第6話 過去

「米兵は鬼であり!!畜生である!!」


1942年4月、フィリピン南部を攻略する概要の指示を受けている際に、上官から何度もそう叩き込まれた。


また、半島を攻略中の連隊と合流するため出国する間際、真珠湾攻撃で大戦果を上げたという宣伝とともに「鬼畜」という言葉をよく耳にするようになっていた。


「鬼か・・・・」


ボソッと呟いていた俺の言葉を聞いていたのか


「俺らは桃太郎ってことだ。」


「は??」


連日炎天の下、俺たちは戦場へ向かいジャングルの道無き道を歩いていた。隣を歩いていた『山口』という同じ分隊になった仲間がそう話し出した。

俺たちは同い年だった事もあり、出会ってすぐに気が合い打ち解けた。軽口ばかり叩いているやつだったが信頼できる人間だった。今では背中を預けられるくらいだ。


「桃太郎、、知らないのか??」


「いや、知っているが・・・」


「お前あいかわらず固いなぁ。簡単に考えたらいい。俺らが『桃太郎』で、米兵が『鬼』。悪い鬼たちを俺ら正義の桃太郎が懲らしめる!!!!!・・・という話だ。」


なるほどなぁ・・上手く言ったもんだなぁ・・・と感心していると


「ただお前は犬だけどな。」などと言ってくる。


「桃太郎にお供する??」そう聞き返すと


「そうだ。」と言いながら目の前にいる坂口が俯きながら肩を微妙に震わせている。こいつのいつもの軽口だとすぐ分かった。


「なら吉備団子をいただけますか??」


「は?ははは!!」彼は顔を上げて破顔した。


「なんだ、お前そんな冗談も言うようになったのだな。」


二人で笑いあっていると分隊の仲間たちも肩をゆすって笑った。


それから二日後、俺たちは戦場を駆けていた。


戦闘は激しいものだった。まさに地獄のような状況であったが、形成はこちらに傾いていた。


上空の戦闘機から標的にされないよう、林の中を進んでいくと前方に米兵の分隊を発見した。こちらに気づいていない。それほど人数の多い分隊ではなかったが、米兵の前方にいる日本兵分隊も彼らに気づいていないようだった。


(このままでは前の分隊が殺られてしまう)


そう思った俺は射程距離に入ると軽機関銃を構えた。

軽機関銃を構えた音で、その中の一人がこちらに気づき自動小銃を向けるが既に遅い、俺は引き金を引いた。


ズガガガガガガガガガガガガガ!!


機関銃を発砲し終えると、米兵は口から血を吐き前のめりに倒れた。

さらにその音で他の米兵たちもこちらに気づき反撃に打って出るが、俺は最初の位置から素早く移動しその分隊に向けて手榴弾を投げ込んでいた。


ドオオオオオオオオオオオオオン!!


爆散する。


山口らも手榴弾や小銃で応戦していた。打ち方を止めると向こうからの反撃の気配が無くなっていた。俺は小銃を構えながら敵に近づき状況を確認すると、米兵の分隊は全員死亡しているようだった。


顔を上げ、前方の分隊も無事だったことを確認した。


「よし!!次に、、


ダーーーーーーン!!


隣にきた山口に声を掛けると、一発の銃声が鳴り響き山口が俺の足元に倒れた。


「やまぐちぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


最初に倒れた米兵がまだ生きていたのだ。銃弾は山口の喉を貫いていた、、首から血が溢れ出す、、、俺は手で押さえたが・・・・山口はもう意識がなく、助かりそうになかった。


引き続き米兵は匍匐の態勢でこちらに銃を向け引き金を引いているが、カチカチと乾いた音しかしなかった。


彼は諦めたのか寝返りを打って、大の字に横たわる。


「ああああっ!!!!」


俺は機関銃を背中にまわし、今度は拳銃を構えて彼に近づいていった。

近づくと彼は血だらけで何かを握りながらブツブツと呟いている。


「Maria…sorry, I can’t go back」


そう呟くと一層その何かを強く握り瞼を閉じた。荒く呼吸をしている。


「くそぉおお!」


ダーーーン!!


俺は彼の額に照準を合わせると、怒りと憎しみの感情そのままに引き金を引いた。


撃たれたはずみで彼が握りしめていた物が手からこぼれ落ちた。


俺はそれを拾い上げるとそれは写真が入ったペンダントだった、、、、そこには美しい女性が優しく微笑んでいた。






『いい女だろ??』


「!!」


ペンダントの女性を見て、前に山口から1枚の写真を見せられた事を思い出した。


山口は地元に将来を約束した女性がいると話していた。


戦場に出てしまえば日本に生きて帰れる保証は微塵もなかった。むしろ『国のために立派に戦って死ね。』と叩き込まれてきたため、表立って「生き残りたい。」とは口には出来ない状況だった。

口には出来ないものの、武勇伝のようにその女性を口説いた話を延々とする山口には『必ず彼女の元に帰る!』という強い意思があるように思えた。そして話の最後に1枚の写真をこちらに突き付けてきた。


「いい女だろ??」


「おお!!そうだな!!」


自慢気に見せられた写真には、山口と一緒に優しそうな女性がこちらを見て微笑んでいた。


ペンダントの女性と山口の写真の女性が重なって見えた。


言いようのない何かが胸に渦巻いた・・・・・


そこに倒れていたアメリカ人は「鬼畜」でもなければ「鬼」でもなく自分たちと同じ「人間」だった。


足元ではアメリカ人が、背後では山口が絶命していた。


「ぐ、、、う、、、うあああああああああああああああああああ!!!!」


俺の叫び声は、まだ止まぬ戦場の音に打ち消されていった。



****



「ん??」


目を覚ますと真っ白な部屋の中にいた。


「ここは・・・どこだ??」


目を覚ます前の記憶を辿ってみると、どうやら自分は死んでしまったのだという結論に達した。


見渡す限り天国では無さそうだった。



****



今日もいつも通りの時間に布団へ入ろうと寝巻に着替えていると、、急に胸に激痛が走り呼吸が出来なくなった。


「ぐううぅ!!!」


(こ、れは、、助から、ないか、、、もしれん、、ば、あさ、、ん、、、)


左手で胸を押さえ、ガタガタッと仏壇に寄りかかりながら、なんとか右手でそこに飾ってある写真立てを手に取った。


写真立てには、優しい笑顔で伴侶が笑っていて、その裏には山口のあの写真を忍ばせていた。


写真立てを胸に当て、倒れた所までは覚えていた。



****



「ふむ・・・(そのまま死んでしまったのか?)」


90も後半に入り、100まで生きれるものかな??と思っていた。

物忘れはあるもののボケはしなかったし、近所の子供たちから『スーパーじいちゃん』と言われるくらい元気な老人で通っていた。パトロールと称して日課で散歩までしていた位だったのだが・・・


(死ぬときはあっけないものだなぁ・・・まぁ、あいつらに迷惑を掛けなかったから御の字としくか・・・)


しかし改めてよく見てもここは天国では無さそうだ。7人ほど若い男女が儂よりも先にこの部屋に来ていたようだが、怯えている者、泣いている者などその様子を見てもここが天国では無いと思えた。ちなみに隣にいたメガネを掛けた頭の良さそうな男に声を掛けてみたが、何か考え事をしているのか一切反応が無かった。こりゃ、儂が声を掛けた事にも気づいてない様子だな。


「まぁ、戦場であれだけ人を殺めてしまっていれば、婆さんと同じところには行けるはずがないよな。」そう残念に思い呟きながらも(過ぎ去った日々やしてしまった事は取り戻せない、、、覚悟はしていた。)とも思っていた。


その後、机に座っていた女性に声をかけられ、いくつか質問に答えた。答え終えると「全員揃ったら説明をするさね。そのまま待ってておくれ。」と言うのでそのまま素直に待つ事にした。少し経つと真っ白な天井から、真っ黒な野球のボールくらいの大きさの玉がゆっくり落ちてきた。


真っ黒なを目で追っていると、玉が床に落ちた途端、その場所にスゥーっと40代くらいの男が現れた。


「また来た!」


周囲はざわついていたが、その光景を見て『自分は死んだ。』のだと改めて確信した。


その男が目を覚ましたまでは良かったが、「ここはどこだ!ここから出せ!!」と大声で怒鳴り始めた。五月蠅くてかなわん。


しばらくするとまた一つ、今度は薄い灰色の玉が床に落ちると若い女性がこの部屋に現れた。が、その事には一切気づかず男はいつまでも怒鳴り続けている。呆れて様子を見ていたが、突然誰かに体当たりをされて尻もちをついてしまった。


「あ!!おじいさん、大丈夫ですか?」


「ああ、お嬢ちゃん、すまないね。ありがとうよ。」


ひ孫と同じくらいの女の子が手を差し伸べてくれた。(こんな時にもなんと優しい行動を取ってくれるものだ。)とその子に感心していると一段と周りが騒がしくなっていた。


(一体何を騒いでいるんだ??どうでもいいが早くしてくれんかなぁ?)


体の状態を確かめ、痛めた腰をほぐしていると一瞬部屋が静かになった。(何か起こったのか?)と気になり顔を上げると、先ほど質問してきた女性がこちらに背を向けていた。


そのままスッと片手を上げると指を鳴らせた。


「なんじゃ??何も見えん・・・」


指を鳴らす音を聞いた途端に視界が靄がかり、目の前が真っ白な世界になっていた。


(目が見えなくってしまったのか??)


そう思っていると徐々に靄が薄くなり視界が開けてきた。


「こりゃあ、、いったい、、、。」


視界がはっきりすると、人が吠える声や叫び声、銃声や砲撃音が混ざり合っていた。遠くから大きな爆発音が聞こえると、たくさんの人々が吹き飛んでいた。   


ドォオオオオオオオオン!!


空から大きな爆発音がしたので驚き見上げると、見覚えのある戦闘機が火を上げ地上に落ちていくところだった。


ここは、、、あの戦場か??呆然としていると『カチャッ』という音が聞こえた。


バッとそちらに体を向けると機関銃を構えている日本人がいた!?!?!?!?


(くそっ!!これでは仲間も殺されてしまう!!・・・???)


なぜかそう思い慌てて銃を構えた、、、が間に合わなかった。


ズガガガガガガガガガガガガガガガ!!


機関銃に撃たれ、ふらふらとよろめいた儂は、撃たれた以上に自分を撃った相手に驚愕した・・・・・自分を撃ったのは若き日の自分だった。


「が・・・」


口から血を吐き、前のめりに倒れた。

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