ここは異世界♪♪♪………の、廃屋か!?

 光がやんだとき、私は見知らぬ部屋にいた。

 目の前には、私の部屋に有る先程駅前の露店で買った鏡と同じものが。

 その傍らにはベットが有るけれど、中に人はいない。



「げほっ……。なに、ここ…………」


 鏡が光った。そして気が付いたら見知らぬ場所。だから多分、ここは異世界……だと思う。


 思うけど……凄く、この部屋は埃臭い。

 ずっと締め切りで、部屋の中の空気が停滞してカビ臭く、淀んでいるような感じだ。


 鏡に触れてみる。だけど、なにも起こりはしなかった。


 と言うことは、帰れないの?


 ……と、取り合えずどうしよう。

 ズボンのポケットにはスマホが。取り出して電波を確認するけど、もちろん御約束通りの『圏外』表示。

 明かりになりそうな物が無いか見ながら、スマホのLEDライトをつける。


 丸太が並んだ壁。と言うことは、ログハウス的な木造の建物のようだ。作り付けの窓は、わくが四角く二つピタリと並んでいるから、両開きだと思われる。ガラス窓の外は暗く、外に光が見えない所を見ると、周りに他の建物等は無さそうな感じがする。


「夜かな……」


 日本も、今はまだ夜中だしね。


 取り合えず、部屋の中をぐるりと見渡したけど、壁に電気のスイッチは無さそう。その代わり、入り口の壁にランプが一つかけられている。ベッド脇の小さな机にも燭台のような物が一つ置かれていた。


 この部屋には、特に手掛かりとなりそうなものは無いか。


 部屋を出て、廊下を少し歩くと直ぐに玄関とおぼしき広めの空間が。こちらも両開きになる木製の扉があって、押してみる……けどビクともしない。


 扉を開けるのは諦めて、他の部屋を覗いてみる。玄関ホールの反対側には、入り口が二つ。手前と奥と。手前にはやはり両開きの扉が。奥のほうにはカウンター扉が有るだけ。


 奥は……台所かな?


 そちらの方を明かりを照らすと、埃を被った食器や壺が並んでいた。奥には釜戸みたいのも見えたし、やはりここは台所かな。


 手前の両開きの扉をそっと開けてみる。


 ギッギッギッギッ……。

 蝶番が、錆びているのか異音を奏でる。


 もう、雰囲気とかは完全にはお化け屋敷だよね。異様に真っ暗な家の中。積もった埃に、淀んだ空気。無人の気配、人が住んでいた痕跡……。


 九人掛けの大きな長テーブルに、暖炉、その前にはソファセットが、配置されていた。天井にはシャンデリアが有るけれど、蜘蛛の巣と埃とでやっぱりゴーストハウスが似合いそう…………。


 ああ、もう帰りたい。やっぱり、異世界なんて行かなくて良いです。もう十分です…………。


 奥にももう一つ扉が。


 そこを開けると、最初の部屋と同じ様な配置の部屋が。


 ベッドには、黒い影が横たわっていた。


 誰かいる!?え?見るのメッチャ怖いんだけど……!!


 だって、考えてもみて?暗がりで、スマホのLEDライトをつけている。白いベッドの白い布団の中に、光に当たっても黒い影って…………。



 普通に考えたら…………死体だ。


 それも、臭いがないから腐乱死体ではない。白さが見えないから白骨死体では無さそうだから…………ミイラ!!?



 どうしよう?



 確かめる?or確かめない?



 この時既に、婚約破棄された心の痛手より、このお化け屋敷宜しきの家のベッドの主を確かめるか否かに気持ちは傾いていた。


 …………でも、暗がりで確認するのもね?朝になって明るくなれば……あ、でもそれまでこの家の中、ミイラかもしれない死体と同居か……。



 しゅぱぱぱああぁぁ―――!!!



 そうこう悩んでいると、背後で白か光るものが。自分の後ろから白い残光が抜け、何事かと振り替える。

 ベッドサイドに配置された姿鏡が光っていた。その造型には見覚えがある。


 最初の部屋の鏡と同じ……?


「な……に?(今度は何よ!?)」


 姿鏡の光は緩やかに収まりを見せ、その鏡面の中には緩やかな曲線を描く金髪と、翠の瞳の少女の姿が―――。


「ゆ、幽霊!?」

『残念ながら幽霊では御座いません。わたくし、レティシア・シュトーレンと申します。訳あって、自力ではお話しできませんのでこちらで失礼させて頂きますわ』


「ひえっ!か、か、か、鏡の中のが喋った!?……や、や、やっぱり幽霊!!」


 ドスンッ!!


 驚いた拍子で、腰が抜け床に尻餅をついてしまう。


 可愛い……けど、美人…………だけど、鏡の中で喋ってる!!?イコール幽霊!!?


 危ない!危ない!!危なーい!!


 怖い!危険!!不吉すぎ!!


 に……逃げなきゃ!!


 立ち上がり、駆けようとする……が、体が動かない。恐怖で、全身が麻痺したみたい。


(うそ……おわた…………)


『待ってください!行かないで、お願いです。わたくしの話を聞いて……!!』


 逃げようとする真理の心情を感じたのか、鏡の中の少女はすがる様な声音で、話を聞いて欲しいと懇願してきた。


「NO―――!!!ノーサンキュウです!!!ホラーは、イヤ!!オカルトなら結構です!!間に合ってますから勘弁してください!!!幽霊さん!!」


 対して真理は、生来のホラー不得手者。廃屋、暗闇、そしてミイラ死体と来て、とどめに鏡の中の幽霊レティシア。完全にパニック状態で、人の話を聞くどころではない。



『待って下さい、わたくしは幽霊出はありません!!まだ生きていますっ……!!』

 幽霊呼ばわりに、ほんの少し表情を険しくして声が大きくなるレティシア。


「い……生きてる?生きてるって、何処で!?」


(も、もしかして鏡の中に囚われているとか!?異世界ファンタジーなら、それも有るのかな?)


 レティシアがコクりと頷き、指し示した先。

 指差した方向に自然と顔は向くもので、その先に有るものは…………真理の背後のベッドの中。




 黒い塊―ミイラだった。




「……!!ぎゃああぁぁぁぁ!!」




 乾燥気味で、皮膚に皺が寄っていて黒い。くすんだ黒さで、口が僅かに空いている。髪も半分以上が抜け落ちていて、まるで黒い老婆のミイラのようだった。鏡の中の少女とは全く結び付かないもの。

 と、なると本体は老齢で死んでミイラ化して、霊体の方は若い頃の姿をしているとか?


 鏡に向け振り替えると真理は叫んだ。


「やっぱり幽霊じゃん!!」

『生きてます!!』

 レティシアは、キッパリした口調で『死』を否定した。


 真理も指差しこう言った。

「あれで!?」

『あれでもです!!』

 レティシアも、すかさずキッパリ否定する。


 どう見ても黒い塊。ミイラ。白い布団も生きているなら呼吸のために上下に動くはず。だけど、それもない。


「嘘だ!絶対にあり得ないでしょ!?あんなで生きているなんて信じられないよ!!」

『それでも生きているから、こうしているんじゃないですか!!』



 完全に、平行線だった。

 あの黒いのが生きているなんて信じられない私と、生きていると主張する鏡の中の少女――レティシア。





 ※※※




 魔王城、中空庭園の一角に丸テーブルセットが用意されていた。

 椅子は二つ向い合わせで、片方にはローザ様が、もう片方にはローザ様の御手の手入れをする職人スペシャリストが腰かけていた。


 テーブル職人に預け、ネイルに細工を施している最中だ。


 暇潰しには、例のザマァーの候補者達の姿が映り、その様子をぼんやりと眺めていらっしゃるご様子。


「ライフ~。なんだかねぇ~。二人の話が平行線で進まないのよねぇ~。ちょっと行って、もっと話を詰めてきてよぉ」


「今すぐですか!?」

 この後もローザ様の予定は詰まっているのに、専属執事の私が抜けて大丈夫なんですかね?


「そうよぉ。でも、こっちも大事は大事だから、急ぎで戻りなさいね?」


 無理です……物理的に。


「お・ね・が・い・ね♡」

 何とも妖艶な笑みと、甘露な声音で頼まれたら……これを断れる男は果たしてこの世に存在するのでしょうか?


 主人の圧力に負けました。

「承知……致しました」


 恭しく礼を取り、踵を返すとスタスタとライフは転移可能区域に移動し、魔王城から姿を消し去る。






 ※※※




 真理とレティシア。二人は向かい合ったまま無言を貫いていた。


「やれやれ、進捗状況を見に来てみれば、話も進まぬ膠着状態ですか?」


 二人の膠着具合を見かねたかのように、暗闇から抜き出たかのようにスルリと現れたのは、灰色の髪と暗赤色の瞳の青年だった。


 と言うか……何となく見覚えあるぞ?この男。


 何処でだろう………?あ、でもここに現れるってことは、この状況に関連する場所って事で………。


 私がここに来たのは、鏡を通してだったから………。


 鏡……?そうだ、鏡!!鏡だわ!!

「あの鏡を売ってた人じゃん!!」


 真理の言葉に男は、少しだけ困ったように苦笑を浮かべる。

「気づかれましたか。左様にございます。私めは、異世界エターナルハインドが魔界の姫君、ローザ様が執事ライフに御座います」


「魔界の…って、魔族って事!?え?魔族って人間の敵じゃないの?……はっ!まさか、二人とも私を騙そうとしているとか!?」


 ……あ、でも待てよ。天涯孤独の傷心の身に騙すような付加価値は無いかな……?


『騙すなんて!ライフさんはわたくしを助けようとしてくれているのです!!その事で、あなたにお願いしたくて……』


 鏡の中のレティシアは、美しい顔を僅かに歪め翠の瞳に涙を湛えていた。頬を透明の球が、ツウーッと伝い零れる。


「多くの世界では、魔族とは人間と相容れぬ立場を守っていますからね。その辺りは否定はしませんよ。ですが、今回我が主の目的は別にあります」


 ライフの言い方は、丁寧ではあるけれど何処か勝ち誇った言い方で、何か裏がある。そう感じさせるものだった。


「それって、何かしら?」

「残念ながら、それは申し上げられません。ですが、我々の利害は一致するはずです。レティシア様は現状を打開したい。真理様は現実逃避に異世界へ赴きたい。そして……我が主はそんな貴女方の願いを聞き届け橋渡しをして上げたい…と、そう望んでおられるのです」


 嘘だ!絶対に嘘!!レティシアさんのは切実な願いだろうし、私だってまぁ…そう言っちゃそうだけど、魔界のお姫様が私達に手を貸すメリットは?


 親切心?



 気紛れ?



 何にも無いような気がするんだけど……。



「それともう一つ、既に契約は発動しておりますので、悪しからず」


「はっ?契約って、何の契約よ!?」


「……ですから、真理様の『異世界へ赴きたい』趣旨とローザ様の契約です」


「ちょっ!?待って!!そんな契約した覚えがないけど!!」


「でも願ったでしょ?鏡の前で『そうだ!異世界へ行こう!!』って」

「まさか…そんなで?そんなんで契約成立!?」


「異世界への切符は渡したのだから、契約成立ですよ。そして、貴女はレティシア様の現状を改善できるまで…」


 あたまが真白、シロシロの白助になったよ!!


 だって、うっかり呟いた『そうだ!異世界へ行こう!!』の一言でここに飛んで、既に契約は成立しているとか…………あり得ないでしょ!?


「そんなぁ……」


「ああでも安心してください。何もこの小屋の中だけで現状の改善が可能だとは考えていませんから、元の世界に帰ることは可能です」


「本当に!?」

「ただし……」


 出たよ!『ただし』


「ただし、一度転移が発動すると最低二時間は再転移は不可能ですのでご注意下さい。それから、元の世界から此方へは最低日に一回はいらして頂かないと転移が強制発動しますのでご注意下さい」


 なんと!日に一回は、必ず来いと!?


「うっ、か、帰れるなら……まぁ、少しぐらいは手伝っても良いけど、何をどうしたらレティシアさんがそんな状態になって、どうしたら改善するのよ?」


『では、助けて下さるのですね!?』


「あくまで、私の出来る範囲でだよ?悪いけど出来そうになかったら…ごめん」


『それでも構いません。元々、死を待つだけの身ですから…』


「それで、一体どうしてこうなったの?」


 真っ黒なミイラ状態の体を、『まだ生きている』と言うレティシアさん。そうなった原因は、何かしら?


「レティシア様のこれは、云わば『呪い』です。それも、本来ならご自身が受ける筈では無かった他者の呪いを受け、本来彼女が有るべき運命を奪われた……ね」



 そう語るライフは、懐から一つの水晶を取りだし、その中にはレティシアさんの姿が映し出される。




 それは、この状態に至るまでの彼女の経緯をかいつまんで拾い上げたものだったけど……。

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