輝けたいのちの話

アリクイ

輝けたいのちの話

 その建物は、某県の深い山奥にひっそりと佇んでいた。正面に出入り口とおぼしき両開きのドアがひとつある以外には扉や窓の類が一切見当たらない、巨大なコンクリートの立方体、という表現がピッタリな建造物。リュックサックから地図を取り出して現在地を確認する。どうやらここで間違いないらしい。


 きっかけは、二週間ほど前に届いた一通の手紙だった。A4サイズの茶封筒、その裏面に雑な文字で記された送り主の名前は"清水裕太"。小中学校の9年間を同じクラスで過ごしていた男のものである。

 あれからもう長い時間が経ってしまっているので記憶もかなり曖昧ではあるが、当時の清水については"どうにもパッとしないやつ"という印象が強い。勉強も運動も周囲の生徒と比べて特に優秀という訳ではなく、ピアノが弾けるだとか絵が描けるといったような目立つ特技の類もなかったはずだ。いや、もしかしたら明らかにしていなかっただけで、何かひとつやふたつはそういったモノがあったのかも知れないが。いずれにせよ、平々凡々な生徒と認識されていたというのは間違いない。

 内面についても同様だ。彼は今で言うところの陽キャのような溌剌とした人気者タイプではなく、かといって(あまり自分でこういう事を言いたくは無いが)俺や当時仲良くしていた友人達みたいなイケてないグループの連中ともまた少し違っていた。イジメられていたとかではないが周りから見てどこか浮いている、半ばアンタッチャブルな存在ですらあったような気がする。

 そんな清水から今になって手紙などというものが送られてきたので、最初は正直かなり戸惑ってしまった。かつての同級生からの急な連絡は大半が怪しい宗教やサロンの勧誘だとも聞いたことがあるし、開かずに処分するべきだろうかと悩みもした。それでも一応中身を確認したのは、万が一これが同窓会の案内状であるとかそういったものである可能性を考慮してのことだった。まぁ実際には全く違かったわけだが。


 入口周辺を調べてもチャイムらしいものは見当たらず、ノックしても返事がない。幸い施錠はされていなかったので、勝手にドアを開けて建物の中に入る。玄関から一直線に伸びた広い通路を少し進んでみると、その左右に等間隔で部屋が配置されていることがわかる。外観の印象と同じく、内部も一切の無駄を省いた無機質な造りになっているようだ。


「おーい、誰かいませんかー」


 先へ先へと進みながら大きな声で何回か呼び掛けてみてもやはり返事がない。例の手紙に『旧友の君にどうしても見せたいものがあるから是非来てほしい』なんて大層なことが書かれていたからわざわざ指定された日に有給を取ってまでこんな場所までやってきたというのに。苛立ちを抑え切れずに右手にあったドアを思いきり蹴飛ばすと、そのまま踵を返す。清水が相当だらしのない奴で予定をすっぽかしたのだろうか?あるいはこの手紙自体が何らかのイタズラだったのか?なんにせよ、これ以上ここにいたところで意味がない。そう思って入口へと引き返そうとした、その時。


『君は……もしかして吉岡くんかい?』


 どこからともなく男の声が聞こえた。姿は見えないが、恐らく清水のものだろう。その場で「そうだ」とだけ答えると彼は申し訳なさそうな様子で語り始めた。


『あぁ、良かった。本当に来てくれたんだね。出来ることならきちんと出迎えをしたかったのだけれど、この体ではそういう訳にもいかなくてね。それに最近は意識も……おっと、まずは私の部屋に案内しようか』


 更に通路を進んでいくと、清水が『ここだ』というので左側ドアを開ける。入室と同時に視界に飛び込んできた光景に、俺は思わず言葉を失ってしまった。ガラス製で直径約2メートル、いやもっと大きいだろうか。とにかくその程度の大きさの円筒が液体で満たされ、赤黒い物体が浮かんでいる。"それ"はよくみると肉でできた球体が数珠つなぎになったような姿をしており、そのうちいくつかの球体に備わった目はまるで人間のそれのようにまばたきを繰り返しながらこちらをじっと見つめている。この世のモノとは思えないあまりにも冒涜的な何か。その不気味な視線に射抜かれた俺は、まるで蛇に睨まれたカエルのように竦み上がり、気が付けば呼吸も浅くなっていた。


『こんな姿だ、驚くのも無理はない。だがこれは間違いなく現実に起きていることなんだ。すぐに受け入れとは言わないから、まずは落ち着いてくれ』


「お、おい……ちょっと待ってくれ。まさかとは思うが……」


 息を整え、辛うじて言葉を発せる程度にはなったものの、その先を口にすることはどうしてもできなかった。普通に考えてそのようなことはあり得ない。いや、あってはならないのだから。しかしながら最悪の予想はやはり的中していた。俺が何を言おうとしたのか理解したのだろう、清水は頷く代わりに全ての目を同時にゆっくりと閉じ、再び開いた。


『その通り。これが今の私の姿だよ』

「…………」

『君をここに招いたのは他でもない。この姿を、私の研究の集大成を誰かに見てもらわなければ気が済まなかったからだ。あぁ、本当に君が来てくれて良かったよ。実は他にも数人を招待したのだが……』


 どうやら誰も来なかったらしい。俺も他の数人とやらのように誘いを無視していれば良かったかも知れない。あるいは今からでもここを立ち去って何もかも見なかったことにしてしまえば。そんな思いとは裏腹に、俺は目の前の肉塊を凝視しその言葉に耳を傾けてしまっている。


『幼いころからずっと何か大きなことがしてみたいと思っていた。これまでに誰も成し遂げたことのないような大きなことが。だから長い時間をかけて研究に没頭し、最終的には自らの肉体すら捧げ、そして遂に私はこの芸術を完成させたんだ。どうだい、素晴らしいだろう?』

「あぁ、確かにな。普通こんなこと思いつきもしないだろうよ……だが一体なんの為にこの姿に?」

『おいおい、今言ったばかりだろう。大きなことを成し遂げてみたかったんだよ、私は』


 微妙に話が噛み合わない。清水の様子に何かおかしなものを感じながらも、俺は質問の意図を改めて説明する。


「いや、そういうことではなくて。それだけ大きな犠牲を払ったんだ、その姿になることで何かこう、得られるメリットだとかそういうモノが『ないよ、そんなもの』」

『私は自分の目的を達成することができた。他に何が必要だというんだ?』


 ……狂っている。そもそもこんなことを実行に移す時点でどうかしていると言ってしまえばそれまでだが、そこに至るまでの動機とやっていることの内容が明らかに釣り合っていない。これ以上こいつと話していたらこっちまでおかしくなってしまいそうだ。俺は円筒に背を向け、部屋を出ようとドアノブに手を掛けた。


「あ、開かない……!?」

『騙してしまってすまないが、君を逃がすわけにはいかないんだ』


 背後を振り向くと、いつの間にか容器から出ていた清水がずるり、ずるりと体を引きずりながらにじり寄ってくる。


『完璧であるかのように思えたこの体には致命的な欠点があってね。私は、いや、私達は定期的に新たな命を取り込まないと生きていけないんだ。だから……』

「おい……やめろ……!!来るな!!!!」


 力尽くでドアを殴りつける。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。




 …………開かない。




『『『『『『『君も"私達"の一部になってくれ』』』』』』』


 次の瞬間、視界が赤黒く染まった。

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