第8話 偽装

『里村 青葉』が自殺をした事を耳にしたのは、2016年10月のある裁判が終わった直後の事だった。


そのある裁判で弁護していたのは54歳のそれなりに名のある食品会社の社長をしていた『山岸 努』という男だった。彼は同会社総務の女性を絞殺した容疑で逮捕されていたが、面談した山岸は無罪を訴えていた。


「主人は人殺しが出来るような人間じゃありません。どうか、、、どうか主人をよろしくお願い致します。」


泣きながら私にそう訴えてきた山岸の妻は彼の無罪を信じているようだった。


しかし状況は良くなかった。被害者の女性は自宅のアパートで首を吊って死んでいたが、その遺体には首を吊っていたロープの痕の他にもう一つ、別の何かで首を絞められた痕があった。そしてその別の何かはすぐ判明した。一人暮らしの女性の部屋に、男物のネクタイが落ちてあったからだった。検証すると別の何かの痕はそのネクタイだと判明した。


女性は最初にネクタイで首を絞められ、その後にロープで吊るされたと推測できた。その事から警察は『自殺に偽装した他殺である。』と判断した。


女性の部屋は玄関ドアも窓も鍵が掛かっていて密室状態だった。唯一鍵が掛かっていなかったキッチンの窓には金属の格子が付いてあり、塗装の状態からも格子が外された形跡は無かった。


第一発見者だった友人の女性に話を聞く事にした。友人の話では、ここ数日彼女の様子がおかしかったらしい。さらに、彼女が殺されたその日、日中から何度も連絡をしていたが彼女から一切返答が無かったそうだ。これまでの付き合いで、そんな事は初めてだったため、友人は彼女が心配になりアパートに訪れたと言う。その際に部屋の異変に気づいて通報したそうだ。


さらに続けてその友人曰く、アパートに着くとドアにはやはり鍵が掛かっていて中に入れなかったそうだ。何度もインターホンを押しても、ドアを叩き呼びかけても返答が無かった為、慌てて周囲を探ると、普段開いている事が無いキッチンの窓が少し開いているのに気づいたそうだ。その窓の隙間から中を覗くと、奥の部屋で彼女の両足が宙に浮いているのを発見した為、慌てて警察に通報したと語っていた。



また、


「離婚する、離婚するって言いながら、いつまで経っても離婚してくれないから奥さんに話すわよって脅したら、彼、相当動揺していたわ。」


と彼女が先週そう話していたとも証言してくれた。つまりは彼女と山岸は不倫関係にあったらしい。


いち早くその事を知った警察は早速不倫関係にあった山岸の素性を調べた。すると山岸には3年前に傷害で逮捕されていた経歴があったので、早々にネクタイに付着していた指紋と山岸の指紋が一致することを確認できた。また現場に落ちていた金槌で粉々に壊されたと思われる彼女のスマホの画面の欠片からも、彼の指紋が検出されたことから山岸が犯人だと目星を付けた。


しかし、肝心の山岸の行方が分からなかった。


『すでに逃走しているのか??』そう一抹の不安を覚えた警察側の思惑を他所に、翌朝ふらっと自宅に帰って来た山岸を警察は緊急逮捕したのだった。


事件当日、女性が会社を退社した時間は19時32分、女性の遺体が発見されたのが22時28分だったため、その時間内に犯行が行われたと断定された。

山岸はその時間は『一人で飲みに出ていたし、その後、酔っぱらって車で一夜を明かした。』と供述したが、それを証明するものは何も出てこなかった。


そして、彼女の友好関係や会社での評判を聞く限り、彼女が他の誰かに怨まれたりする事は無いようだった。そのため山岸の動悸は痴情のもつれと判断された。裁判は彼の有罪へと大きく傾いていた。


弁護も面倒だったが、それよりも面倒だったのはこの偽装殺人が多少世間を騒がせてしまっていた事だった。ニュース等で取り上げられる事もあったため、マスコミへの対応などは非常に億劫なものであった。




それにしても解せない。


確かに山岸の妻が言うように彼は殺人を犯せるような人物に見えなかったし、私の直感も『この男は殺していない。』と言っていた。

しかしどうにも山岸という男は『何かを隠している。』とも感じていた。

また、女性のスマホを破壊した金槌から彼の指紋は検出されなかったのも不可解だった。他の物には指紋がベタベタ付いていたのに・・・女性が自分で破壊したのだろうか??何とも不可思議だった。


私は再び山岸と面談する事にした。


「本当に私に隠している事は何も無いですか?」


「な、何もない!全て話した通りだ。私は本当にやっていないんだ!誰かに嵌められたんだ!!どこかに第三者の証拠が必ずあるはずだ。頼む!!何とか無実を証明してくれ!」


「かしこまりました。どんな手を使ってでも、あなたの無罪を証明致します。それで良いですか?」


「ぜひ頼む!!」


「それでは、、(中指でメガネを上げ直す)、、、論理的に行きましょう。」




裁判の結果、男は無罪となった。




山岸努が何かを隠していた事は明らかだった。端から疑っていた私は、先程の面談の前日に彼が自ら細工をしていた会社のロッカーの下から携帯電話を複数発見していた。山岸は目の彫りは深く、鼻筋が高いとても端正な顔立ちをしていたので、さぞや女性に大いに好かれ、人気があったのだろう・・・彼は被害者の女性の他に複数の女性と不貞行為をしていた。そして、それぞれ専用の携帯電話を彼は用意していた。


山岸は『不倫関係にあったのは亡くなった女性だけだった。』と言っていたが・・・しかしなるほど、不倫相手としてはなかなかまずい人物も何名かいるようだ・・・隠したかったのはこの事だったか。


彼は実際に自分が手に掛けていないからこそ『真犯人がいるはずだ!』とあんなに自信を持って強く言っていたのだろう。早めに『真犯人』が見つかれば御の字、最悪、最終局面までに見つからなければ私か信頼できる他の誰かに依頼し、この携帯のみを証拠とするつもりだったのか?


「愚かだな・・・。」


山岸の身辺調査を手伝ってくれていた友人の弁護士にこの事を話した際


「止めておけ!いつもお前はやり過ぎる。何度も言うように、しなくても良い事まで明るみにするお前のやり方は恨みを増やすだけだぞ!いつか刺されるんじゃないかと・・・俺はお前が心配だ。」


と心配されてしまった。友人のその言葉はとても有難かったが、彼女の無念を考えると私にはそれを実行しないという選択肢は無かった。



2016年10月某日



発見したその携帯電話から、あの日、山岸が別の女性と情事に耽けていた事を証明するメールを見つけた。そして18時40分から翌7時36分まで男がホテルに居た事を証明する防犯カメラの(ホテルの廊下の)映像を入手した。私は男の不誠実な行いを法廷で証拠として提出した。


法廷は荒れたが、山岸は一転無罪となった。





「きさま!!なぜ私に黙って!!!」


釈放された彼が私の胸倉を掴み、壁に押しつけて怒鳴った。


「黙っていたのは!!!・・・隠していたのはあなたの方ですよ。契約書にも書いてあったでしょう?私に『全幅の信頼を寄せる!』『隠し事はしない!』と・・口頭でもあなたはそれを私に約束した!!しかしあなたは私に嘘を吐いていた!!」


胸倉を掴まれながらも、見下しそう叫ぶ私に何も言えず山岸は押し黙った。


「誰かに嵌められたとあなたは仰っておられましたが・・・彼女は他殺じゃない。」


「な、何だと???」


「もしあなたが誰かに嵌められたとするならば、それは自殺した彼女だ。彼女専用のメールを見れば分かりますよ。ただ、携帯電話は証拠品として提出してしまっておりますが。」


「ぐ、、く!!!」何も言えないでいるが、私の胸倉を掴む手にさらに力が入った。


「どんな手を使ってでも、あなたを無罪にすると言ったはずですよ?私は『良いですか?』と確認した。それに対してあなたは『ぜひ頼む!』とそれを承諾したはずだ!!!それにこんな事より後ろの方へ謝罪をする方が先じゃないですか?」




山岸は恐る恐る後ろを振り返ると鬼の形相で睨みつける妻が立っていた。


「あなたが先生を責める理由なんて何一つもないわ。」



狼狽える彼を尻目に私は一礼してその場を立ち去った。


「自分の保身しか考えられない愚か者が・・。」


私はそう呟き裁判所を後にした。


****



「今回も大勝利ですね。連戦連勝!!!おめでとうございます。」



歩いていると小太りで愛嬌のある笑顔を振りまきながら男が声をかけてきた。



「またお前か・・・。」



「まぁ、そう言わずに。まさか、あんな展開になるとは、今回も驚かされましたよー。」



何かある度に絡んでくるフリージャーナリストの彼を、私はいつも疎ましく思っていた。軽い口調で話してくる彼を無視して歩いていたが、突然鋭い声で放たれた次の言葉で私は立ち止まってしまった。




「あんたが追い詰めたあの女・・・・里村 青葉が自殺したよ。」



男はそれだけ言うと、立ち止まった私を追い越しそのまま去っていった。






「だから早めに取り下げろとあれほど忠告したんだ!!」




私は下唇を噛み、震わせた拳を強く握り締めていた。

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