第16話 未来からの落とし物?!
*京香side*
「苗字といえば、斎藤さんなんですけど。改名する前は、山口と名乗っていたらしいんです」
私はそう言いながら、慎一郎さんの隣に追いつき、歩調を合わせる。
「そうだったのかぁ。この時代の人はみんな可能なのかな」
「そうですね。私もそのへんのところはよく分からないんですけど」
何となく、今度は慎一郎さんの方が無理をしているような気がして、私はそっと慎一郎さんの袖を引いた。
「沖田さん……」
「はい?」
「これからは、包み隠さず話しますね。土方さんにも、そう伝えておいて下さい」
俯き加減にそう伝えると、慎一郎さんは薄らと微笑み、優しく返してくれる。
「分かりました。でも、そうなると京香さんは僕らの……何て言うんだったかな」
「え?」
「この時代では、スパイみたいな人のことを何て言うんでしたっけ?」
「
「それだ。その、間者という立場になってしまうでしょう」
と、少し言いづらそうに表情を硬くする慎一郎さんに、私は苦笑を返す。
「結果的には、そうなっちゃいますけど……」
「だから、無理に僕らに伝えようとしなくても良いと思います。僕らが壬生浪士でいる限り、手段を選んでいられなくなる可能性もある訳だし。それに、最近の土方さんを見ていると、余計にそんなふうに思うんですよね」
慎一郎さんは少し躊躇いながらも、また屯所内での様子を話してくれた。
本人も言っていたけれど、近頃の明仁さんは未来へ戻ることよりも、この時代で生きていくことばかりを考えているそうで、まずは、近藤さんたちに認めて貰うことを優先させているらしい。
「僕らには守りたい人がいるし、土方さんにとって新選組は憧れの存在でもあるので、こうなることを予想していなかった訳じゃないんですけどね」
明仁さんが、子供の頃から新選組や土方歳三に影響されて育ったことは、出会ってすぐに聞いていた。だから、隊士募集を知った時も、試験を受けに八木亭へ向かった時も、期待と自信に満ちた眼差しが、とても勇ましく感じたのを思い出す。
「あの土方さんが誰よりも稽古に励み、人が嫌がる雑用まで率先して熟そうとしている姿を見ていると、その本気さが伝わって来るんだよなぁ」
と、慎一郎さんは何かを考えるようにして視線を泳がせ始める。
「もしかしたら、時が来れば枡屋さんのことも……」
一瞬、足が止まる。私は、またゆっくりと歩き出すも、動悸が速まるのを感じて、思わず小さな吐息を零した。
いくら明仁さんや慎一郎さんが説得する為に頑張ってくれても、このまま枡屋さんがこちらの言うことを聞いてくれなければ、池田屋事件を防ぐことは出来ない。
現代人であるお二人なら、何か解決策を見出してくれるかもしれないと、単純にそう思っていた。だけど、壬生浪士組が長州征伐に加担することになったら、枡屋さんだけじゃなく、龍馬さんや高杉さん達とも完全に敵対してしまうことになる。
「そうなってしまったら、僕らは多分、枡屋に踏み込むことになるでしょう。その時、京香さんはどうしますか?」
「私は……」
答えられずに、ただ俯くことしか出来ない。
そうなることを考えていなかった訳じゃないけれど、その件に関してはっきりと、意思表示出来ない自分がいる。
「……すみません。今はどうしたらいいか分かりません」
こんな時、ゲームならば、最初に新選組を選んだとしても、次に倒幕派の誰かを選ぶことが出来る。だけど、現実はそう簡単にはいかないということを改めて、思い知らされた。
それぞれの想いを知ってしまった以上、どちらかに付くことなんて出来ない。そんなふうに不安に苛まれていると、慎一郎さんは足を止め、前方を見遣りながら言った。
「今は、それでいいと思います」
少し考えながらも、微笑む慎一郎さんに小さく頷き返した。刹那、遠くで轟く雷の音に反応して、無意識に慎一郎さんの腕にしがみ付いた。
「雷に弱いんでしたね」
「あ、すみません……」
慌てて手を離すも、再び轟く雷鳴に一度目よりも強くしがみ付いてしまう。と、大きな温かい手によって肩を包み込まれた。
こっちへ来ないうちに急ぎましょう。と、言って歩き出す慎一郎さんの腕を借りながら、寄り添うようにして足を速める。
(そういえば、雷が切っ掛けだったんだよなぁ。)
強い稲光と雷鳴が道場を震わせた。次の瞬間、眩いばかりの閃光に包まれ、気がつけば、私達は見知らぬ道場にいた。
「もう一度、あの時のような衝撃を受けたら元の世界に戻れるとか、無いかなぁ」
慎一郎さんが、溜息交じりに、でも楽しそうに微笑んだ。刹那、鋭い稲光と共に雷がすぐ近くに落ちたような、もの凄い爆音と衝撃が駆け抜けた。
「ひぁぁっ!!」
咄嗟に、慎一郎さんの胸に飛び込む。優しい抱擁に包まれていることに気付いたのは、しばらく経った後だった。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫じゃないですぅ」
「ですよね、今のはさすがに僕も驚きました。それにしても、遠いと思っていたのにすぐ近くに落ちたような……」
恥ずかしくなってそっと距離を置くと、慎一郎さんも私の肩から手を外した。何となく、お互いに手の行き場所を失くしてしまったかのように狼狽えてしまう。
そうしながらも、また寄り添いながら歩き始めて間もなく。近くにある三条大橋に差し掛かったところで、大きな木の周りに集まっている人だかりを見とめた。
一人、また一人とその場を去りゆく中。私達は少し離れた所からその木を見上げた。雷は、根本まで貫通している感じで、そこここから微かに白い煙を燻らせている。
と、不意に何か固いものを踏んだような気がして、後方を振り返った。
「ん?」
しゃがみ込み、足元の細長い草と草の間に隠れるようにして転がっていたものを拾い、泥を払う。と、それは本来の輝きを放ち始めた。
「これって、指輪?」
「え!?」
慎一郎さんも、私の手のひらにある銀色の指輪を覗き込みながら驚愕の声を上げた。それは、リングネックレスで、シルバーチェーンにゴールドリングがぶら下がっている。
「どうしてこんなものが」
もう片方の手でそれをつまむようにして見ると、内側に “ H27.5.8 For I've found you. ” と、刻まれているのを見つけた。
「このHって、平成ってことですよね?」
「これは凄いものを見つけてしまったなぁ」
私の問いかけに、慎一郎さんも、何かを考えるかのように眉を顰めた。
ここに、こんな物があったということは、私たち以外にもこの時代にタイムスリップした人がいるのかもしれない。あるいは、この指輪だけが時代を超えてやってきたのかもしれない。
もしかしたら、この辺りに現代へ戻れる何かがあるのではないかという期待感でいっぱいになる。
刻まれている日付が、大切に想っている相手と出会った日なのか、結婚式を挙げた日なのかは分からないけれど、明らかに現代に生きる誰かの落とし物であると断定出来ることから、私達は半ば諦めかけていた現代へ戻るという夢を再び思い描いた。
偶然かもしれないけれど、あの日もどこかに雷が落ちたような衝撃があって、この時代に飛ばされていた。今も雷が落ちて、その傍にこれが落ちていたということは、さっき言ってたことは、
この指輪がいつからここにあるのか定かじゃないし、さっきの落雷が関係しているかどうかも分からない。無暗に危険を冒すことは出来ないとしても、雷が関係しているのではないかという結論に至った。
今更だけれど、どうしてこの時代だったのかと、改めて思う。しかも、幕末志士たちが最も活躍し始めるこの時期に、私達が連れて来られた理由でもあるのだろうか?
泥で汚れたリングネックレスを手拭いに包み、帯の間に忍ばせる。
「これ、私が預かっておきますね」
その後、枡屋に戻った私は屯所へ戻るという慎一郎さんを見送った。
お遥さんから借りた着物に着替え、早めに夕餉の支度をしようと、台所へ向かおうとした時だった。玄関の方から「御免」と、いう低く通る声がして、慌てて踵を返す。
「はーい、ただいま」
玄関へ急ぐと、刀を携えた武士らしき男性が一人佇んでいた。私と同い年くらいだろうか、走って来たかのように乱れた総髪も、少し撒くられた袖から見える逞しい腕も、こちらに向けられた真っ直ぐな眼も。全てにおいて、龍馬さんのように男らしい印象を受けた。
「枡屋殿は
「今は留守にしていますが。どちら様でしょうか?」
「拙者は、
「吉田……稔麿さま……」
「留守ならばまた出直そう。御免」
「あ、あの」
思わず、玄関を後にしようとしていた吉田さんを呼び止めると、吉田さんはまた立ち止まりこちらに視線を向けた。
(この人が、あの吉田稔麿……)
詳しくは分からないけれど、高杉さんや久坂玄瑞たちと共に、松下村塾で吉田松陰から兵学を学んでいたはず。
吉田松陰亡き後、高杉さん率いる奇兵隊に参加し、自らもなんとかっていう隊を創設したとされている。
あの池田屋事件では、新選組からの襲撃を受けた際、その事態を長州藩邸へ報せに行ったが受け入れられず、閉じられたままの門前で自害したとされている。その他にも、新選組と奮闘の末、討ち死にしたとか。あとは、長州藩邸に戻っていた際、逃げ延びてきた同志から報せを受け、池田屋へ向かう最中に会津藩と遭遇し、討ち死にしたとも伝えられている。
「枡屋さんが戻ったら伝えておきますね」
「
また「では、御免」と、言って今度こそ去って行く吉田さんを見送る為、急いで草履を履いて去りゆくその背中を見送った。
(役者が揃って来た)
これから、勤王志士たちは
ふと、先程の慎一郎さんの言葉が脳裏に甦る。
───僕らは多分、枡屋に踏み込むことになるでしょう。その時、京香さんはどうしますか?
「いつか、決めなきゃいけないんだよね」
ゆっくりと目蓋を閉じる。
(これから何が起こるのか、日本がどうなっていくのかを伝えることが出来れば…)
風が木の葉を揺らす音と鳥の囀りだけが聞こえる中、目蓋の奥に浮かんだのは、それぞれの幸せそうな笑顔だった。
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