第41話 救出作戦開始②

 ────前日。正午。


 新選組屯所 前川亭蔵内


 *明仁 Side*


 寺島が、新たな仲間と出会っていた頃。俺は、総司からの伝言を受け、前川亭にいた。

 東の蔵前。四重の扉を開け、蔵内へ足を踏み入れる。

 一階部分は、現代の蔵内とほとんど変わらない。床板の一部が外せるようになっていて、ここには大事な物を。つまり、隠し金庫代わりに使用している。

 一階から二階へ通じる階段には引き戸がついていて、それを閉めると階を隔てることが出来るようになっている。

 目の前の、幅広で段差のある箱階段を使って二階へ向かう。と、そこには土方さんと、山南さん。そして、想像以上にシメられて横たわる枡屋あいつの、悲惨な姿があった。

 血と汗の匂いで充満した蔵の中は更に蒸し暑く、総司から聞いていた逆さ吊り状態ではなかったものの、後ろ手にきつく両手を縛られ、両足からは出血が窺える。


(ここまでしやがったのか……)


 枡屋の足元には、五寸釘が二本落ちており、このまま出血を止めなければ命取りになる。

 何とかして、その出血だけでも。と、手拭いを引き千切って手当てしたい衝動を無理やり抑え込んだ。

「来たか」

 土方さんが俺の前まで歩み寄ると、厳かに瞳を細める。

「こうまでしても、一向に口を割らねえんだ」


(……だろうな。枡屋はそういう男だ)


「ここまでしぶとい奴は初めて見たぜ。こりゃあ、次の手を打つしかねえな」

 そう言うと、土方さんは踵を返し蔵を後にした。山南さんも土方さんに続こうとして、ふと、目が合う。その眼はこれまでにないほど冷ややかで、俺を試しているように思えた。


(どうにかしろ、って事か。やっぱり……)


 二人の気配が遠くなり、扉が閉まる音を確認した後。

 俺は、懐から手拭いを取り出し、力任せに引き千切ると枡屋の足にキツく巻き付けた。弱りきった枡屋の口から、何度か堪えるようなくぐもった息が漏れ出る。

「……そないなこと、せんでええ」

「こうでもしなきゃ、出血多量で死んじまうかもしれねーだろ」

 きっと、とっくに限界を超えているに違いない。着物は肌蹴はだけ、胸元から腹の辺りにかけて、赤黒く染まっている。腫れて青くなった目蓋といい、血で染まった口元といい。血と汗が混じった床板が、その凄まじさを物語っていた。

 手当てを終え、俺はそのまま枡屋の足元で胡坐をかいた。

「なんで、ここにいるんだ……」

 じれったさと怒りと不安が綯い交ぜになり、今まで抑えていた感情が漏れ出る。

 それに対し、枡屋は、「さぁ、なんでやろなぁ」と、呟いた。

 武田から、枡屋を捕縛した時のことを聞いた限りでは、俺がアドバイスした通りに枡屋を離れ、別の場所を拠点としてくれていた事が判明した。それでも、こういう結果になってしまったのには何かしらの、予期しない原因があったに違いない。

「あんさん、こうなること……知ってはったん?」

 低く掠れた苦しげな声。開けていられないのだろう。重たそうな目蓋を閉じ、黙り込む枡屋に、俺は全てを話してしまおうか。と、そんなことを考えていた。

 これまでも、何度か思った。

 寺島曰く、小説やドラマならば、現代からやって来たことをこちらの人間に話しても、なんだかんだと受け入れて貰えるのだろうが、現実はそう上手くいくとは限らない。

 だが、真実を話して説得する。と、いう最後の手段に出てみようかと、考えたこともある。

「知ってた。と、言ったら?」

 一か八か、賭けてみるか。

「信じて貰えないかもしれないが……俺たちは、未来人だ」

 多分、意味が分かっていないのだろう。それか、動揺する気力もないのか。枡屋は、微動だにせず俺の話を聞いている。

 約150年後の日本からやって来たこと。飛ばされる前の俺たちのことも含め、知りうる限りの史実を簡潔に話して聞かせた。

「……まるで御伽噺や。とても、信じられへん話やね。けど、」

 そう言うと、枡屋は顔を強張らせながら微笑んだ。

「そうだとするならば……辻褄が合う」

 俺たちを初めて見た時、違和感を覚えたらしい。それと同時に、中村隼人を思い出し、他とは違う何かを感じたという。

「その、中村隼人も現代から飛ばされたと、寺島から聞いている。後日、起こるだろう事件を未然に防ぎ、お前を救出する為にも、何かしら策を練っているに違いない」

「……左様か」

「だが、俺は……」

 近藤さんたちを裏切ることは出来ない。隊士として、ここにいる限り絶対服従と決めている。だが、枡屋を。いや、古高俊太郎をこのまま死なせるわけにもいかない。と、いう想いも捨てきれていない。

「俺と、慎一郎は新選組として生きると決断した。俺たちの信念を曲げることは出来ない。だが、行き場の無かった俺たちに尽くしてくれた恩は、忘れられるわけもなく……」

 言いながら、枡屋での生活が脳裏によみがえってきて、不覚にも言葉に詰まってしまった。そんな俺に、枡屋は長い溜息を吐き、「そん言葉だけで十分や」と、囁いた。

「知っていることがあるなら、今、ここで言ってくれ。そうすれば、罪も軽くなるかもしれない」

「……命など、惜しゅうない。わてにも、守り通さねばならぬ大業がおます」

「じゃあ、一つだけ俺の問いかけに答えてくれ。嘘偽り無く」

 これまでにないほどの真剣さに、自分でも驚いてしまった。枡屋は、そんな俺を睨むようにして見つめている。

「天皇を攫って都に火をかける。と、いうのは本当か」

「そない恐ろしいこと。長州側わてらが企てるとでも?」

「その言葉、信じていいんだな」

 何かが込み上げてきたのか、枡屋は大きく咽始めた。と、その時。扉が開く音がすると同時に、俺は緊迫感から無意識に立ち上がっていた。

 しばしの間───

「水、持ってきてあげましたよ」

 見ると、総司が開け放たれたままのドア付近に佇んでいる。

「そろそろ、これが無いと厳しいでしょう?」

 俺は、すぐに総司から湯呑を受け取ると、枡屋の前に置き、起き上がろうとする枡屋の、背後から上半身を支えた。次いで、枡屋の口元へと湯呑をもっていき、少しずつ水を飲ませていく。

「それで、何か判ったことは?」

 総司は、血と汗で汚れた床を避けて胡坐をかくと、いつもの微笑を浮かべた。

「そろそろ、土方さんがしびれを切らす頃なんで」

「……分かってる」

 なるべく違和感の無いよう、普段通りに答えて見せた。が、多少の動揺は隠しきれずにいる。さっきの、枡屋の言葉が真実なら、他の誰かが長州側に罪を擦り付ける為に考えた嘘だということになる。だが、もしも、枡屋が嘘をついているとしたら。それに、史実を変えることは不可能で、何をやっても史実通りになってしまうのだとしたら。

 短くも長い沈黙。それを破ったのは、枡屋だった。

幕府側あんさんらに勝機は無い……」

 そう言って、また噎せ返る枡屋に、総司の遠慮のない言葉が飛び交う。

「寝言は寝てから言って下さいよ。こちらとしても、貴方が口を割ってくれないと、非常に困るのです。せめて、お仲間のいる場所だけでも教えて頂けないでしょうか」

「……死んでも、それだけは有り得へん」

「本当に、敵にしておくのが惜しい。これは本音ですよ」

 黙り込んだままの枡屋にそう言うと、総司は俺に同意を求めてきた。

「ねぇ、明仁さん」


(くそっ。どうすりゃいい……)


 その後、俺は総司と共に蔵を後にした。本当はもっと枡屋と話していたかったが、一刻も早く情報を得て、土方さんたちの想いに応えなければならない。

 今は、枡屋を諦める他ないのだ。と、無理矢理自分に言い聞かせていた。


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