第18話 毬萌と手料理

「おーい。毬萌ー。来たぞー」

 たまには俺が毬萌の家を訪ねるパターンだってある。

 俺を一つのパターンしか取り柄のない男だと思われるのは心外である。



 なんであの子、玄関の前で立つ俺を無視すんの?



「おい! 毬萌!! ちょっと、ドア開けろよ!」

「えーっ? コウちゃん、入って来ていいよー」

「入れるもんなら入っとるわい! 両手が塞がってんの!!」

「やだよぉー。お腹空いてるから動きたくないもーんっ!」

「だ・か・ら! 俺が昼飯作りに来てやってんだろうが!!」



「ホントに!? コウちゃん、いらっしゃい! よく来たねーっ!!」



 何と言う変わり身の早さ。

 昼飯の「め」を口にした時には、もうドアが開いていた。

 すごいよなぁ、天才って。

 クイズ番組で見る早押し問題でろくに出題聞かないで即答するヤツら。

 毬萌もその一味だったか。


 あと、即答するのは良いけど、視聴者にも考える時間くれよって思うよね?

 何の話かって? ああ、クイズ番組の話。

 それ今回の話と関係あるのかって? おう、全然ないよ。


「おばさんから聞いてたんだよ。今日の昼は毬萌一人になるって」

 俺は、スーパーで買ってきた食材をテーブルに並べながら言う。

 冷蔵庫が空だから、どうにかしてやってくれとさ。

 まったく、おばさんも人使いが荒い。


「つーことで、この優しい俺様が昼飯を作ってやりに来たんだよ」

「見て見て、コウちゃん!」

「なんだよ? 今から俺、手ぇ洗うんだけど」

「体操服の上にエプロンすると、裸エプロンみたいだよーっ!!」



「アホか!!」



 実際にちょっと裸エプロンに見えるから、マジでヤメろ。

 と言うか、俺のエプロンを勝手にいやらしい装備に錬成するな。


「昼飯、焼きそばで良いよな?」

「わぁーい! コウちゃんの焼きそば美味しいから好きーっ!!」

 そんな風に大きな声でストレートに褒められると悪い気はしない。


「そうだろう、そうだろう。焼きそばは野菜も一緒に撮れるしな」

「そだねーっ。あ、これはわたしが片づけておくねっ!」

「お前、その手に持ってるピーマンを寄越せ。使うんだ、これから、焼きそばに」

「ええーっ!? ピーマン苦いから嫌だよぉー!」


 またこいつは、子供みたいなことを言う。

 知能は驚異的な発達速度なのに、味覚はいつまで経ってもお子様だ。


「んなこと言ってるから、育たねぇんだぞ!」

「身長が低いのは遺伝だもんっ! 後天的な理由を押し付けないで下さーい!」

「野菜食わねぇとダメだ! まだ、これから成長するかもしれんだろうが!!」

「ふーんっ。わたし、結構おっきくなったよ? おっぱい!」



「アホか!!」



 今、成長するに当たって野菜の重要性を話してただろうが!

 ああ!? 胸がデカくなるのも立派な成長!?

 そうだな! でも、俺が話してたのは身長についてだから!!


 既に毬萌から奪い取ったピーマンを、仕方がないので食いやすいようにみじん切りの刑に処す。

 本当は食感と苦みがアクセントになって良いのに。

 まったく、世話の焼ける。


「ねーねー、コウちゃん! お腹空いたーっ!」

「はいはい。もうすぐできるから、毬萌はお皿出してちょうだい」

「はーいっ! あーっ、やっぱりコウちゃんの焼きそば、ウインナー入ってるー」

「仕方ねぇだろ。肉は高いんだよ」


 そもそも、なんで俺はてめぇの小遣いから毬萌の昼飯の材料を調達せにゃならんのか。

 うちの母さんが「お買い物ならお金はいいわよ!」とかおばさんに言って、「あんたは幼馴染のご飯代くらい出せないのかい? 冷血漢だねぇ」などとのたまうからである。

 外で見栄張って、その分俺が割を食う。

 母親と言う生き物は理不尽なものである。


「おーし! できたぞ! 玉ねぎと人参多めの特製焼きそばだ!」

「いただきまーす! あーむっ! んーっ、美味しいーっ!」


 本当に美味そうに食べるのが毬萌の流儀。

 この顔を見ると、「まあ材料費くらい良いか」と思ってしまう。

 そしてそれを俺は何度繰り返しているのか。

 我がことながら、単純な精神構造にあきれ果てる。


「コウちゃん、はいっ! コーラが冷えているのだーっ!」

「おっ! 気が利くなぁ!」

「わたしがお酌したげるねっ!」

「そうか。すまんなぁ」


「幼馴染に裸エプロンでお酌させるなんて、コウちゃんの変態さんめーっ!」



「言い掛かりがひでぇ!!」



 ずっと言おうと思ってたんだ。

 なんでお前、一切料理に手を出さねぇのに、その裸エプロンスタイルのままなの!?

 いや、違う! 裸エプロンじゃねぇ!

 体操服の上にエプロン!


「だって、男の子ってこーゆうの喜ぶんでしょ?」

「お前! 今すぐ世の中の男の子に謝れよ! そんなの一部のヤツだけだ!」

 そこの一部のヤツ! 毬萌をいやらしい目で見てんじゃねぇ!

 ピーマン食わすぞ、この野郎!!



「にははーっ。お腹いっぱいだよーっ! ごちそうさまでしたっ!」

「はいよ。皿、こっちにくれ。洗っちまうから」

「後にしとけばいいのにー」

「こういうのはすぐやっとかねぇと面倒になるんだよ」


 この俺の家事スキルを見ろ。

 実に一般的な男子高校生レベルである。

 正直に言うと、焼きそばよりも高度な料理は作れない。


「コウちゃんは良いお嫁さんになると思うなっ!」

「俺ぁお前が良い嫁さんになれるか、すっげぇ心配!!」


 普通、こういうのは世話焼き幼馴染が照れながらやってくれるって?

 知ってる、そういう話があるの。

 ただね、よそはよそ、うちはうち。


 俺の幼馴染に嫁力を求めるな。

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