰かが後方に引っ張った。顔に見覚えがある。岩谷だ。クラスメイトで、リーダーシップのあるクラスの中心人物。誰にでも優しいと評判で、先生にも好かれている。…そんなことは今どうでもいい。電車が行ってしまって、アタシ達2人しか居なくなってしまったホームで、岩谷はふぅ、と安堵の溜め息を吐き、こう言った。

 「良かった…クラスメイトを助けられて…」

 助ける…?ふざけるな、アタシは助けられてなんていない。お前のせいで振り絞ったこの勇気が無駄になった。自殺志願者を止めるのを救いだと言う奴はただのエゴだ。アタシは、アタシにはもう…。親も、友人も、誰もかもアタシを『気持ち悪い』の一言で片付けた。見方なんていなかった。どうしようもないのに、こんな人生何の意味もないのに。だってここはゲームじゃない。おとぎ話じゃない。生かして欲しかったんじゃない。アタシがアタシで存在していい場所が欲しかった。それが無理だから諦めたのに!何もかもが嫌になって、

 「偽善者。」

 そう吐き捨ててそのまま走って改札を出た。結局、学校近くまで戻ってきてしまった。すっかり暗くなってしまった空には、分厚い雨雲が広がっていて、ポツポツと降っていた雨はすぐ土砂降りになった。雨で濡れたスカートが太腿に張り付く感覚が気持ち悪くて、岩谷の態度に腹が立って、この世界から消える事すら出来なかった自分が情けなくて、アタシから全てを奪ったこの世界が憎くて、

 「嗚呼、死にたいなぁ…」

そう呟いた瞬間、閃光に包まれ、アタシは…

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