第19話 花梨とかりんとう

 先ほど、毬萌が生徒会室を出て行った。

 教頭と朝礼の打ち合わせがあるらしい。

 時を同じくして、鬼瓦くんも出て行った。

 サッカーゴールがグラつくとかで、大工道具片手に出動。


 そして、残ったのは俺。

 珍しいことに、特にやらなければならない仕事もない。

 そこで俺は閃いた。


 お菓子を食おう。



「お疲れ様ですー! すみません、遅れちゃいましたー!」

「おう。花梨! お疲れさん」

「日直のお仕事が多くて、大変でしたー。あれ? 桐島先輩だけですか?」

 俺は、花梨に二人の不在理由を伝えた。


「そうなんですか。サッカーゴールの固定って、鬼瓦くんそんな事もできるんですか」

「おう。らしいぞ。俺も行こうかって言ったんだけどな」

「あ! 分かりました! 足手まといって言われたんですね!」



「おう。……そこまでストレートには言われなかったけどな!?」



 花梨も俺に軽口を叩ける程度には打ち解けてきたのは何よりである。

 そして、鬼瓦くんの身体能力がえらい事なのも熟知してきた俺である。

 彼、この前業者のトラックのスペアタイヤ抱えてたからね。

 あれ、聞いたところによると、150キロくらいあるそうな。

 鬼神がっちり。


「それで、先輩は何をされてたんですか?」

「おう。お菓子食ってた」

「あはは! サボりじゃないですかー!」

「だって、やる事ねぇんだもん。花梨も食うか?」

「あ! はい! いただきます! 何を食べてるんですか?」


「かりんとう」

「はい? 何ですか?」


「おう。いや、だから、かりんとう」

「はい!」



 おかしいな。打ち解けたはずの花梨と急に意思疎通できなくなったぞ。

 あれかい? この一瞬の間に俺は嫌われたのかい?



 俺は、冷静に考えた。

 俺が嫌われたのでなければ、この会話の祖語はなんだ。

 もしかして、花梨さん、かりんとうをご存じない?

 ……そうじゃなかったら、俺、嫌われたな。


「花梨、これ知らない?」

 俺は、俺が嫌われていない方に望みを託して、花梨に質問。


「え……。それって、動物のフンとかですか?」

「違うよ! これ、お菓子な! かりんとうって言うの! やっぱり知らなかったのか!」

「なんだー。さっきから先輩があたしの事、すごく呼ぶなぁって思ってたんですよー。食べ物の名前だったんですかー。ちょっぴり残念です!」


 俺もかりんとうの事を動物のフン呼ばわりされたのは残念だよ。

 とりあえず、かりんとうの権威を彼女に知らしめる必要がある。

 それがかりんとうを愛する同盟、通称『かりん党』党員の役目とも思われた。


「まあ、なんだ。ちょっと食べてみなよ。美味いから」

「……そんな事言って、あたしに変なもの食べさせようとしてません?」

 どうしてジト目で俺を見るんだ、花梨さん。


「俺がそんな不届きな事を考えてると思うか?」

「でも、先輩って、よく毬萌先輩の体に触ってますよね?」

「言い方! あれは別に、好きでやってんじゃないよ!」


 むしろ、あいつがスキを見せないようにやってるんだよ!!

 まさか、花梨の目から見たら、俺と毬萌がそんな風に映っていたとは。

 これは俺としたことが。

 今後は、いらぬ誤解を生まないように注意しなければ。


「ほれ、俺は普通に食ってるだろ? 口に合わなかったら謝るから。ちょっとだけでも食ってみろって」

「分かりました。桐島先輩がそこまでおっしゃるなら! はむっ」

 意を決してかりんとうに食らいつく花梨さん。

 意を決しなければならない点は残念であるが、そんな彼女の瞳が輝いた。


「な、なんですか、これ! すっごく美味しいです!」

「言ったろ!? 美味いんだよ、これが!」

「世の中にはこんな食べ物があったんですねー! 感動です!」

「花梨は賢いのに、たまに変な事を知らなかったりするよな」

 毬萌ほどではないけども。


「もぉー! なんだか子ども扱いされている気がします!」

「んなことないぞー。世間知らずな花梨も可愛いなぁと思っただけだ」

「やっぱり子ども扱いしてるじゃないですかぁー! 先輩って時々いじわるです!」

「はっはっは。まあ、かりんとうを食おうじゃないか、まだあるぞ」


「これって、どこの国のお菓子ですか?」

「日本だよ!! 明治時代からあるよ!! 伝統的な菓子だよ!!」

「うっ、そうなんですか……。うちって、パパが食べるものを管理してるので……」

「あ、そうなの? まあ、たまに聞くよな。駄菓子食べさせない家とか。……ってことは、悪ぃ事しちまったなぁ。花梨にかりんとうの味を覚えさせてしまった」


 すると花梨は嬉しそうに言う。

「あたしの名前に似た美味しいお菓子と出会えて嬉しいです! ……けど」

「おう。けど?」

「こんなにステキな食べ物を教えて下さった先輩の罪はとっても重いと思うのです! ……ですから、時々ご馳走して下さいね? せーんぱい!」


 花梨がかりん党に入党した瞬間であった。



「ただいまーっ! 教頭先生の話が長くて困っちゃったよぉー。……あれっ!? わたしのかりんとうがなくなってるっ!!」

 かりん党の幹事長を務める毬萌が戻って来て、すぐにかりんとうの不在に気付く。


「……俺ぁ逃げるから! 花梨、あとよろしくな!」

 後輩に全ての責任をなすりりつけて、逃亡を図るのが俺。

 世の中、そんな悪辣なことを企む人間が救われるだろうか。

 そんなはず、ないのである。


 花梨から全ての事情を聴いた毬萌に、みっちり1時間説教された。

 普段の仕事もそのくらいの熱量でこなしてくれたら良いのにと思わないでもなかったが、火に油を注ぐのは愚策。

 黙ってかりんとうを買いに走る事になるのであった。



 やたらと「かりん」を連呼する。

 今回は、そんなお話。

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